第四十七話
『こ、このくらいの位置でいいよね?』
そう言って、セルリアから数メートル離れた位置へと移動する。
『喉元まで数センチって所だったぞ、急にワープしたら違和感持たれないか?』
『いいんだよ、これ以上は寄らないからね』
そうアジュールが言うと世界が動き始める。
セルリアがナイフを振り、当たった時の抵抗がない事に目を見開く。
「消えた……!?」
そしてセルリアはナイフを持った右手をくるりとまわし逆手に持ちかえる。
右手は首を庇うように首元へ。
左手は新しいナイフをこちらも逆手に掴み内臓を庇うように身体の中心へと持っていき半身に構える。
リバースナイフグリップ・エッジアウト。
そしてアジュールの姿に気が付くとそちらへ向かって強めに地面を蹴り、走り出す。
『セルリアさんカッコイイ!でも怖ええええ!』
『格好いいとか他人事すぎな……って怖ッ!』
アジュールは焦って後ろに下がりながら魔法で火の球を浮かべた。
セルリアの通るであろう位置へと、怪我しない程度の火の球を配置していく。
「なんですって!?」
『おお、すげえ……』
威力の無い、脅しのような火の球だが、配置が絶妙だった。
セルリアがどう動くか解っているかのように、動きづらくなりそうな配置で重ねて火の球を置いていく。
特級魔法使いのシア並み、いやシア以上の精度に俺は感嘆の声を上げる。
セルリアは少し驚き足を止めたが、覚悟を決めたのか火の球を弾きながら近づいてくる。
『ひぃぃぃ!?』
そして後数歩という所まで近づくと、アジュールは両手を大きく上げる。
大技か、と目を見張る俺に流れるようなフォームでアジュールは……
「も、申し訳ありませんでしたあああああ!」
……土下座した。
それにセルリアが虚を突かれ、瞬きする。
「ぼくが悪うございましたああああ!」
泣きながら、涙をこぼしながら土下座を決めるアジュール。
「ふ、ふふ、フフフ。やめやめ、もう十分よ」
そう言って、ナイフを腰元のナイフホルスターに戻し、セルリアは笑いはじめた。
「シア。貴方がオルタさんを好きな理由は何となく解ったわ。貴方も私の娘ね……」
アジュールは土下座のポーズからピタリとも動かない。
「私もダメ人間だと解ってて結婚したんだもの。貴方に文句は言えないわ」
そう言って、セルリアは俺……土下座しているアジュールを座らせた。
「貴方は失踪した旦那にそっくりよ。思い出しちゃったわ」
『おい、蒸発エルフ……』
『オルタくんがいいたい事は解るよ。そうだよ、ぼくがそこのセルリアの夫だよ』
家庭の事情に俺を巻き込んだシア。
ろくに本人に確認もせずナイフを振るうセルリア。
『なんて言えばいいのか。大変だな……』
『家族を愛してるから大変だなんて思った事は無いよ』
そしてアジュールはセルリアとシアに目を向ける。
「シア、貴方が騙されている訳ではないというのは解りました」
「そ、そうじゃ、そうじゃろう……?」
残念ながらセルリアさんはシアに騙されているけどな。
「あんなに綺麗な土下座できる人は、お父さん以外に見た事が無いわ。きっと心も綺麗なはず」
「うむ、いつもの土下座より今日の土下座はレベルが高かったのう」
そうシアが嬉しそうにアジュールを見て言う。
シアの前で土下座なんてしていないぞ……いや、数える程しかしてないぞ。
割としているかもしれないが、本当にそんな土下座レベルを判定していたのかよ
「でも、困った事になったわね……お母さん絶対に嘘か騙されているだけだと思ってたのに……」
後で説明しろよ、とシアにアイコンタクトを送ると、シアは仕方なさそうに頷いた。
…… ……
俺はシアをその場に残して別れた。シアの説明待ちだ。
なぜかカレン達も一緒に俺の部屋へと付いてきた。
「本当にシアに手を出してないの?」
「出してないよ」
俺の方をじっと睨み、カレンはやけにシアに手を出したという所に拘り詰問を続けてくる。
「本当に出してないの?」
「出してないよ……」
「からの?」
「出してないってば!」
エレノアは俺の部屋にある娯楽本を読みシノブは何故かスクワットをしている。
「か~ら~の?」
カレンのうざい詰問を躱しながら、
『オルタくんも大変だねえ』
『変わってくれよ!選手交代しただろ!』
『いやだよ、ぼくの呼び出しは、セルリアとシアの問題だけだからね』
アジュールは何故か残ったままだった。選手交代しているはずなのだが、アジュールの魔法で
俺の方へと押し付けられている。
攻撃を躱したりする時に何もない空間に囮を作り操作する事ができる魔法がある。
そのデコイの座標を俺の位置にピッタリ合わせ、俺の言葉をアジュール経由で伝えているのだ。
『そんな魔法使うよりも、こいつらを相手にする方が楽だろ』
『嫌だよ。嫁や娘ならまだしも、娘の友達なんてきまずいじゃないか』
使えない選手だった。
カレン達を相手する事一時間。シアが俺の部屋へとやって来た。
『やっときたか、アジュール後は頼む』
「うむ……今日はすまんかったのう」
やや憔悴した表情のシアは、
「すまん、オルタにお願いがあるのじゃが……本当に儂と結婚してくれんかのう?」
そう言って結婚届を出した。




