第六十七話
少し長くなりました。
【明日という概念】を小さく回収です。
しばらく床に這いつくばるサンドバックをした後に、終了の合図がなった。
立ち上がると少し眩暈を感じてふらつく。
俺を殴りつけた若手の兵達がニヤニヤとして戻っていく。
『大丈夫なん?』
マニーが心配そうに声をかけてくれる。
『大丈夫じゃねえよ、世界がまだまわってるような気がする』
マニーが俺の傍を浮かびながら心配そうにしている。
『ふむ、頭だけに内出血は危険だしな……ちょっとこっちに来い』
スキャムは『観察』を使い、俺の頭の状態を見てくれる。
『大丈夫だ、一時的な物だろう。安静にしてれば後遺症も無い』
スキャムの観察があれば病気も怪我も詳しく解る。
『詐欺師よりも医者になった方が感謝されてたんじゃねえのか?』
訓練場から引き返し、部屋に戻るところでシフトが歩いてきた。
「お疲れ様、正規兵とは言っても新人だ。もう少し頑張ってくれないと訓練にならんよ」
酷い指揮だ。訓練にもならない、とシフトが俺を非難するが、表情は明るい。
まるで俺が負けた事を喜んでいるようだった。
訓練にならないなら、人数を減らすなりバランスを取ればいい。
あいつら突っ込むだけだし、同じ人数でも負けるだろうけどな。
「負けたと言ってるのに攻撃するのは辞めて貰えませんかねえ?」
頭を指さして俺はシフトを睨む。
そう言うと、シフトは鼻で笑った。
「負けたから攻撃するなとか、これが本番だったらどうするつもりだ?」
「はあ?」
覇気がない、と嘲るような言葉を聞いて一瞬頭に血が上る。
「もし本番なら降伏してる敵を攻撃し続けて足をすくわれそうな行為だけどな」
そう言うと、シフトは不機嫌そうに腕を組み、俺を睨みつける。
「そもそも、指揮も何もないだろ。指揮を聞くという基本が出来て無い」
「それを何とかするのがお前の役目だろう。実際に強制的に徴兵した人間はいう事を聞かんが工夫してやっているのだ」
売り言葉に買い言葉で、俺もヒートアップしていく。
「訓練名目で冒険者を呼んで、負けたら困るから練度の低いならず者をつけて三倍の正規軍でボコって僕達最強ドヤァ!っすか?」
すごく早口で言ってそう、とどこからか声が聞こえそうだった。
実際に早口だ。
「……冒険者風情が領軍を侮辱するつもりか!」
俺の煽りにシフトが腰に佩いた剣に手をかける。
その剣を抜いたらもう終わりだ。領主依頼とか知った事か、ボコボコにしてやる。
『勝てるん?』
『当たり前だ、俺の選手には特級剣士のコピーカレンがいる!』
うちの特級剣士を舐めんなよ!
『まあ……その力もオルタはんの力や』
「シフト、やめなさい!」
剣を抜こうとしたタイミングで、一人の少年が声をあげる。
男性用の騎士服を着ていなければ少女だと思ってたかもしれない。
顔立ちは中性的で少女と言っても通用するような容貌だった。
歳の頃は十代半ばくらい。
小柄な身体に真っ白な騎士服を着た身なりの良い少年が、シフトと俺の間へ入る。
「チッ……これは、冒険者を呼んで訓練してみてはどうか?と言っておられたトミン様」
そうシフトが言うと、少年はビクリと身体を震わせる。
「トミン様、外の噂より内部に目を向ける方が重要だったのでは?」
興がさめたという風に、シフトは立ち去っていく。
シフトの姿が完全に見えなくなってから、少年はこっちの方へ振り替えり俺と目をあわせた。
「私は領主の三男、トミンです。冒険者のオルタニートさんですよね?」
俺が口を開いては閉じているのを見て、トミンは薄く笑った。
「敬語は結構です。話しやすいように喋って頂ければ……」
そう柔らかく微笑むトミンは、さすが領主のご子息だと溜息をついた。
「あ、ああ。助かる、トミン……様?」
「トミンでいいですよ」
そう言って、トミンは苦笑いをする。
『フラグあるやん、良かったなあ』
『いや、そんなフラグは要らない』
腐った事を言うんじゃねえ……。
「申し訳ありません、私のせいで貴方をこんな目にあわせてしまいました」
そういってトミンは、悲しそうに目を伏せた。
