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<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

婚約破棄された令嬢は、復讐を祈って、その駅に身を捧げる

作者: 木村 真理

【注意】このお話は、マイルド化されてはいますが、残虐な描写や性的な描写、主人公がひどいめにあう描写があります。15歳未満の方や、少しでも嫌な予感がした方は全力で逃げてください。


なんちゃってヴィクトリアンな世界です。

「ここが、アンノーン駅……」


帝都からしばらく行ったところにある小さな駅に降り、フリーダは感慨深くつぶやいた。

その駅は、どこにでもあるような田舎の駅だ。

そっけないプラットフォームと屋根、木製のベンチがあるだけ。

駅にいる人影も、農夫らしい男性がひとりと、車掌だけ。

周囲に見えるのは、広々とした牧草地帯と、ささやかな商店だけ。

そんな、ほんとうにどこにでもある田舎の小さな駅だった。


けれど、ここがあの駅なのだ。

ようやく、ここに着いたのだ。


フリーダの胸に、久方ぶりの安堵と、達成感が沸き上がった。


「これで、ようやく。あの人たちに復讐ができる……!」


フリーダは、数日前にふりかかった悪夢のようなできごとをふりかえった。





フリーダは、とある田舎都市に大きな土地を持つ地主の娘だった。

仲の良い両親と、ふたつ年下の生意気な妹のアイーダ。

四人は、とびきり仲がいい家族というわけではないが、それなりに仲の良い家族だった。

土地からの収益もそこそこ多く、ジェントリー階級として悠々と暮らしていた。


家族の唯一の心配事は、跡継ぎの男の子がいないことだった。

女性に相続権が認められていないこの国では、いつか親戚から養子をもらうか、フリーダかアイーダが彼らを婿にするかしなければ、財産はすべて国に没収される。


父は養子をとることには否定的で、長女であるフリーダに婿をとらせようと考えていた。

フリーダが幼いころから、父はこの家の歴史や、土地の管理について教えた。

形式的に財産を受け継ぐのはフリーダの夫になる人物かもしれないが、この家を守り受け継ぐのはフリーダなのだからと。


「まぁ、でも、フリーダもまだ18歳だ。女学校から戻ったばかりだし、相手についてはゆっくり考えよう」


そんなことを言っていた矢先、父と母は暴走した馬車にはねられた。

母は、即死だった。


不幸中の幸いというものがあるとすれば、父はその時は一命をとどめた。

けれど、医者はもって数か月の命だろうと言う。


フリーダは、母の死や、父の不幸を嘆くばかりではいられなかった。

父の命があるうちに、フリーダが婿を迎えなければ、フリーダも、アイーダも、ひとつの財産を持ち出すことも許されず、この住み慣れた家を出て行かなければならない。

父がフリーダに受け継がせようとした家の歴史は、名もはっきりとしない遠縁の誰かが財産を受け継げば、なくなってしまうだろう。


もはや、ゆっくりと婿を選別している場合ではなかった。

父は、親族のうち、独身でフリーダと年ごろの合う男性を調べたリストを作っていた。

父は、ほとんど意識が混濁していたが、奇跡的に意識を取り戻したとき、そのリストの在りかをフリーダに教えた。


リストを見つけたフリーダは、その中で唯一印がついていた男性、カスロールに連絡をとった。

カスロールは、話を聞くやいなや、フリーダの家へ駆けつけてくれた。




初めてカスロールと対面したとき、フリーダの心にはぽっと明るい光が宿った。

カスロールはハチミツ色の髪をした都会風のジェントルで、身のこなしもいかにも洒落て見えた。

家の相続のためにフリーダと結婚し、婿に入ってほしいとカスロールに告げると、カスロールは蜜のしたたるような甘い笑顔を浮かべて言った。


「君のような素敵なレディと結婚できるなら、喜んで」


その瞬間、フリーダは確かに幸せだったのだ。

けれど不穏は、その時すでに忍び寄っていた。

フリーダが、気づいていなかっただけで。


フリーダにとって困ったことに、カスロールはスキンシップが激しい人だった。

