第七十三話
「まともに戦う気は無いのかね……?」
「まともだと思うけどねっ相手が槍持ってきたら剣を使えって言うのかなっ」
小規模な陣の槍衾に打ち取られ、怒りを隠そうともしないシフトにアロナが煽る。
「もしかして、武器もいじらない方がいいのかなっ」
「当たり前だ!これでは訓練にならない!!」
「対槍に対する訓練になってると思うけどねっこっちが負けても訓練にならない。こっちが勝っても訓練にならない。どうすればいいのかなっ?」
シフトはアロナの言葉を聞き、怒りで頭を掻きむしった。
「そんなもの、正々堂々と用意された武器で正面から当たればいいだけだろう!」
「三倍の人数で工夫もなく当たれば普通は訓練以前に人数が多いそっちが勝つよねえ?」
「気合があればいい勝負になるはずだ!」
アロナはそういうシフトに暗い目を向けた。
「じゃあ領軍の兵と私の兵を変えてくれるかなっ気合を見せて欲しいなっ」
「な、何を馬鹿な事を!」
シフトがばかばかしい、と言おうとした所で
「ああ、それならきっと訓練になるんじゃないかな?」
ニコニコしながらそう言ってシフトの言葉を遮ったのはトミンだった。
「ト、トミン様……?」
「領軍にきちんとした指揮官が弱すぎて訓練にならないと言っていたんだし、兵を取り変えたらいいんじゃないかな?」
トミンの言葉にシフトが顔を引き攣らせ、額の汗を拭う。。
「私も見たいなあ。気合で大軍を打ち破る所を見せて欲しい」
「で、ですが……」
「シフトが指揮をすれば、兵の訓練になるように動けるのではないのかな?訓練にならないと嘆いていただろう?」
純粋な疑問のように言うトミンだが、そういう目は濁っていた。
解ってて言っている。訓練にならないと発案者のトミンを非難したのだから自業自得だろうが。
「……そこにいるのは凄腕の冒険者でしょう?彼の武力も含めてバランスを取っているのですがね」
武力も含めてと言うならカレンを呼べば良かっただろう。
賢者に武力を求めるなよ。
今は賢者ですらないけどな……。
「オルタさんは賢者だろう。指揮はともかく直接戦うタイプじゃない。戦うだけならシフトの方が技量が高いだろう……」
トミンが俺をフォローしかけていたが
「じゃあ兵は今のままでいいよっ」
その言葉でトミンは口を閉じさせられる。
「オルタさん、いいの?オルタさんがいいならいいけど……」
不安そうなトミンに、アロナは首肯する。
「直接戦闘に参加しても良いんだよねっ?」
そう言ってシフトの方をじっと見るアロナ。雰囲気に気おされたシフトは、汗をかきながら続けた。
「あ、当たり前だ。ただし、相手を直接攻撃するような魔法は禁止だからな」
模擬戦 五日目
二勝二敗で迎えた最終日。領主とトミンが模擬戦の様子を見ようと、少し離れた位置に座っていた。
「二勝二敗ねえ……」
「はい、父上。今の所オルタさんは互角で戦っています。冒険者でも優れた方はいますね」
冒険者になりたいと言うトミンを止めるため領軍の強さを見せようとしたのに思いのほか善戦されているのだ。
領主は苦そうな、厳しい顔になっている。
領主がシフトを呼びつけ、不甲斐ないと首を振った。
「シフト、貴様は冒険者とは違う。領地の税で雇われているのだ。冒険者は生活のために稼がないといけない。そのために効率的な訓練と遠ざかる事もあるだろう。それに比べてお前は訓練に時間が使えるのだ。もし負けたら……解っているんだろうな?」
「は、はい。お任せください。卑怯な手さえ使われなければ、必ずこちらが勝利します」
そう言うと、領主はこちらを向いた。
「オルタくん。君は訓練のために呼んだのだ。私は君達が勝利に拘らず剣と剣で正々堂々と戦う事を望む」
「負けろって事なのかなっ?」
