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第五十七話


 脱獄して数日が過ぎた頃、エルブンシア国、王城の門番へと身なりの良いエルフ達が集まっていた。

「アジュール王に至急取り次いで欲しい」

「アジュール王は戻られたはずだろう……?」

 エルブンシアの東部を纏める貴族と西部を纏める貴族がそう言った。

 

「宰相様、どうしましょう……」

「奴らはアジュールの顔を知っておる。会わせるわけにはいかん、追い返せ。それより脱獄した奴らはどうした!」

 失われた片手をさすりながら、宰相は怒鳴り散らした。

「しかし、急ぎの用事だと。宰相様からご説得できないでしょうか」

 無能めと宰相が舌打ちをして、貴族達の待つ門へと向かった。

 

「アジュール王は体調を崩しており会いたくないと仰られておる!出直すがいい」

 その宰相の言葉にエルブンシアの貴族達が憤る。


「若造、宰相職に推したからと言っていい気になるなよ?貴様を選ぶよう貴族院の票をまとめたのは儂達なのだぞ!」

 老害どもめ……と宰相は言葉を飲み込み、笑顔を作った。

「アジュール王の御身体が戻り次第、ご連絡を差し上げる」

「そんな悠長な事を言っていられるか。浄化の魔石がもうすぐ切れるのだぞ……?本当にアジュール王に伝わっておるのか?」


 エルフという種は迫害対象であった。

 その整った容姿に。その知性に。その魔力操作に。寿命に。

 最初は嫉妬から。

 人の中でもエルフより美しい容姿の人はいる。

 人の中でもエルフより高い知性を持つ学者はいる。

 人の中でもエルフより優れた魔力操作を行える魔法使いはいる。

 

 容姿に恵まれない者は、生まれつき整った容姿を持つエルフに嫉妬した。

 知性に恵まれない者は、生まれつき高い知性を持つエルフに嫉妬した。

 魔力操作が苦手な者は、生まれつき高い魔力操作を行えるエルフに嫉妬した。

 エルフの寿命に嫉妬した。

 

 バラバラの地に住むエルフ達は迫害され、追いやられた。

 

「皆で協力して国を興そう」

 大陸の中でどこの国にも組み込まれていない場所に集まり、エルフ達は生活を始めた。


 都合の良い場所であれば、どこかの国が組み込む。

 エルフ達が集まったのは瘴気に満ちた広大な毒の沼だらけの土地だった。

 魚はおらず、植物も生えない。沼は毒々しい色で毒のガスが噴き出ていた。

 

 土地自体が呪われているのか、激しく汚染されているのか。

 浄化の魔法をかけても数日後には元の毒の沼に戻った。

 

 水魔法に長けたエルフが浄化する。

 住める状態になっても、また放っておくと毒の沼に戻る。


 王は広大な敷地をまわりながら、浄化をしていく。

 小さな国ではあるが、国土はおよそ一万平方キロメートル。

 南北に二百キロメートル、東西に五十キロメートル。

 

 浄化をかけて北へ進み

 浄化をかけて西へ進み

 浄化をかけて東へ進み

 浄化をかけて南へ進み

 

 元の位置に戻った頃には、北の土地が毒の沼に戻る寸前だった。

 エルブンシアの初代王は週に四日浄化して周り、三日を魔力の回復に当てる。

 そういう日々を何百年と繰り返し続けた。

 

 百年、また百年。時間をかけて水魔法を使い毒の沼を浄化し続けた。

 毒の沼を完全に浄化する事を夢見て、初代から王族は水魔法に特化した者と婚姻を結んだ。


 エルブンシアの二代目の王の時に、水魔法を貯めておく方法を編み出した。

 浄化の魔法を魔石にこめて、発動させる事で毒の沼を抑える事ができるようになった。

 一つ目の魔石が効果を失う頃に、魔石が自動的に発動して浄化をかける。

 これにより王が自ら移動しながら浄化をかける事はなくなった。

 各地に魔石を送る都合の良い場所……エルブンシアの中心に王城を構えられるようになった。

 

 エルブンシアの三代目……アジュール王は希代の水魔法の使い手であった。

 通常なら水魔法に長けた王が一日に数個しか作れない浄化の魔石を百個程度なら片手間で作る事ができた。

 エルブンシアはアジュール王の下、浄化の魔石について心配する事なく、安定した国へ仲間入りする事になる。

 

 寿命が長いエルフ族だ。

 二代目から数えて千年近く前。アジュール王の即位から三百年ほど前の出来事になる。

 数百歳の中堅エルフ達や百歳前後の若いエルフ達は、死の沼に住んでいると意識する事も無く

 王から与えられた魔石を儀式のように継ぎ足していく。

 その事を知っているのは二代目の頃から苦労してきた長寿の老エルフと魔石生成の義務を負う王くらいであった。

 


「な、なんだ……?浄化の魔石だと……!?」

「アジュール王が居なければ、シア姫様に連絡を取って頂いても構わぬ。王の責務は果たして貰わねばならぬぞ」


 責務としつこい老エルフ達をなんとか丸め込み追い返し、王都で管理されている浄化の魔石を確認し……

「バカげている」

 宰相は青褪め、呆然として立ち竦んだ。

「な、なんなんだ……この魔力は」


 信じられない程の莫大な魔力が込められている石を持ち、宰相は頭を振る。

 

 十人の魔力操作に長けたエルフが不眠不休で一つの魔石を作るのに数日はかかるだろう程の魔力を含んだ魔石。

 

 これを一週間に一つずつ消費するという。

 東部、北部、西部、南部の四カ所。一週間に四個必要であると。

  

 エルフであれば誰でもいい訳ではない。

 水魔法に長けたエルフでないと浄化は使えないのだ。

 

 使える人数が少ないため、水魔法に長けたエルフは神官職についたりしている。

 

 この魔石にこめられた魔力と比べれば玩具のような浄化の魔法でも、聖水は手間暇かけたワインくらいの値がつく。

 老エルフ達が言っているのは、高級ワインで国中の池や沼を満たし週に一度交換しろと言っているに等しい。

「こんな事をするなら、他の国へ行き直接聖水を売る方が儲かるではないか!」

 王の利権よりも、宰相の利権よりもよっぽど……。

 こんな浄化の魔石を週に一つ与えられるなら、喜んで国を売り飛ばす。

 そんな魔石を作り続けなければ国が亡ぶのだ。

 

『エルブンシアの元々の目的は迫害対象だったエルフの立場の回復だったんだよ。ここ数百年でエルフへの迫害は既になくなってる。国が無くなっても国民は他の国へと移るだけさ』

 アジュールは俺に、そう自嘲的に話をした。

『シアは浄化の魔石を作れちゃうから、あっちも国をあげてシアを探す事になるだろう』

 さあ、宰相が始めた誰も得しない鬼ごっこのはじまりだ、とアジュールは乾いた声で俺に言った。

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