第六十五話
領内住民は領主に従わなければならない。
領民に対する支配権……領主統治権があるのだ。
領地内での領民に対する裁判権、警察権、徴税権を持つ代わりに、領主は領民を保護する義務がある。
簡単に言うと、領主命令は絶対だ。
警察権で逮捕され裁判権でそのまま処刑されてもおかしくない。
あまりにも横暴な事はできないだろうが。
少し余談をしよう。
悪法として語られる初夜権という物がある。
権力者が統治する地域の新婚夫婦の初夜に、新郎よりも先に新婦と性交することができたとする権利だ。
現代で初夜権と聞くと、「なんという悪法だ!」と憤るかもしれないが、この法律は悪い法律ではなかったのだと思う。
処女性を重視していた時代では、結婚した時に処女で無かった場合、悪魔と交わった魔女とされ処刑される事もあった。
当時、生活する事が難しいような貧困家庭では、春を売る事もあっただろう。
「もうお嫁にいけない」という言葉があるように、処女を失う事はすなわち伴侶を見つけられない事にも繋がりえた。
さらに一方的に男が婚姻後に性交した後で実際に処女でも「処女ではなかった」と告発すれば魔女として処刑できるのだ。
自分の身内の女性がそんな目にあう事は耐えられないだろう。
教会が処女を確認し、この者は処女であると証明するシーンを映画で見た事はないだろうか。
婚姻で教会が選ばれるのは神様の祝福という面もあるが、教会で結婚をしない物は新婦が処刑されうる可能性があったのだ。
魔女狩りをするのも教会で、処女を証明するのも教会だ。金を吸い上げるマッチポンプシステムの完成である。
処女でなければ結婚できないというのは領主としては馬鹿げていただろう。
貧しくて仕方なく身体を売る女性もいる。
それも少なくない数で存在する。
女性が結婚できなければ子供も生まれない。
子供が生まれなければ領地の弱体化にも繋がる。
人は力なのだ。
畑を耕すのも一人より二人の方が収穫は上がるし、戦う時も基本的には人数が多い方が勝つ。
そこで初夜権である。
「処女じゃなかった、きっと悪魔と交わった魔女だ!処刑してくれ」
男がそう言うと、女は笑いながら言い返す。
「初夜権って知ってる?初夜は領主の者なのよ?領主様を悪魔と言うの?」
悪魔ではなく領主が抱いたのだ、魔女だという事はできないだろう。
教会に処刑される事がなくなった現在では悪法に見えるかもしれないが、当時はそれなりに必要な法だったのではないだろうか。
余談終わり。
「なんで俺にそんな依頼が来るんだよ!おかしいだろ」
俺が依頼票を見て言うと、ギルドマスターは首を横に振る。
「いや、おかしくないだろ。居なくてもいい冒険者登録された人材で」
居なくてもいい、を強めに強調して、ギルドマスターは続ける。
「ギルドの顔を潰さない程度にそこそこの能力を持っている元A級パーティー所属の上級賢者だ」
適任だ、というギルドマスターに俺も考え込む。
「なるほど、カレン達は脳筋だしな。ギルド一インテリジェンスな俺が適任というのは解らない事もない」
「ぶち殺すわよ?」
カレン達が俺を睨みつける。ほら、もう手をあげそうになってる。
暴力の前に普通は会話だ、脳筋だろう?
「領主直々にお前を冒険者に戻せって命令もあったし、パーティーから抜けたお前を取り込みたいのかもな」
冒険者から軍師待遇のお城勤めというのは、普通は飛び上がって喜ぶような話かもしれないが、どうも乗り気にならない。
ぶっちゃけて言えば働きたくない。城勤めになればダラダラできなくなるだろう。
働く時は美人に囲まれて楽しく働きたい。
「お堅い城勤めだ。イベントなんて起きないんだろう?」
「何のイベントかは知らんが、お前が期待しているような事は無いと思うが。どうするんだ?」
ギルドマスターが目を揉み、俺を見据えて言った。
「断るか?」
「断れるのか?」
「覚悟さえあれば断れる」
電話機を持ち上げてギルドマスターが真剣な目を俺に向けた。
こいつ……俺が断ったらすぐに通報する気だろ。
喰い逃げは犯罪になるから、する事はできない。
だが捕まる覚悟があれば喰い逃げをする事ができる。
やる事は可能だが、リスクが大きくてできない。
それはできないのと同じだ。
「断れないんだろ!さっさとよこせ、受託する!」
「報酬が書かれてないぞ?」
「住み込み食事つき服貸与で五十万イエンだな」
意外と美味しい報酬に、俺はならない口笛を吹いた。