父の看病をしながら結婚の準備をするために、カスロールはフリーダたちの家に一緒に住んでいたのだが、ふたりきりになるとすぐにフリーダに触れてきた。

肩や手ならば、婚約者なんだからと、フリーダも飲み込めた。

けれど彼は胸や腰にまで手を触れ、あるときなどソファでくつろぐフリーダを抑え込み、無理やり服の中にまで手を入れようとした。


当然フリーダは烈火のごとく怒った。

たとえ婚約者とはいえ、まっとうな娘なら、結婚するまで男性に身を許すなどありえない。

怒りながらも涙を流してそう訴えると、カスロールは「そんなに怒らなくても。どうせもうすぐ結婚するのに」と苦笑した。


フリーダは、カスロールの人格に、不安を覚えた。

けれど今さら、別の男性を探す余裕などなかった。


若い男性なのだから、うわついたところがあるだけだ。

結婚すれば、彼も変わるはず……。


嫌な予感を感じれば感じるほど、フリーダはそれに目をそらし、もはや言葉を語ることもなくなった父の手を握りしめた。





そして、あの嵐の夜がきたのだ。

その日は、ひどい夜だった。

すさまじい風と雨が屋敷を襲い、使用人たちはそちらにかかりきりだった。


早々に自室にこもっていたフリーダのところへ、カスロールが訪ねてきた。


「もう夜着なの。明日にしてちょうだい」


フリーダはガウンを羽織り、扉を少し開けて、言った。

そして扉を閉めようとしたとき、カスロールが部屋に押し入ってきた。




その後のことは、悪夢のようだった。

カスロールは恐怖に震えるフリーダを、無理やり暴いた。

身を固くし、震え、涙を流すフリーダを使用し、身勝手に欲望をはらし、何事もなかったように部屋を出て行った。


フリーダは、恐怖とショックで数日部屋にこもりきりだった。

あのけだもののような男……。

フリーダの意思も人格もまったく顧みず、懇願にも涙にも心を動かすことなく、フリーダを使い捨ての道具のように、ただ弄んだ男。

あんな男と、自分は結婚しなければならないのか?

あのような暴虐を、この先受け入れていかねばならないのか?


フリーダは泣き、神に祈った。

けれどいくら考えても、祈っても、結論は変わらなかった。


フリーダは、耐えねばならないと思った。

あのけだものと結婚せねばならないのだと思った。

そうしなければ、フリーダだけでなく、守るべき妹のアイーダも、なんの財産もなく追い出されてしまうのだから。


そして、フリーダは自分の幸福を諦め、けだもののいいなりになった。

けだものはフリーダが嫌がっていることを知っていながら、より嫌がるような真似に出た。

それでも、フリーダは耐えた。

家族のために、そう信じて。




けれど、そんなフリーダの気持ちはあっさりと裏切られた。

もうすぐ結婚の準備が整う、そんなある日。

カスロールとアイーダが、そろってフリーダのいる書斎を訪れた。


「フリーダ。悪いけど、君との婚約は、破棄するよ。俺は、アイーダと結婚することにした」


カスロールは、さわやかな笑みを浮かべて言った。

アイーダは、その隣で、照れくさそうに笑った。


「ごめんなさい、お姉さま。カスロール様はお姉さまの婚約者だけど、私のほうが好きなんですって。だから、ね。私がカスロール様と結婚して、この家を継ぐわ。お姉さまは、修道院に行くといいわ。支度金は出してあげるから、心配しないでね」


「……なにを、言っているの?」


幸せそうに微笑むアイーダが、フリーダには信じられなかった。

ふたりは、そう仲の良い姉妹というわけではなかったが、仲が悪かったわけでもない。

幼いころは時折ケンカし、仲直りし、ともに学び、ともに遊んだ。

母の葬儀の日は、ふたり寄り添って支え合い、一晩中なき明かした。

ふたりきりの姉妹なのだ。

フリーダがカスロールの行為に耐えてきたのも、アイーダのためでもあったのに……。


「どういうことなの?カスロール」


「だって仕方ないだろ。君は真面目ぶって口うるさいし、人生に楽しみを感じてない。昼も夜もね。その点アイーダは、いつも笑顔で、積極的で、楽しむってことを知ってる。外見も、咲き始めのバラみたいにかわいいしね。どっちを選ぶかっていえば、誰だってアイーダを選ぶよ」


