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第七十五話

 ようやくいつもと変わらない日常が戻って来た……と思っていたのだが。

「オルタさん、これいきませんか?」


 トミンが嬉しそうに依頼票を持ってくる。

 冒険者に成りたてで見る物全てが新しく、すごくツヤツヤしている。

 中性的な少女顔の美少年に師匠となつかれて悪い気はしないが。

『悪夢の谷に増えた魔物の討伐』

 英雄譚に憧れているのか、受けようとする依頼は全て危険そうな物ばかりだ。

 

 危険に巻き込まれて、領主の三男坊のトミンがもし死にでもしたら俺の首が物理的に飛びそうだ。

 

「なんで討伐なんだよ……ほら、常設依頼で安全そうなのがあるだろ」

 草むしり

 店番

 一角ウサギの角の収集

 薬草採集

 用心棒。女性の職場のため女性冒険者限定(カレンパーティーは除く)

 ……カレン達は何をやったんだ。

 

 少し気にかかったがトミンに向けて安全そうな依頼を指さしていく。

「それ冒険者である必要が無いですよね?」

「お前は冒険者を何だと思ってるんだ……」


 武器を持ち仲間と一緒に協力な魔物を討伐する。それも確かに冒険者の姿ではある。

 

 だが全ての冒険者がそんな事をしているかと言うとそうではない。


 中には腕に自信があるとか、暴れたいとか、困っている人のためにすぐ動けるからとか。

 そういう理由で冒険者になる者もいる。

 五人に一人、いや十人に一人……。

 もっと少ないかもしれないが、そんなおかしい奴らもいるといえばいる。


 だがほとんどの冒険者達が冒険者をする理由は……金のためだ。

 

 この冒険者という職業は、大金を稼いで華やかに見えるが実際はそうではない。

 福利厚生、保障。そういう物からかけ離れた世界なのだ。

 

 領の兵士。

 

 彼らはそこそこの額の給料を貰っている。

 新人の頃から命の心配をせず訓練に励むだけで中堅の冒険者並みの給料を貰う。

 

 決められた定期的な週三日の休暇に加え、長く務めると有給休暇を取る事もできる。

 出世をすれば、それこそ上位の冒険者並みの稼ぎを叩きだす。

 

 大怪我をして兵士として役にたたなくなっても、内勤の部署で仕事は続けられる。

 軍として動き死亡事故でもあれば、遺族に対して生活を支えられる程度の年金が支払われる。

 

 なんてホワイトな職業なんだろう、うらやましい。


 それに比べて冒険者。

 

 彼らの給料は依頼をこなした分だけ精算日に週払いされる仕組みだ。

 新人はまず稼げない。魔物を討伐するにもコツがあるし、訓練無しで行けば自殺みたいな物だ。

 なので新人の頃は雑用依頼を行う事が多い。食堂の皿洗いや、商家のお使い、農家の草むしりや畑の手伝いだ。

 

 休暇も無い。

 金を稼ぐ事を無視すれば毎日が休みだが、そんな生活はできない。

 

 怪我をして戦力にならないとなるとあっさり路頭に迷う事になる。

 傭兵依頼になると、保障が必要な自分が抱える正規軍の代わりに冒険者や傭兵を最前線に送る。

 彼らは働けなくなっても、動けなくなっても保障がいらないのだ。

 遺族に対しては一イエンも支払われない。

「あんた、いつまでそんな商売を続ける気なの?私達の事も考えてまともに働いてよ!」

 万が一の事があった時の蓄えを持つ冒険者以外は離婚待ったなしである。

 

 女性冒険者も男性冒険者も依頼を受けながら走り回っているので容姿に恵まれている事が多い。

 そのためモテはするが、生活を考えると結婚までには至らない。男女ともに遊びで終わってしまう。

 

 その事で冒険者はろくな奴がいないという話になる。

 死んでも嘲笑われるだけ。自分の命を削りながら日銭を稼ぐ。

 

 なんてブラックな職業なんだろう。


「ほら、オルタさん。受けましょうよ、討伐依頼」

 ニコニコしながら俺の腕を引っ張るトミン。

 貴族……領主の子という立場もあるが、少女と間違うくらい愛らしい容姿をしているトミンを無碍にするのは心が痛む。

 これが物語なら実は女の子だったパターンが確定するくらいの容姿をしているのだが、残念ながらそれはなかった。


 この街に帰って来て、まず旅の汚れを落とすために銭湯に行って確認済みなのだ。

「トミン、風呂いくぞ」

「はい、いきましょう。庶民の銭湯なんて初めてですよ」


 中性的な雰囲気、少女と言っても通用しそうなトミンには

「……どうしたんですか?」

 成人している俺よりもたくましい物がついていた。

 常時、俺の最大時のサイズを超えていた。

 これが貴族か、と。


「なんでもないですよ、トミン様」

「なんで卑屈なんですか……」

 

 風呂から上がって数時間は、無意識にトミンを様付けで呼んでいた。


 


 俺はトミンに諦めて貰おうと、依頼票を指さす。

「悪夢の谷と書いてあるよな?」

「書いてますね」

「その土地の名前というのは工夫されているものなのだ」

「いいか、トミン。賢者、いや師匠からのアドバイスだ。まず名前だ。土地の名前と言うのは、大体がイメージしやすい名前がついている」

「どういう意味ですか?」

 トミンが首を傾げて俺の喋った意味を考え込む。


「例えばあそこの小さな山が見えるか。松笠茸が良く取れる。あの山の名前は何だと思う?」

「山の名前ですか?大きな山は解りますけど、解りません」

「あれは松笠茸山という。あっちは角兎山、一角うさぎが住んでる。名前はその特徴に合わせて付けるんだ」

 そして悪夢の谷、という名前を指す。

「そもそも場所に悪夢って名前をつける時点でよっぽどだぞ」

 魔物が増えてる悪夢の谷。

 もし谷の管理者の立場だとして、観光資源になるならもっと素敵な名前がつけるはずだ。

 薬草が生えていたら薬谷とか。花が咲いていたら千花谷とか。

『悪夢の谷』観光資源にする気ゼロな名前の時点でよっぽど嫌な場所が思い浮かぶ。

 

 谷の特性を知り尽くした野生の魔物が、一方的に人を狩るコロニーと化してたりとかな。

「危ないじゃないですか。冒険者としてこの依頼を受けるべきですよ」


 俺の話を聞いて諦めるどころかやる気を出してしまった。

 

 仕方ない、と俺はギルドを見渡して姿を探す。

「いいか、トミン。あそこにいる脳筋でアホっぽいけど気が強そうな女の人がいるだろう?あいつに依頼票を見せて谷を救おうとか言ってこい。

 俺が指さした先はカレン達だ。


 あいつらは新人や年下の冒険者には優しい。

 あと、パーティーメンバーのシノブは、口には出さないが美少年が好きな変態だ。

 中性的な少年の写真集を買っていたのを見た事がある。トミンはストライクなはず、多分食いつく。

 あいつらに任せたらトミンも怪我をしないだろう。

 

 

「誰が脳筋でアホっぽい気が強そうな女なのかしら?」


 五分後、カレン達に囲まれ、すごい恐ろしい目で睨まれていた。

「ちょっとまて、誤解がある」 


 トミンはカレン達の前でこう言ってしまったのだ。

「オルタ師匠から言われたんですが、脳筋でアホっぽいけど気が強そうな女性って貴方達の誰になるんでしょうか?」

 

 トミンには次から俺の名前を出さないように念押ししておかないと、と思いながらカレン達の冷たい視線に冷や汗をかいた。


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