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第五話

 猪を狩ってもその肉はすぐに腐る。

 魚をたくさん取ってもすぐに腐る。

 塩漬けや燻製、干物にして少し長く保存できるようにしたとしても、全ての部位を食べるか交換しようとしているうちに、ほとんどは腐ってしまう。

 

 人は猪を、魚を、労働やサービスを貨幣に変える。

 

 猪を売り貨幣に変える。

 魚を売り貨幣に変える。

 治療魔法をかけて貨幣に変える。

 

 魚を食べたいと思えば魚を貨幣と交換し、キノコが食べたいと思えばキノコを貨幣と交換する。

 足が疲れたからマッサージして欲しいと思えば貨幣を使ってマッサージを受ける事もできるし、どこか怪我をすれば、貨幣を使って治療する事もできる。

 

 お金とは価値を測る物差しであり、

 持ち運びしやすく交換できる物であり、

 腐らず、その価値を貯める事ができる物である。

 

 前にも書いたが冒険者の給料は一週間に一度、ギルドで清算される。

 そして今日はその清算日だった。

 

「今週は全部で三百八十イエンですね」

 ギルド職員が俺の手に小銭をパラパラ落とした。


「……」

 子供のお駄賃かよ、という額の報酬を見て、もう一度ギルド職員の方を見た。

「またまた、ご冗談を……」

「三百八十イエンですよ?間違ってません」


 もう一度言おう。お金とは価値を測る物差しである。

 

 どうやら、俺の今週の労働は酒場でのコップ一杯の酒で吹き飛ぶ程度の価値しかなかったらしい。


 カレン達のパーティーから外れて一月経った。

 パーティー時代に貯めていた金はみるみるうちに減っていく。

 支出を抑えても減っていく。

 最近は怖くなって数えるのすらやめた。

 

 お酒を飲んで酔いがまわっている時に支払うのがコツだ。

 いくら残っているのか翌日は覚えていないから、恐怖心が少し薄れる。



 もういくら残っているのか解らないが少ない事だけは解る。全財産を入れた財布が驚くほど軽い。

 清算日で貰った金をポケットに入れ、恐怖感を薄れさせるお薬……酒場に繰り出し酒を注文する。

 嫌な事は忘れるに限るのだ。

 

 そして酒を大事に舐めるように飲んでいると……

「あら、オルタじゃない」

 振り向くとカレンが居た。

 手を挙げて、何のわだかまりもないように明るく挨拶するカレンをジト目で睨む。


「久しぶりじゃのぅ」

「げ、元気だっ……た?」

「お久しぶりですわね」

 カレン、シア、シノブ、エレノアの四人が俺の傍に座る。


「……よぉ」

 気まずさを感じながら、俺は手を挙げて応えた。

 

「どう?賢者スキルは戻りそう?」


 罪悪感からか同情からか、カレンが心配そうに声をかけてくる。 

「……ヤクタターズのままだな。スキルもステータスも変わらん」


 俺よりも数段高い酒を注文して、カレンは気まずそうにおしぼりで手を拭きながら言った。


 なんていうのか、モチベーションが上がらない。

 こいつらが本当に嫌な奴だったら、酷い目にあわせてざまぁ!でスカっとするんだろうが、たまにこうやって心配して声をかけてくれたりする。


「こんなオゴリで許したりはしないからな?」

「一言も奢ると言ってないのじゃが……まあよかろう」

「そうね、出してあげるわ」


 羽振りいいなコイツら、と思いながらチビチビと酒を舐めるように味わう。

 酒の肴にカレン達の近況。

 充実した冒険譚を聞くたびに俺の心は黒くなっていく。

 

 一時間くらいたった頃、カレン達が席を立った。

「もう私達行くから。渡しとくわね」

 二万イエンが俺の机に置かれる。

 

「なんだこれ?」

「ここの支払いよ。奢るって言ったでしょう?」

「ふざけんな、このくらい出せる。バカにすんなよ!」

 俺はカレン達に当たるように金を突き返した。

 