フリーダは、羞恥に震えた。

知られた、と思ったのだ。

結婚前に、ふしだらなことをしていたことを。

妹のアイーダに。


けれど、アイーダは、そんなフリーダを見て、気の毒そうに言った。


「お姉さまってば、寝台の上でもいつも固くなるばかりだったんですって?そんなだから捨てられるのよ」


「君みたいな真面目な女も悪くはなかったよ。無理やりっぽいのもね。でも、ともに生きるなら、ともに楽しめる女性じゃないとね。まぁ、俺は、君にもこの屋敷に残ってもらって、ずっと一緒に暮らしてもいいって言ったんだけど」


「お断りよ!」


あまりのことに、フリーダは状況をすべて理解することができなかった。

けれどもカスロールの発言は、瞬時に拒絶した。


「お姉さまったら。レディが怒鳴るなんて、はしたないわ。それに、私も、正式な妻は私ひとりとはいえ、お姉さまとカスロール様を共有するなんて、嫌だから。だから、ね。さっきも言ったとおり、修道院に行ってちょうだい?それとも、どこかへ嫁ぐ?純潔じゃないレディをもらってくれる男性がいればの話だけど」


「あなたたちは、正気なの?本気で、そんなひどいことを言っているの?」


フリーダは、まだ信じられなかった。

カスロールがひどい男だというのは、このところ毎日のように思い知らされてきた。


けれど、アイーダが。


血を分けた妹で、これまでごく普通の姉妹として育ったアイーダが、フリーダの身に起こったことを知っていて、そんなひどいことを言うのが信じられなかった。


けれど、アイーダは、怒りと羞恥に震えるフリーダを冷たい目で見て言った。


「ずっとこの家はお姉さまが継ぐんだって、言われてきたわね。住み慣れた家、愛してくれる両親との暮らし、たくさんの地代はいつかお姉さまのものになるはずだった。私はどこか知らない家へ嫁ぎ、そこの両親に気を使って生きていかなくちゃいけないってことよね。持参金だってそんなにないし、知り合いだって少ないから、うちより裕福な家に嫁げる可能性もひくいのに。……そんなの理不尽だって、ずっと思ってたの。たった2年、お姉さまより生まれるのが遅かっただけで、私はなにも得られないなんて、不公平だって」


「アイーダ…、私は、あなたのことはちゃんと守っていくつもりだったのよ……!」


フリーダは、叫んだ。

怒りなのか、悲しみなのかはわからない。

ただ胸がつぶれるように痛かった。


アイーダは、そんなフリーダの魂の叫びにも心を痛めることはなかった。


「カスロール様との話を聞いて、チャンスだと思ったわ。今なら、お姉さまを後押しして守っていたお父様も動けない。お母様もいない。所詮女のお姉さまでは、決定権なんてない」


アイーダは、フリーダを傲然とにらみつけて笑った。


「私の勝ちよ、お姉さま。この家も、財産も、旦那様も、私のもの。お父様が亡くなったらすぐこの家を出てもらうから、今から荷物をまとめておいてね」






フリーダは、その晩、貯めていたお金をかき集めた。

混乱と衝撃が退いてくるにつれて、怒りと憎しみが募った。

そして、思い出したのだ。

寄宿学校で、ある夜、友人たちがひっそりと語っていた「怪談」を。


帝都からそう遠くない「アンノーン」という田舎の小さな駅。

そこは特に特徴のない田舎の駅だというのに、婚約破棄された令嬢が何度も自殺しているという。


不思議なのは、それだけではない。

そこの駅で令嬢が自殺する原因となった婚約破棄した男や、相手の女たちは、その後すぐに破滅しているという。


だから、と、その時友人は言っていた。


「どうしても、どうしても、許せないようなことが未来に起こった時、私ならあの駅に飛び込むわ。非力な女の身で、できる復讐なんて限られている。だったら、その呪いにかけてみようと思うの」


