第70話 閑話
午前七時三十分。
冒険者ギルドは七時からドアを開かれる。
普通は七時から八時くらい。遅い人で八時から十時くらいに集まり始める。
いつもは惰眠を貪る冒険者達も今日ばかりは早く集まってくる。
今日は精算日。冒険者達のお給料日である。
一個ずつ依頼を受けて、その都度精算するというシステムが取られていたが、今やどこのギルドも週に一度精算日を設け
そのタイミングで一週間分の報酬を支払うというこの方式に切り替えていた。
冒険者ギルド側は大きなメリットを持っている。
ペナルティや違法な事をした場合に天引きで処理できるのだから。
冷やかしで並んでいた俺の順番がやってきた。
「はい、オルタニートさん。……今週の精算です。依頼件数ゼロのゼロイェンですね」
受付嬢が顔を引き攣らせて、そう言った。
「そうだったかな?今週は働いた気がしたんだけどなぁ……」
依頼件数ゼロイェンの精算票を打とうとした受付嬢に
「紙の無駄だ。依頼件数ゼロの奴に精算票を打つな。」
採集依頼を受けたとしよう。
『松笠茸を一キロ取って来てくれ。三千イエン』
それがありふれているが探すのが面倒な植物の場合は当然苦労する。
中には道端に。中には家裏の私有地の山に。子供が遊んでいて見つける事もある。そんな植物だ。
道に注意すれば簡単に見つかる。だが、それを一キロ集めろと言われれば悲鳴をあげるだろう。
どこにでもある。だが、どこにでも生えている訳ではないのだから。
「依頼達成です、おめでとうございます!」
三千イエンが支払われ、冒険者達は安全な採集依頼で安宿に泊まり、食事を取るのだ。
少し痛む腰をポンポンと叩きながら、身体を労り翌日にはまた次の依頼を受ける。
「おっ、ここにあるじゃん?」
農家が栽培しているような場所へ入り込み、意図して。または意図せず盗む事もある。
近隣住民が「何だか冒険者がお前んちの裏に入ってむしっていったよ」と証言があれば、当然冒険者ギルドにクレームが入る。
「あれは農家が栽培していた物です。賠償しなければいけないので、購入代金の一万イエンを払ってください」
そんな事を言って大人しくお金を出すか。
否、暴れるに決まっている。
「村で暴れるゴブリンを何とかしてくれ」
村は村娘を何人も浚われ、稼ぎ頭、働き手を殺され、頭を抱える。
村人に戦う力が少ない場合、村で金をかき集めて冒険者ギルドへ依頼する。
「これで村のゴブリンをニ十匹倒してください」
討伐部位を購入し、依頼達成のサインを偽造し依頼達成とするような悪質な冒険者もいる。
当然、依頼事に精算した場合、冒険者はその金を持って逃げる。
後日村からクレームが届き、他の冒険者を派遣しないといけなくなる。
依頼毎の精算にした場合、これらは全て冒険者ギルドの損害になるのだ。
当然、日銭で生活をする冒険者達は反対した。
「一週間に一度、精算する。どうしてもお金が必要な場合は一週間分の生活費を無利子で貸出す」
ギルドマスターのその一声があり、精算日という制度が確立された。
これにより単発の依頼を受け、適当な仕事をして逃げる事ができなくなった。
また、新人は無一文でもギルドから当面生活が安定するまでの間にお金を借りて、依頼を受けられるようになった。
違反冒険者はペナルティとして精算日の支払いから天引きされるようになり冒険者ギルドは損するリスクを減らせる。
『なかなかええシステムやねえ』
商売の神様、マニーがそう言って茶をすする。
『うむ、なかなかにいいシステムだ。一週間というのも絶妙だな』
詐欺の神様、スキャムがマニーの饅頭を一つ持っていき口に入れる。
『なかなか?マニーならどうするんだ?』
そう俺が尋ねると、商売の神様、マニーは口を開いた。
『食べるお金が無いと犯罪に手を染める人も増える、物乞いも増える。働こうにもお腹が空いて動けへん、って人は一定数おるやろう?』
今日お金が無かったら、餓死してしまう。この国ではそういう人間は一定数いる。
貧民街を形成し、働けない人への支援で税金も使わないといけない。
炊き出しや職業訓練名目で、割高な薄い芋粥や簡単なペーパーテスト利権やエクササイズのような訓練へとお金が流れていく。
『無利子でお金を貸し付け労働訓練を実施して、働ける土壌を作る。その人達は税金を産み出す。うまくやれば国からお金を引っ張れたで』
ギルドが行った行為は、ギルドの損害を減らすためだけに行われた週精算と、無利息の貸出制度だが、そこには国が入っていない。
日銭に困った民が仕方なく、という犯罪を減らせる。
金を稼げなかった人間に冒険者という訓練を施し、仕事も斡旋させ、天引きにより税金を納める事ができるようになるのだから。
『上手くやれば国の事業として上手く引っ張れたと思うんや。社会に貢献しているという正義の行為はコネ作りに役に立つしな』
危険な場所へと派遣される事になるだろうが、冒険者ギルドに行けば、とりあえずお金を作る事ができるのだから。
そう言うと、マニーは目をイェンマークにして指で輪っかを作った。
『国から感謝されながら、冒険者達には国営事業みたいな物だとクリーンに見せかけていっぱい人集められるで』
『スキャムならどうする?
『目的はギルドの損害を減らす事。無利息で生活が安定するまで貸出しさせたのは、週精算を納得させるためだろう?』
そして、マニーの茶菓子を口に放り込み、続ける。
『日精算は変えず、目に見える損害と不正な報酬を受け取る冒険者を口実にして、依頼を調査する部門を作る』
そういうとスキャムは、当然の事だろうと鼻で笑った。
『だが、たくさんいる冒険者達のそれぞれの依頼を調査するのは大変だろう?それだと不正は減らないんじゃないか?』
『調査部門は何もしなくてもいい。調査費用として冒険者達にその部門の維持費を負担して貰う事にするのだ。依頼達成の報酬を半分くらい持っていっても良かろう』
明らかに不正をしそうな人間が居たら、調査中だと言ってそいつだけ精算をズラしてもいい。
『ほかの殆どの冒険者達は自分の事じゃないなら、特に気にもしないだろう』
そう言うと、スキャムは目をイェンマークにして指で輪っかを作った。
『恨まれるのは不正報酬を受け取った冒険者達。調査部門の長に就任すれば、いくらでもお金を取り放題だ。利権を得るチャンスを捨ててどうする』
マニーとスキャムがいかにして搾取するかを議論している中、俺はギルドのカウンターに並んでいる冒険者達を眺めながら考えた。
正義と悪じゃない。
詐欺師みたいな商売人と、金に汚い詐欺師の神様。
同族嫌悪なのか、掴み合い酷い喧嘩をしていた。
こいつらがギルドマスターじゃなくて良かった、と。
ぶっきらぼうにカウンターの傍で仕事をしている不器用なギルドマスターを見て、そう思った。