「違う、勝つつもりで全力でやって構わない。ただシフトから二敗した経緯は聞いたが卑怯な真似は無しで頼む」
領主が俺……アロナをじろりと睨み、変な真似はしないでくれと釘を刺す。
「大丈夫ですか?オルタさん」
そういうトミンにアロナはにっこりと笑って言った。
「大丈夫だよ、本気出すからねっ」
開始の合図がなり、シフトが陣を作り前進させる。
「今日は領主様もこの訓練を見ておられる!領軍として意地を見せろ、各自奮闘せよ。正面から当たれば、こっちが負ける訳が無い」
今日は特に相手の士気も高く、兵達の目も血走っていた。
領軍が一歩ずつ前進してくる。
両陣がぶつかりあい、一瞬で勝負がつくと思われた混戦は……
「ヒャッハー!」
「てめえら、よくもやってくれたな!」
……ならず者兵達が有利に進めていた。
領軍が振るう洗練された剣技が、がむしゃらに振るうならず者独特の剣。
いわば素人の剣に翻弄されていた。
数人がかりで向かっても、相手の剣を躱し、着実に打ち取っていく。
剣対剣。有利な人数を抱える領軍がろくに訓練されていないならず者達に打ち倒されていく。
「ば、バカな!抑えろ!こっちの方が人数で勝っているんだぞ!」
シフトが戦況に悲鳴をあげる。
戦場に赴く際に『軍神の加護を』と部隊は軍神に祈りを捧げる。
領軍の祈りは軍神に届かず、こちらの兵達には『軍神そのもの』がついているのだから。
青褪めている領軍指揮官、シフトのスキルは三つ。
『堅実な指揮』……率いる味方の能力にプラスの補正がかかる
『兵達の信頼』……率いる味方から信頼を得られる。
『士気向上』……率いる味方の士気が上がる。
トミンからシフトのスキルを聞いたが、さすが領軍のお抱え指揮官だけの事はある。
優秀な指揮に関するスキルを複数持っていた。名指揮官と言ってもいいくらいだ。
それに対してアロナが持っているスキルはたった一つ。
だが、その一つが規格外だった。
『軍神』……味方を率いて戦うと負けない
アロナが率いた軍は負けない。
能力補正とか、士気とかスキルとかは関係なく。
技術も訓練の差も関係なく。
ただ『負けない』と書かれたスキルだった。
『まあ、神様だしねっ』
そうペロリと舌を出すアロナ。
『これなら、剣モドキを投擲したり槍モドキを使ったりしなくても勝てたんじゃないのか?』
『勝てたよっ』
そう言ってアロナは肯定した。
『でも三日目にまともに戦って勝ってたら訓練終了。二勝一敗で領軍の勝ちってのもありえたからねっ』
三日目は、剣を投げられなければ領軍が勝っていた。
四日目は、剣を改造されなければ領軍が勝っていた。
汚名を雪ぐために、正々堂々と戦う場面で叩き潰してやる。
『こういう心理になるよねっ』
『なるほど』
『あと、理由は付けたけど、棒を投げた、棒を伸ばした、と言ってあんなに都合よく勝てる訳が無いんだよねっ』
『言われて見れば確かにそうだ……ご都合主義で勝てたのかと思ったよ』
『メタいけど、三日目も四日目も理由付け……ただ理論武装しただけで、実は『軍神』スキルのおかげだったんだよっ』
棒を投げて偶然、敵指揮官にあたり、アウトを取られる。
槍を使ってリーチの差で敵を殲滅する。
『そんなの、三倍以上いる相手に通用する訳ないよ。棒を投げたら弾かれるし、槍モドキにしても棒を布で固定してるだけだから、打ち合えばすぐ壊れるよねっ』
『言われて見れば当然だよな……』
「そ、そんなバカな!?なぜだ、なぜ負けるのだ!?」
軍神の加護があるならず者達が領軍を倒し、陣を突き破るように進みシフトに剣を当て
五日目の模擬戦が終わった。
『軍神』……味方を率いて戦うと負けない
三勝二敗、アロナに変わってから全勝で、長かった訓練は終わりとなった。