あの時、フリーダは友達に「不吉なことを」と笑った。

「いくら辛いことがあっても、自殺なんて神の教えに背くわ」と、知ったような顔で諭した。


けれど、今。

フリーダは、嫁ぐ前に身を汚し、それを相手の男と妹に知られている。

彼らの倫理観はフリーダとは決定的に違い、面白がって誰かにそれを吹聴しかねない。

もはや、まともなところへ嫁ぐどころか、修道院へ入ってすら、社会の好奇の目から逃れることはできないだろう。


なにより、そのような汚辱のなかで生きていけるほど、フリーダは強くない。


フリーダは荷物をまとめた。

住み慣れた我が家は、もう、悪魔の巣窟に成り果てていた。

唯一の気がかりは、父のことだった。


フリーダは家を出る前、最後にひとめと、父の顔を見に行った。

寝台に横たわる父は、すでに目を開けることなく、ただ死を迎えるための数刻を食んでいるようだった。

けれどフリーダがその手を握りしめたとき、その目がかすかに動いたような気がした。


「さようなら、お父様。フリーダは、親不孝をいたします」





そして、フリーダはこの駅にいる。

数日かけて、この駅を探しだしたのだ。


いつのまにか、ホームには人影がなくなっていた。

日はまだ高く、太陽は煌々と地を照らしていた。

けれど、フリーダは、ここに闇があることを感じた。


仲間が、いる。


まっとうに生きてきたのに、強欲な人間の残虐な振る舞いで、人生を摘み取られた仲間の気配が、ホームのそこかしこからした。

通常の人間なら気づかないか恐れるだろうその気配を、フリーダは親しみを持って迎え入れた。


蒸気機関車が、来た。


フリーダは、笑って、線路へ躍り出た。


遠くから、車掌があわてて走ってくる。

けれど、機関車はとまらない。

フリーダという、自らの選択で、この駅に身を捧げた乙女の命を砕くまで……。


若い乙女が機関車にひき殺されるのを目撃した車掌が、甲高い悲鳴をあげた。

駅に漂っていた少女たちは、くすくす笑いながら、その気配を消した。


また、仲間が増えた。


さぁ、彼女の願いをかなえよう……。






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「ゴールドナクス家の土地は、遠縁の方が相続されたようよ。30代半ばの、落ち着いたご夫婦なんですって。なんでも、弁護士をされていたそうよ」


「昨日、教会で少しお話をさせていただきましたの。とても感じの良い方でしたわ。奥様は、女学校を卒業なさっているんですって。働いて生活していた方には、とても見えませんでしたから、今度お茶会を開こうと思っているです。あなたたちにも、招待状をお送りしてもよろしいかしら」


「もちろんよ。どんな方かお会いして、お付き合いするのか見極めなくちゃいけませんもの。……ゴールドナクス家のアイーダ様みたいな方だったら、大変ですものね」


「ほんとうですわ。まさか代々この土地の名士として尊敬されていたゴールドナクス家のお嬢様が、姉の婚約者と婚前に関係を持つなんて。牛や、馬じゃあるまいし。とても顔を見知った方のされたこととは思えませんでしたもの」


「恐ろしい話ですわよね。ご両親を亡くされて、家を守るために手を尽くしていらしたフリーダ様が、それを知って線路に飛び込まれたのも無理ない話ですわ。たったひとり残された身内が、恥知らずの悪女だったなんて」


「婚約者の方も、ねぇ。結婚の準備のために屋敷に泊まり込んでいるときに、婚約者の妹に手を出すなんて。恥知らずにもほどがありますわ。……でも、あまり悪口を言うのもよくありませんわよね。おふたりも、もうお亡くなりになったんですもの」


「そうですね。それも、あんな恐ろしい……。犯人も、まだ見つかっていないんでしょう?」


「捕まりっこないですわよ。どうせ犯人は、アイーダ様となんのつながりもない、暴走した若者に決まっていますもの。ふたりの死体の上に『天罰』と書いた紙をまき散らしていたんですって。それも筆跡は様々で、何人もが彼らの『制裁』に加わっていたとか。二人の死体は、切り付けられた跡や、殴られた跡でいっぱいだったそうよ。最後には、生きたまま火に焼かれたとか……。すこしかわいそうなほどですわね」


