第13話 閑話
獣人の少女は産まれてからずっと満腹になったことがなかった。
「貴方は女の子だから」
同じ年に産まれた兄の方が乳も優遇された。
家は貧しく、母親の乳はあまり出なかった。
まず兄がお腹いっぱいになるまで乳を与えられ、次に私に与えられた。時には全く出ない事もあったが、私は泣きもせず、お腹いっぱいになったような表情を作り乳房から離れた。
獣人の男の子は女の子に比べてやや身体が大きく力がある。
家の仕事を手伝わせるのは、男の子の方が都合が良かった。
獣人の価値観としては、男の子の方が大事にされた。
扱いが悪いのは仕方ない
家がいのいよ食べる物に困った場合は子供から売られる。
売るなら女の子から売られる。
女の子は男の子に比べて大人しく、人間よりも力は強いとはいえ子供であれば複数の武装した人間であれば負けることはない。
力も人間の男性並みにあるため、人間であれば男がやるような重労働をさせられる。
みばえが良ければ、それに加えて女性としても求められる。
獣人の少女は売られないように、幼少から自分が食べる分を減らし生きるギリギリの食料を舐めるように食べていた。
できる限りエネルギーを使わないように動きを緩やかにつとめ、動く必要がなければ極力動かない。
じっとあたりの様子や人の様子を伺いながらじっと生きてきた。
帰ってきた父母には自分に与えられた水を手渡した。
食べられる虫を捕まえれば、それをそっと差し出した。
あまり食べものを必要としません。
水もあまり飲みません。
だから私を置いてください。
不愉快にならないように、いつも笑顔をはりつけていた少女は、そうしながら毎日を生きていた。
日に当たらない肌は白く
食べ物を食べず体躯は細く小さく
獣人の他の少女達と比べて小柄な彼女は他の少女達と比べて肉付きが悪かった。
「旦那!この子はとっておきの子だ、冬支度のために金がいる。できれば高く買って欲しい」
少女の父親が卑屈な笑みを商人に向けた。
商人は私を舐め回すような眼で見たあと、お金ではなく食べかけのパンを一つ差し出した。
「身体が白いな。それに細い。肉付きも悪い。整った顔立ちをしてはいるが、この子は病気だろう?このパンと交換なら持っていってやらんこともない。食い扶持が減るだけでもお前にとっては得だろう?」
結果的に私は売られなかった。
「売ればよかったのに、そうすればこの子にパンを食べさせてあげられたのに」
「そう言うな。この子はあまり食べものを食べない。成長は遅いが顔立ちは整っているのだから成長して肉付きが良くなれば、他部族の嫁として高く売れるだろう」
数年経ち、少女は十六歳になった。ついに成人を迎えたのだ。
少女の父親は娘をいろいろな部族の長に娶るよう連れ歩いた。
「まだ子供だろう」
「十六歳だって?嘘をつけ。本当なら病でも持っているのではないのか?」
「祟られているのではないか?」
生きるられるギリギリの食料しか食べなかった少女は欠陥品だと噂がたっていた。実際に栄養も足りておらず、子供を産める身体でも無かった。
「呪われた子だ、捨てたほうがいい」
そう村の長老に言われた父は少女を恵みの少ない森に捨てた。
少女は虫をとり、草を食べ、命をつなぐ。
生きるのは以前よりも楽だった。もう父や兄に食べ物を差し出さなくても良いのだから。
虫を取り食べる。
草を取り食べる。
体力を取り戻し、歩き回り小さな獣を狩れるくらいになる頃には、小柄な体躯は大きくならなかったが日に焼け肌は健康的な褐色になっていた。
ひたすら清貧に勤め、食べ物を他人に分け与え、生きられるギリギリの食生活。
苦行、善行を行い続けた少女は、神様から三つのスキルを与えられていた。
アイテムボックス、テレポート、素材の自動収集だ。
アイテムボックスは、体力が無い少女が少ない森の恵みを楽に持ち運べるように。
テレポートは、体力の無い少女が移動して森の恵みを集めやすいように。
素材の自動収集は、狩った獲物を無駄なく食べられるように。
恵みの少ない森にある恵みの一つ、角ウサギは素早い。
うまく仕留めないと死にかけでも巣に逃げ帰って息絶える。
一瞬で命を狩り取れる刃物でもあれば別だが、獣人の爪程度なら逃げて巣に入ってしまう。
滅多に狩れるものではないため、恵みの少ない森と言われていたのだが、少女の素材の自動収集はそんな事などお構いなしに攻撃すれば数分後にはアイテムボックスに肉と角が入っていた。
1年生活した頃には、少女のアイテムボックスにはうさぎの角とうさぎの肉が『売るほど』溜まっていた。
ある日、少女は人間の男が森でウサギを狩っているのを見かけた。
その男はなかなかウサギを狩る事ができず苦労しているようだった。お昼時になると、男は懐からパンを取り出して齧っていた。前に少女を売るときに交換だったパンよりもずっと上等のパンで、少女の方まで小麦のいい匂いが届いているようだった。
食べたい、と少女はそっと人間の男に近づいた。
「誰や!ん、子供?獣人の子供か。何の用や?」
「あの、お兄さん。ウサギを狩ろうとしてたでしょ?いくつかあげるからパンを恵んでくれませんか?」
そう言って少女はうさぎの角と肉をいくつか取り出す。
「おお?状態エエやないの。肉と角、売ってくれるんか?」
「売る?パン、これで恵んで貰える?」
「あんな、嬢ちゃん。恵むっちゅうのは対価無しや。嬢ちゃんはウサギと交換しようとしとるやろ?それは売るっちゅうんや。そして貰えるか?やない、買えるかって聞くんや。よし、買うたるで!」
そして男は三個のパンと金属の塊をいくらか出した。
「パン、三つも!」
少しの角と肉が少女三人分のパンになってきた。
「金属の塊?」
「それはお金っちゅうんや。それで1000イエンやから、街に行ったらこのパンやと十個分やね」
「十個!?」
まさかの自分十三人分の値段に少女は震え、アイテムボックスにしまった。
「ちょいまち!それ、スキルのアイテムボックスか?」
商人の目が子供を見る目からイエンマークに変わる。
「嬢ちゃん、あんたついとるで!天才商人のワシがそのパンいっぱい食える方法を教えたる!さぁ、いこか!」
「え、な、なにお兄さん……」
「ちゃうで、商人は商人の言葉遣いせんと舐められるで。なんやの、ニーチャン、や。言うてみ?」
「な、なんやのニーチャン」
そして商人は獣人の少女を連れ帰る。
「名前なんていうの?」
「……マニー」
「そか、ワシがマニーを商人として育てたる!まずはワシの荷物運びからや!」
その後、数年でアイテムボックスとテレポートを持つ獣人の少女は商人達から神様と呼ばれる程の商人になるのであった。
最初の交代選手なのでここで一つ閑話を挟みます。一休み、な気分で読んでもらえると嬉しいです