少年が涙目で俺を上目遣いに見る。
俺にはそんな趣味は無いが、目覚めてしまう人もいそうな姿だった。
「ん、トミンのせい?」
付け足すように様を付けて続きを促すように、手招きする。
「三男の私は、後を継げません。それで領軍に入り兄達を支えるよう言われていたのですが……」
そう言って、両の人差し指を合わせながら言いづらそうに言った。
「冒険者になりたいと言ったら、冒険者は半端者でクズばかりだと言われて父と口論になりました」
そう言って、トミンは俺の方へ一歩踏み込み、目を合わせて言った。
「私の冒険者への憧れを潰そうと。有名な冒険者を訓練として呼び、領軍と争わせてみればいいと」
なぜ『指揮官』として『俺』が呼ばれたのか解った気がした。
俺を殴りつけていた若手領軍も、トミンに冒険者の方が領軍よりも優れていると思われている事が気に喰わなかったのかもしれない。
純粋に冒険者と戦闘の手合わせだと、戦闘職をよばず殴り合うのは不公平だ。
かといって戦闘職の有名な冒険者……カレン達ならおそらく領軍に勝ってしまうだろう。
では、戦闘職ではない有名な冒険者を指揮官として呼び、ならず者でも指揮させて負かしてしまえか。
訓練にならない、といいつつシフトがニコニコしていた理由もこれだろう。
「今回、領軍が勝てば私は領軍の見習いへ。オルタニートさんが勝てば冒険者になっても良いと言われまして」
「いや、領軍に入れよ。そっちのが絶対にエリートコースだろ。冒険者なんてろくな仕事じゃないぞ?」
「オルタニートさんでも勝てませんか?あのA級冒険者パーティー、カレンさん達を教え導いた大賢者の冒険者さんでも無理ですか?」
どれだけ俺を大物のように吹聴してるんだよ。無理だ、と言おうとして、トミンの泣きそうな顔に怯む。
「まあ、仕事は訓練だ。俺が勝つ必要もないだろう。金さえ貰えればいい、あと三日だし」
そう言って話を終わらせようとするとトミンは庇護欲を誘うような顔から、少し暗い顔に変わった。
「訓練にならないと言われてましたよね、依頼は失敗になるかもしれませんよ?」
俺は懐から、依頼票を出して、改めて文面を眺めた。
【領軍の訓練、模擬戦の指揮官として冒険者の派遣を求む】
訓練にならない、と繰り返していたのはまさか訓練にならなかったから依頼失敗だと金を出さないつもり……だったりしないよな?
まさか、と俺が不安そうにトミンを見ると、トミンはむくれてそっぽを向く。
さっきシフトを煽ったばかりだ。スムーズに進むとは考えづらく、俺は溜息をついた。
ああ、やっぱり外れの仕事だった。この仕事辞めたい……。
「勝っても訓練にならなかったとか言って依頼失敗にする可能性もあるんだろ……?」
「明日から三勝の逆転勝利、もし勝ってくれたら私が依頼成功の証明を出しますよ。追加報酬を出してもいいです」
「……勝手にそんな事をできるのか?」
【訓練の際に領軍が勝利した場合、依頼を成功と認める。また、追加報酬として依頼額と同額を支払う。トミン=ファースト】
日付を入れ、トミンが手慣れた様子で書面を書きサインする。
「この印は現在、父上。領主が印を保証していますから、領主印と同じ効力を持ってます」
懐から印を出して押し、年齢相応のどや顔をしてトミンはサインした紙を俺に渡した。
『マニー、商売の神様なら解るだろ。これは本物の印か?これって効力を持つの?』
『本物の印やで。効力もあるで』
商売に関する全てのスキルを持つマニーが、『書類に不備はない』と言った事で、俺は頷いた。
「解った、シフトの野郎も気に喰わないし、兵に殴られた恨みもある。明日から全力でやってやる」
トミンが嬉しそうに顔をほころばせるのを見て。
おっさんの『訓練にならん』という厭味を含んだ粘着質な笑みよりも、こっちのが価値がある、と思った。
元賢者を舐めるなよ!俺は俺が持つ力を全て出す。本気でやる事に決めたんだ。
「選手交代!」
以前、明日という概念は永久に来ないと言った。
だが、普通の人……選手達は明日から本気を出すために準備をしてくれるはずだ。
後は任せるぜ、俺の選手!