「あんな記事が、新聞に載ってしまいましたもの。……内緒ですけど、わたくし、主人が書斎に隠している大衆紙を読んでしまいましたの。ああいった新聞のイラストというのは、上手なものですわね。アイーダ様のお顔も、婚約者だったカスロール様のお顔も、はっきりとそれとわかりましたわ。あれなら、ふたりのことをぜんぜん知らない方でも、一目みたらあの『アイーダ』と『カスロール』だって、すぐ気づくでしょうよ」


「まぁ……!実をいいますと、わたくし、大衆紙を読んでみたかったのです。でも、うちでは主人があんなものを読むなんてと言って、とても読めそうにありませんの。後生ですから、すこし記事の内容を教えてくださいな。せっかく知り合いの話だというのに、我が家では彼らのことなんて口にすることも許してもらえないんですのよ」


「わたくしもです……!なぜ殿方は、あんなにかたくななのかしら。こんな大きなニュース、知りたくなるのが人の心ってものですわよねぇ!」


「あらあら。じゃぁ、興味のあるかただけ、耳を貸してちょうだい。ほんとうに、恐ろしい記事でしたのよ。記事によると、ゴールドナクス家の財産を狙っていたアイーダ様は、姉とその結婚相手を跡継ぎにすると両親が決めていたのを不満に思っていらしたんですって。それで今回、ご両親が亡くなったり臥せったりしているのをチャンスと思って、姉の婚約者と性的な関係を持ち、姉の悪口をふきこんで、まんまと彼に姉との婚約を破棄させたそうなんですわ。……しかも!」


「……しかも?」


「なんとアイーダ様は、カスロール様に命じて、フリーダ様の純潔を奪い、それを口外されたくなければ、黙って自分に相続権を譲り、無一文で家を出るよう強要したのだそうよ。カスロール様は、アイーダ様に睡眠薬をもられたフリーダ様を凌辱し、それでも父親を案じてフリーダ様が出て行かないとなると、ご自分の従僕たちにもフリーダ様をなぶらせたんですって。フリーダ様はさすがに耐えかねて、病床のお父様を想いながらも、とうとう自ら死を選んでしまわれたとか……」


「なんてことでしょう……」


「信じられませんわ、あのアイーダ様がそんな。確かにわがままで、奔放な方ではありましたけど」


「別の記事で読んだのですけど、アイーダ様は前々から年上の男性と『お付き合い』されていたそうよ。帝都の貴族の方々の間では、『花売り娘』として有名だったとか。まぁ、そんな方でもないと、姉の婚約者を誘惑なんてできないでしょうけれど」


「そういえば、アイーダ様ったら、他人のものをすぐうらやましがって、欲しがっていらしたわよね。うちにいらしたときも、水晶で飾られた手鏡をご覧になって、ずいぶん欲しがっていらして……。あの後、あの手鏡が見つからないんですけれど、まさか」


「そういわれれば、わたくしも、アイーダ様にうらやましがられた東国の扇子が、そのすぐ後になくなったことがありましたわ。どこかに置き忘れたのだと思っていましたけど……」


「他人のものをとるのも慣れっこということかしら。でも、悪いことはできないものですわね。フリーダ様を慕っていた使用人たちの訴えが記事になり、その記事が世に出て評判を呼び、お芝居にまでなって……。あちこちで悪女『アイーダ』とその手先『カスロール』が探されるようになって」


「ふたりを見つけた人は、そんな悪い人間にならひどい態度をとってもいいと思うんでしょうね。どこにいっても知り合いには会うことを拒絶され、高級なホテルやレストランでは入ることも許されず、街のごろつきにまで悪態をつかれて、殴られ、蹴られ、切られと暴行を加えられ、とうとう最後は火あぶりですもの」


「正義の意識は、人を暴走させますものね。集団なら、なおさらでしょう。恐ろしいこと。……けれど、あのふたりが亡くなったのですから、早晩、この事件も忘れられるでしょう。フリーダ様が、心安らかになられればいいのですけれど」


「ほんとうですわよねぇ。……そういえば、新しくゴールドナクス家を継ぐことになられたご夫婦には、お子様がいらっしゃいますの?いえね、うちの娘もそろそろ結婚相手を探さなくちゃいけない年ごろになりましたので」



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[一言] 第三者の会話に違和感がないとこが・・・現実的だな~^^;
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