第四十二話
昔からどこの国でも、権力者は宗教を恐れてきた。
聖戦とうたえば命を投げ出すような狂信者をイメージしがちだが、実際はそんな狂信者が居なくても宗教は強い。
神様は心の拠り所である。
神様に祈りを捧げる事で、辛い生活を試練として受け止める事ができる。
娯楽も教育も無い民は宗教画を見て、聖書を読み、日々の糧に感謝する。
神様を信じていないという人でも、この神様を踏めと言われれば躊躇うだろう。
正しい姿を見せ続け、正しい教えを説く。
虐げもせず、寄付を迫ったりもせず民の為に動き続けた教会。それも大陸で一番の信者を抱える教団だ。
王族ですらも下手に刺激する事を躊躇う教会を相手に、素行があまり良くない庶民、それも恨みを買いやすい金貸しが教会を侮辱したとなれば……。
そう耳打ちするように伝えるスキャムに、ダースは首を振る。
『スキャムは話が上手いよな……。普通に考えると、後日謝罪を入れれば終わりそうな問題なのに』
『人は想像すると色々なパターンを考える。ありえない最悪を考える物なのだ』
『なぜだ?』
『最善を考えて動くと、最善を計算に組み込み損切りできなくなる。最悪を考えて動くと心構えができ、最悪にならなかった時に安心して損切りできる』
出かける時に、お金を使う事が無いと解っていても、余分にお金を持って出かける。
ほぼ必要無いが、お気に入りの商品が販売停止になる事を恐れて予備を買っておく。
絶対遅刻できない場合、移動するのはギリギリではなく、やや早めに出かける。
普通にやっている事だが、それは経験として、そっちの方が結果的に良いからだ。
『観察』スキル持ちのスキャムはダースの焦りを煽るように、思考を誘導していく。
「待ってくれ、本当にそんなつもりは無かったんだ」
スキャムは時計を見て、フムと頷いた。
「ダースさんの言う事も解る。お金を貸したのだ、回収できるか不安になっても不思議はない」
「そ、そうだろう……?」
「私がエレノアに伝えてもいい。教会に口添えを頼む、と」
教会の聖女、エレノアと、元パーティーメンバーのオルタ。
「ほ、本当か……?」
そこで、スキャムはしかし……と首を振った。
「何か反省したというアピールが必要だろう。例えば、元々の原因になったリルイの借金だが。利率をだな……」
『解決の糸口が見つかると藁にもすがる気持ちになるものだ』
借金総額の確認をした所、リルイの借金は三千万イエン、連帯保証人がカガリ。
五千万イエンは書類も作っておらず、口裏を合わせただけである事を確認した。
『口裏を合わせていた事を解っていたんじゃないのか?』
『金額はきっちりさせておかないといけない。時間が経つと五千万イエンの借金は別口であったと言いだされても困るだろう』
借金、三千万イエンの利息を週三万イエンとした。
カガリの給与所得が、週に六万五千イエン。リルイの給与所得が週に八万イエン。
このうちカガリからの三万イエンを利子分の返済に充て、リルイからの四万イエンと、カガリの三万イエンを借金原資の減額とする事になった。
年間返済額は、原資減額分の七万イエン×四週。月二十八万イエン、年間に直すと三百三十六万イエン。
この形で払い続けると九年間で三千二十四万イエン。八年と少しで原資は完済となる。
ダースはカガリからの利子分を考えれば、九年で千三百万イエン近く。年間百三十万イエンの利子を得られる。
「ここらが落としどころではないかな?」
利子としての収入は減ったが、余裕を持って返せそうな計画にダースは満足そうに、それでいいと言った。
偽装により、リルイが働けるようになったのだ。
リルイ達は週四万五千イエン。教会であれば出ていくお金はほとんど無い。
こうして、リルイの借金問題は無くなり、解決した。
…… ……
後日、俺はリルイに呼ばれ酒場へと向かった。
「オルタさん、ありがとうございます。なんとお礼を言ったらいいか」
