第72話 閑話:でもお高いんでしょう?
バレンタインデーのお話をお一つどうぞ。
小説のパッとしない男や、漫画のパッとしない男も。
普段はモテなくてもバレンタインデーは別だ。
女の子から合法的に贈り物を貰える日だ。
ちょっとした義理を送れば一か月後にはそれ以上のリターンがあるのだから。
だが、気を付けないといけないのはこれが『プライベートで』『単製品で』送る必要があるのだ。
学校や職場でチョコ詰め合わせをバラしてばら撒いた所でお返しなんて期待できない。
五十個入りのチョコをバラされた所で単価は一円以下。
音頭を取る人が居てもお返しはせいぜい菓子一袋を合同で返すくらいだ。
「ほら、バレンタインだからあげるわ。私達四人で合同よ」
カレン、シア、エレノア、シノブが俺に一つのパックチョコを冒険者ギルドの男共にバラ巻いている。
「あ、ああ。ありがとな」
俺の手にはカレンから一センチ角の個包装トリュフチョコが乗せられる。
「ここに置いとくわ、一人一個早いもの勝ちよ」
ドンと机の上に置くとワラワラと冒険者達がチョコの袋に集まっていく。
ものすごく綺麗な派手な女の子と普通の地味な女の子が二人がクラスメートにチョコを配ったエピソードがある。
金額は折半なのに、なぜかその綺麗な女の子からのチョコだとみんなが言っていた。
普通の女の子がすっごく居づらそうな顔をして並んで渡していた。
私もお金出したのに!でもそんなケチ臭い事言ったら余計に嫌な人間に見られる。
話のオチとして、その誰からも名指しでお礼を言われず心が弱っている普通の女の子につけこんで、
「ずっと前から好きでした、ありがとう」と告白して成功させた男は勝ち組である。
義理イベントで恋人を作った、という伝説になっていた。
それはさておき。
「やった、カレン様からのチョコだ!」
「シア様チョコレートありがとう!」
フォナとフィナが真っ先にもっていく。
お前らは今日は配る立場だろう……。
「エレノア様、チョコレート頂きますね。ありがとうございます」
冒険者ではないのに、なぜかギルドの司教も、冒険者ギルドに顔を出していてチョコを持っていく。
教会にいろよ。世俗にまみれるなよ。
「シノブさん、ありがとう!」
「シノブ様、ありがとうございます!」
「き……気にしなくて、いい……よ?」
ここの荒い性格の冒険者は美人揃いのカレン達パーティーに一度は絡んでる。
中でも一番大人しそうな清楚系バカ力のシノブに絡んで素手でぶっとばされた奴も多い。
素手だったらカレンよりも強いしな。
そのギャップのためか、ギルドの荒い性格の冒険者達はシノブのファンが多い。
少し離れた所で立っているセルリアさんに近づき声をかけてみる。
「セルリアさんは配らないんですか?」
「未亡人のおばさんが娘と一緒にチョコを配るって恥ずかしいじゃない」
少女な外見のシアとセルリアさんを並べると、ほとんどがセルリアさんを選ぶと思うけどな。
『アイドルグループの音楽版みたいやねえ。パッケージ見て推しの子に感謝!とかああいうやつ』
『そうだな。合同だと言っているのに、名指しで一人にお礼を言うのはなんか気持ち悪いな』
マニーの言葉に俺は頷き同意する。
『みんなにではなく名指しで一人に感謝してるあたりが、みんな若いな』
まあ、それはそれとして……。
「ん、俺にもくれるのか?悪いな」
カレンが代表してギルドマスターに少し豪華なチョコを渡す。
こういうこまかな気配りと根回しを普通にできる所がこいつらの凄いところだ。
チョコレートを配り終わった後、カレン達が冒険に出ようとする。
「なあ、俺にもチョコくれないのか?」
「さっきあげたじゃないの」
カレンが俺の机の上にある個包装トリュフチョコを指す。
「いや、こういうのじゃなくて。もっと特別な感じの……」
そう言うとカレンは顔を顰め、自分の身体を抱き気持ち悪そうな顔で俺を見る。
なんだよ、何か言ってくれよ……。
「あら、シアちゃんもう一つチョコ作ってたじゃない。オルタくんにあげなくていいの?」
セルリアの一言で、シアは身体を硬直させた。
「あ、ああ……エルブンシアでお世話になったからのう……」
そう言ってシアは少し大き目なチョコレートを俺に出そうとするが、
すっとカレンがシアのチョコを取り上げる。
「ねえ、シア。あの時は私達も頑張ったわよね?」
「私達にはありませんの?」
カレンとエレノアの圧力に負け
シアは仕方ないとチョコを開きいくつかに分けてメンバー達に配っていく。
俺の手元に残ったのは、トリュフチョコよりやや大きい程度のチョコ片だった。
フォナフィナは既に出て言った後だ。
あいつら……
前に世話してやったのにチョコくらい渡していけよ
カレン達が出て言った後、俺はトリュフチョコとチョコ片を食べた後、
『なあ、マニーお前からチョコとか無いの?』
『バレンタイン補正で三倍、商人補正でさらに三倍、神様補正でさらに三倍返しやで』
三倍+三倍+三倍=合計九倍、という文字が頭によぎる。
『九倍の物を返せと言うのかよ』
『ちゃう、変なポイントの足し算やのうて、掛け算で二十七倍にして返してや?』
マニーが取り出したチョコは、商人が準備したらしいきらびやかな物だった。
『でも、お高いんでしょう?』
『三千イエンでええで?』
『八万イエンの物を返せと……?』
まあ、ご購入で。
暇な時は出て来て話し相手になってくれるし、マニーにはいつも世話になってるしな。
冒険者ギルドの女性メンバーに媚びを売る冒険者達を眺めながら
俺は八万イエンのチョコ片を一つ口に咥えた。
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