「……何よ、お金無いんでしょう?」

「ありますう!俺も俺なりに働いてるんだ。今日は俺が奢ってやるからさっさと帰れ!」


 カレン達が席を立ち、酒を追加で注文したが、うまく酔えそうになかった。

 怖い……。恐怖心をあおる悪魔(サイフ)と向き合う時が来たのだった。

「会計よろしく」

「一万四千イエンです」


 財布を開き、俺は絶望に声が漏れる……

「あぁ……」

 残り一万三百八十イエンしかない。

 

「悪い、今週はホステスにハマって貢ぎすぎた。残りは来週までツケといてくれ」

「仕方ないにゃぁ……いいよ。来週四千イエンよろしく」

 主人は一万イエンだけを持って行った。


 ほら、やっぱりこの方法使えたじゃん……、と愚痴りながら俺は上着を羽織り店を出た。


「さて、どうするか……」

 金も尽きた。

 宿も今週は泊まれない。

 

「クソ、カレン達の二万貰っとくんだった……」


 俺は仕方なく街中の河川の傍……草のベッドに寝ころんだ。


 以外と寝心地のいい草の感触に不安を覚える。


『割といい寝心地じゃないか?もうここに住めば良くないか?』

 そんな声を振り払おうと俺は頭を振り、夜空を眺める。


「なんでこんな事になっちまったのかなぁ……」


 こんな生活をする原因……少しクシャクシャになったステータス票を開き、月明りで眺める。

 

 職業【ヤクタターズ】

 スキル【選手交代】……交代します

 

 死のうかな、とふと思った。

 

 子供並みのステータスに謎なスキル。

 人生をやり直すにしても気力もわかない。自分の情けなさやパーティーメンバーに対する嫉妬。

 負の感情で溺れそうになる。

 そういう負の感情を持っている自分にも嫌気がさす。

 

『スキル【選手交代】……交代します』

 唯一残ったスキルを眺めながら、俺は苦情係との会話を思い出す。 

『ドッペルゲンガーが主人公と交代して成り代わり魂が消滅するという小説がここにありますが読みます?』


「使ったら死ぬ……?苦しまずに死ねるならいいじゃないか」

 酒の入った勢いで、死んでもいいや……と俺はスキルを呟いた。


「選手交代」


 スキルを発動した瞬間、俺の頭上の空間が歪み、歪んだ空間から光が差し込んだ。

 頭に輪をつけた二十代前半くらいの光り輝く美しい女性が空からゆっくりと俺の目の前に降りてきた。

 天使は俺の前に降りると、にこりと蕩けるような微笑みを浮かべる。


 天使……?お迎えか?

  

 よく見ると天使は『ウグイス嬢』と書かれている白い衣を身に着けていた。

 

 天使の周りにはラッパを持った六、七歳くらいのチビ天使が二人、

 そちらは『解説』と書かれた帽子をかぶっていた。

 

 パパパパッパパッパ パパパ、パパパ、パーパ

 チビ天使達のリズミカルなラッパの音が鳴り響く。


「お、おい……うるせえよ!」

 

 ウグイス嬢の天使はにこりと蕩けるような微笑みを浮かべ、『またまた、御冗談を』というような口を抑えて手首を倒す身振りをした。

 美人なだけにその動作もサマになっていて、少しイラっとした。

 

「オルタニート選手、追い込まれました」

「ええ、どうやらお金が無くなり自殺を考えているようですね」


 チビ天使達が俺を煽ってくる。

 

 なんなのこいつら、とウグイス嬢天使の方を見ると、ウグイス嬢天使は白い衣の内側からマイクを取り出した。


 透き通るような綺麗な声。天使の声があたりに響いた。 

 

「ヤクタターズ、選手の交代をお知らせします。オルタニート選手に変わりまして、【商売の神、マニー。商売の神、マニー】」

 そして先ほどの空間の歪みから、獣耳をした褐色の少女が飛び出てきた。

 

「交代やね?わっちにまかしとき!お金を稼げばええんやね?」

読んで頂きありがとうございました!

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