「本当にありがとうございます、オルタさん」
「なあに、礼を言われる程の事でもない。私はやるべき事をやっただけだ」
まだ俺は選手……スキャムのままだった。
まだスキャムには最後の仕上げが残っているのだから。
あの時言ったスキャムの言葉だ。
『自業自得だとも言えるが、オルタは彼らを救いたいか?』
そうスキャムの問いかけられ、俺は答えた。
『同感だ。私は詐欺師の神様だ。詐欺師を食い物にしようとする奴は嫌いだ。だが……』
そしてスキャムは口を歪めて笑った。
『詐欺師ジョブを受けているのに食い物にされる未熟な詐欺師はもっと嫌いだ』
「君達の話なのだが。教会の次の鑑定はいつかね?」
教会に勤めている人は定期的に鑑定を行う。
そこで犯罪ジョブに変わって居た場合は教会を追い出される事になる。
カガリも奉仕期間ではなく、給料を受け取る立場。教会勤めになるので二人とも鑑定を受ける事になる。
「三ヵ月に一度ですね。毎年受けますが、オルタさんのジョブのおかげで大丈夫そうです」
そういうリルイに、スキャムは首を振った。
「悪いな、実は偽装スキルは、一日しか持たないんだ」
そしてスキャムはにたりと笑った。
想像してみろ。もしもリルイかカガリが教会を追い出されたらどうなると思う?
週に十三万五千イエンの支払いが滞れば、借金を減額してまでいたダースはどう動くと思う?
偽装スキルが無ければ、君達は詐欺師だ。
週十三万五千イエンという額を稼げる次の仕事は見つかるかな?
想像してみろという言葉で最悪を想像し、不安になっていく。
スキャムの一言一言が、リルイとカガリの不安を煽る。
「週にカガリの五千イエンとリルイの四万イエン。月に十八万イエンだから三ヵ月で五十四万イエンが手元に残るはずだな?」
よしとスキャムは計算した後で、こう言った。
「偽装は中々疲れるからな。一人二十六万イエンで偽装を受け付けよう。二人で五十二万イエンだ。二万円は残してやる」
「そ、そんな……」
支払わなければ教会を追い出される。
教会を追い出されれば、最初の通りダースは教会と全く関係がなくなった二人を売り飛ばすだろう。
もうリルイとカガリは俺に……スキャムに逆らえない。
少なくともダースの借金が消える九年の間は、ずっと支払いをし続けるしかないのだ。
「ああ、そう言えばダースの返済に百六十万イエンの記録は無かったな。百六十万イエンは残っているんだろう?」
リルイとカガリは気まずそうに顔を見合わせた。
「使ってしまったか?まあいい。そちらの利息はダースと同じ年間五パーセントでいいぞ。偽装したい日にまとめて払ってくれ」
年間五パーセント。年に八万イエン、月に直すと六千七百イエン弱だ。だが、
「三ヵ月で二万百イエン。合わせて五十四万とんで一イエンだな。一イエンくらいはどうとでもなるだろう?」
三ヵ月働いて、手元に残るお金は無く、一イエンの不足が出る。
スキャムはニヤリと笑うと、俺に目配せをする。
『満足かね?』
『詐欺師の神様……スキャム。ありがとな』
『何かあったら、また私を呼ぶといい。またな』
スキャムはそう言うと、消えていく。
【選手交代スキルに、詐欺師の神様 スキャムが追加されました。名指しで交代する事が可能になりました】
【交代した事がある選手から、スキルを借りる事ができるようになりました】
俺は二人を残したまま、席を立つ。
酒場を出ようとした所で、俺は一つ思い出し二人の元へと戻った。
「ああ、そうそう。結婚おめでとう。結婚祝いだ、ここの代金は俺の奢りにしといてやるよ」
カガリのやや元気の無い罵倒を背中に浴びながら、俺は酒場を出た。
80万/12 66667(端数切り上げ)
66667*3=20001
金額計算間違えて投下していたのは秘密☆
これでリルイ編はおしまいです。次話から新しいストーリーになります。




