第五十五話
「王が戻れば内乱も意味がない。実際に内乱は治まった」
仮令偽の王だとしても。王の顔を知っている物は一握り。その一握りさえ抱き込めればいい。
「愚かな行動を取ったアジュール王を恨むのですな」
『なんで大人しく毒殺されてやらなかったんだ?』
アジュールが大人しく毒殺されていたら、宰相が権力を少し持つ程度の話で終わりだったのだろうと。
「そのどうしても通したい法案についてなんだけど、どういう物だったのかな?」
そうアジュールが言うと、宰相は鼻で笑った。
「国の運営とは関係ないお前らには理解できないだろう」
「奴隷制度、王代理制度、宰相職世襲化、軍費の貴族持ち合いだよね?」
「……何で貴様がそれを知っている」
宰相が訝しむ顔でアジュールを睨みつける。
「奴隷制度についてだけど、隣国がエルブンシアの国民を買いたがってたよね」
「犯罪者等を奴隷身分とし隣国に売る事で犯罪者を養うための国費が必要無くなるのだ」
宰相は胸を張ってそう答えた。
『犯罪者を養うための国費なんてたかがしれている。
エルブンシア……エルフの中には奴隷もいる。
そういう認識ができれば、エルフは人として見られなくなる。
拉致して奴隷だと言い張る人間も出てくるだろうし、新たな争いの火種を作る事になる。
その火種を消す国費の方が膨大だろう?』
アジュールはそう言うと次の質問をする。
「王代理制度は王と王の直子が居なくなったら宰相を王の代理として運用するって奴だよね」
「王が居ないと国民が苦しむ事になるではないか」
『ぼくとシアを始末すると宰相の手に王座が転がり込むという制度だよね』
「宰相の世襲化だけど、なんで選出制の宰相職をわざわざ世襲制にするんだい?」
「宰相が抱えてきたノウハウを子に受け継ぎ、よりスムーズに国を運営できるようになるだろう」
「軍費の貴族持ち合いは?」
「王の負担が大きいためだ。貴族持ち合いにすれば、王の負担は減るだろう」
「ついでに軍についての管理も貴族がやるんだよね」
「軍費を負担しているのだ。それは当然だろう」
「その貴族の代表というと宰相になるよね」
「当然ではないか」
『王の軍として予算が組まれている予算を削り貴族に還元する。
その還元分から軍の費用を出して王から軍を取り上げようという話だよ』
アジュールはそう言うと、溜息を付いた。
『黙って殺された方が良かった?』
『なんでこいつを宰相に据えてるんだよ……』
『貴族達から選出された議員から選出されたのが宰相だからね。王は口出しできないんだ』
「よくぬけぬけとそんな事が言えるもんじゃな……」
『悪い権力者』を形にしたような宰相の態度と言いぐさに、シアは怒りで言葉が出てこなかったようだ。
「金庫を開けて下さらないのであれば……」
そう言うと、宰相はセルリアの顔に向けてナイフを滑らせた。
セルリアの頬に一筋の線が入り、血がしたたりおちる。
「もしシアが金庫を開けたとしても、俺達は全員明日処刑されるんだろう?」
アジュールがセルリアの方を見ながら、宰相へと尋ねる。
「処刑は決定されておる」
民衆の前で王を騙ったと死なない程度にいたぶられ
無様な姿を晒され尊厳を奪われ苦しみの中で死んでいくか。
苦しまないように処刑されるか。
「エルブンシアのために金庫を開けてくれませんか?」
そう詰め寄る宰相に、シアは苦しそうに頷こうとした所を
「ちょっと待って貰っていいかな?」
アジュールはそう言って話に割り込んだ。
「このカレンさんは他国の特級剣士なんだけど」
「それがどうした?特級剣士だろうが、首輪により力を封じられておるのだ。恐れる事はあるまい」
「いや、ぼくが言いたいのは他国の特級剣士を勝手に処刑するのかい?」
特級剣士は一万人に一人の才能。その才は国の財産とも言える。
「たかが剣士を一人処刑しただけで問題にはなるまい」
「そうか。こちらのエレノアさんはどうする?彼女は女神教の上層部の娘さんで聖女様だが?」
「聖女だろうが何だろうが、処刑は国の意向だ。逃がしはせん!」
セルリアからナイフを持った手が離れたタイミングで
「そろそろいいかな……。これくらいで証拠は十分だと思うんだよね」
「何だと?」
アジュールが呪文を唱えると
「ぐ、な、なんだ!?う、腕が……腕が」
宰相の腕から湯気が立ち上り急速にしぼむ。
宰相が異常を感じ、逆の手で腕に触れると、
砂のようにサラサラと腕だった物が地面へ落ちた。
「痛みは無いだろう?既に実験済だから」
ぼくの身体でね……と。
アジュールは変わらない口調で宰相へ言った。




