第十二話
その気になれば、ギルドを潰す程の損害を与える事も出来た。
五千八百七十二本の角を売り、全てを割安で買い戻すという事もできたはずだった。
ギルドマスターは諦めたように、受付嬢に払ってやれと伝えた。
『天罰はな、痛い目にはあうけど心を入れ替えてやり直せる程度、そういうもんやで』
一千万近い額は大きいがギルドにとっては致命的な額ではない。
カレン達のパーティーが稼ぐ額が週に二百万。
ギルドが得る額がその二十パーセントの四十万。
経費を引いてカレン達だけでも月に百五十万くらいの収益があるのだから。
カレン達が一年活動すれば、一千万くらいの額はカレン達だけで稼げる額なのだ。
ギルドからの一千万円近い支払いは銀行へ振り込まれた。
俺とマニーは振り込まれた額を確認して、マニーは俺に口座を渡した。
『9,785,000イエンか。こんな額、週に五十万イエン貰ってた賢者時代でも見た事ないぞ』
『金が入るもんは貯金が少ない場合がよくあるんやで?お金を稼ぐ事の辛さを知っとるもんの方がため込んでたりするんや』
マニーとハイタッチして、少しばかりの金をおろし一緒に少し豪華な食事をして。
日が暮れた頃、マニーは俺に向かって真面目な顔になり、俺に向かって言った。
『そろそろお別れやね。今日まで稼げるだけ稼いだったで!』
マニーは名残惜しそうに俺の顔をじっと見つめた。
『ああ、さすが商売の神様だったな。ありがとう』
ひねた口調ではなく、素直に礼を言う俺にやや身じろぎをした。
『何かあったら、またわっちを呼びや!いつでも交代したるで』
獣耳がふるふると震わせたあと、少しずつ薄くなっていく。
そしてそっと俺の身体に重なり、マニーがゆっくりと消える。
消える直前、薄れていくマニーの声が聞こえた。
『楽しかったで』
【選手交代スキルに、商売の神マニーが追加されました。名指しで交代する事が可能になりました】
…… ……
翌日、朝早く冒険者ギルドに顔を出すとギルドマスターがカウンター奥に居た。
「よお、マスター。いい仕事ねえか?」
「何しに来た、お前は除名しているはずだ……」
俺の顔を見て不機嫌そうにギルドマスターが舌打ちする。
「え?ああ、そういえば除名されてたっけ。あちゃー、もう少し眠っとけば良かったかな」
毎日の習慣のように冒険者ギルドに顔を出していたため、身体が勝手に冒険者ギルドに向かっていた。
習慣というのは恐ろしいものだ。
俺はそっと冒険者ギルドの椅子に座る。
「顔も見たくねえと言ったはずだが?」
「ギルドに入るのは自由だろ?なんで絡んでくるんだよ。俺は一般人なんですけど?」
二度目の舌打ちをした後、ギルドマスターは俺の前に座った。
いや、なんで俺の目の前に座るんだよ。
「おい、お前冒険者ギルドへ登録しないのか?」
唐突にギルドマスターからそんな事を言われた。
「テレポートは冒険者の移動時間を減らす事ができるし、危険があった時に逃げる事もできるだろう」
テレポートがあれば、確かにそうだろう。
「アイテムボックスがあれば、場所を取る素材や重量のある素材も運べる。素材収集効率が段違いになるだろう」
アイテムボックスがあれば、確かにそうだろう。
「素材取得があれば、わざわざ時間をかけて素材を取る作業が無くなる。荒い戦い方をする冒険者でも素材を傷めず取れるだろう」
素材取得があれば、確かにそうだろう。
「お前のステータスが以前のまま、子供より低いままだとしても。それらのスキルがあればどこのパーティーでも重宝されただろう」
それらのスキルがあれば、確かにそうだろう。
「冒険者に向いたスキルをそれだけ持っているんだ。再登録を認めてやってもいい。さすがレア職業だな。切り捨てる判断が速かったと後悔している」
そして俺は首を振った。
「残念だがあれ特定条件下でしか使えないスキルだからもう使えないぞ?戻ってくれって言うなら冒険者に戻ってもいいがな」
「……何だと?」
マニーを呼べば使えるが、今の俺は選手に交代して貰うだけの最弱スキルしかない。
最弱ステータスの最弱スキルだ。
「やっぱりお前の顔は見たくない。気分が悪くなるだけだった」
そう言ってギルドマスターが席を立つ。
「あ、ギルドマスター。一つだけ訂正をしてくれ、さっきのスキルは冒険者向きのスキルじゃないぞ」
「……どういう意味だ?」
そして俺は、獣耳少女な神様の顔を思い出す。
「商売に優位なスキルだ。商売人向けのスキルなんだよ」
ギルドマスターはフンと鼻を鳴らしカウンターの奥へと戻っていく。
「あ、オルタじゃない。昨日あんだけやらかしてよく顔を出せるわね」
カレンが冒険者ギルドで俺を見つけて寄ってくる。
「うむむ、こやつイカれとるのぅ……ワシならもう二度と冒険者ギルドに入れないと思うとこじゃが……」
「おいおい、冒険者ギルドは除名されたがギルドに入るのは自由だぜ?」
そしてシアの水色の髪に枝毛を見つけて、俺はちぎれないように裂いていく。
「ず、図太い……ね」
「おいおいシノブ、いつ俺の風呂を覗いたんだ?それはセクハラだぞ?」
「き、気持ち悪い……」
シノブがそっと離れていく。
「ヤクタターズがいい職業である事は解りましたわ。テレポートやアイテムボックス。サポートスキルや特殊スキルの職業だったんですわね」
そして、カレンはそっぽを向いて、言った。
「も、戻りたいなら……もう一回パーティーに戻ってきてもいいわよ?使い道を考えろって言ってたじゃない」
「え、マジで?養ってくれるの?」
そしてギルドマスターが声を張り上げる。
「そいつは一般人だ。護衛依頼以外ではパーティーを組む事は認められんぞ。スキルは自由に使えないらしいしな」
その声を聞いて俺はギルドを出る。
「さて、何をするかな……」
仕事を探して、依頼を受けて、依頼達成へ向けて動く。
今までの習慣が一切不要になった今、
「四千イエンを酒場に返して……仕事を探すのは明日からにするか」
そして俺は大きくあくびをして、鼻歌を歌いながら銀行へと向かった。
まだ続きます!




