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 -9 『罪の真偽』

 店主のオジサンは、私にぶつかったその人物の腕を咄嗟に捕まえていた。


「おい。そこに積んであったリンゴを盗みやがっただろ。ちゃんと見栄えするようにさっき綺麗に置いたばっかなんだ。そいつがなくなってやがる」


 オジサンが喧嘩腰にそう言いつける。

 しかし引き留められたその人は深く外套を被りこんでいて、どんな表情をしているのかがわからなかった。ただ短く、影のかかった口元から短い舌打ちだけは聞こえたが。


「そいつは今朝仕入れたばかりの上等なもんなんだ。たとえ一個だとはいえ、俺の店から盗むとなっちゃ見逃せねえぜ。お前みたいな盗人は、一度盗めるとわかったら何度も繰り返しやがるからな」

「…………」


 まくし立てて怒鳴りつけるオジサンに対し、外套の人物はただ冷静に、逃げることもなく立ち止まっていた。


「ほら、さっさと出しな。盗んだものを。ふざけやがってよ。よりによって俺の店でやるなんていい度胸してやがるぜ」


 興奮したオジサンの様子から、この騒ぎに周囲も気づき、いつの間にか人だかりができ始めている。変な注目が集まってしまっていた。


 これは私としても不本意だ。

 あまり目立ちたくはない。もしこの行きかう人たちの中に『ナターリア』を知っている人がいれば大変だ。


 どうしたものか。

 あまり大事になって渦中の人物になっても困る。


 ――このままだと町を自治してる王国兵まで来てしまうわ。


 そうなれば大問題だ。

 王国兵といえばこの国の中枢に位置する国軍。対外諸国との戦争を行う国防軍とはまた別に、国内の治安維持などを目的に作られた組織だ。


 その任務の中には犯罪者の取り締まりも含まれていて、私――『ナターリア』の両親を謀反の疑いで連れて行ったのも彼らだった。


 ――私まで二人のように連れていかれる……ってことは、処刑!?


 もはやトラウマのように短絡的に連想してしまった。さすがにいきなりそんなことはないだろうけど。


 私は勝手な焦りを募らせた。

 このまま騒ぎを大きくさせるわけにはいかない。


 ふと、私は冷静に辺りを見ましてみるとあることに気づいた。


「あら。オジサン、その人は何もしてないわよ」

「ああ? だって、そこにあったはずのもんが――」

「それってこれのこと?」


 私は商品の積まれた棚の足元に落ちていたリンゴを拾って見せた。


「え? あ、ああ……」

「ただ落ちてただけみたい」

「あ……そうか」


 私が言うと、オジサンは風船がしぼんだかのように拍子抜けして眉尻を下げていた。


「ちゃんと見てないと駄目よ、オジサン。この人が悪いことをしたって決めつけるのはよくないわ」

「ああ、そうだな。すまない悪かったよ」


 オジサンは素直に謝り、この事件は一件落着となった。


「よかったわね。無実がわかって。何も悪いことをしてないのに罪に問われるなんてイヤだものね」


 私が安堵の表情を浮かべて微笑みかけると、しかし外套の人はただ不機嫌そうな低い声で「もういいか」とオジサンの手を振りほどき、そのまま立ち去っていってしまったのだった。


 ――なによ、助けてあげたのに。まあいいか。


 別に恩を受けたいからやったわけではない。あくまで自分が目立たないためだ。冤罪だと判明したせいか、立ち止まっていた通行人たちも途端に興味を失って足を動かしている。


 今回は無事に何事もなかったけれど、もし問題があれば明日は我が身。万が一にも捕まってしまったら、最悪処刑なんてこともあるかもしれない。私の新しい人生、そこで終了だ。気を付けないと。


「あ、オジサン」

「なんだい」

「この汚れたリンゴ、売り物にならないんじゃない? よかったら安く買わせてよ」

「ええっ!? うーん、まあ構わないが」

「やったあ」


 ちゃっかりしているねえ、とオジサンに笑われながら、私はそのリンゴを持って笑顔で帰っていった。


 今日はいろいろと騒がしかったが、結果的に安く買い物ができた。それだけでちょっと得した気分だ。昔はこんなはした金の差額なんて気にも留めはしなかったのに。


「……なんだろう、変な感じ」


 これは成長――なのだろうか。いや、単純に慣れただけかもしれない。


 すっかり農作業で体中が土まみれになることも、服が少しくらい汚れていたり虫に食われていたりすることも、食卓に高級料理が並ばなくても、「まあいっか」と思えるようになってきた。


 ――今はとにかく節約。そして、お金をためて国外逃亡!


 そのためにはまずなによりも勉強だ。

 しっかりと学歴を得て、大手を振ってこの国とおさらばするのだ。


 ――絶対にたくましく生きぬいてみせるわよ!


 そう強く決意した想いを秘めて、私は毎日の勉学に励み続けたのだった。



 そうして何か月もの時が過ぎ、いよいよセントエルモス学院の入学試験が行われた。庶民にとっては非常に狭き門。しかしそれをどうにかかいくぐろうと長年勉強を続けてきた猛者たちが集まる修羅の場所だった。


 もう十年以上戦場を渡り歩いてきたかのような歴戦の顔立ちをした勉強小僧たちに、私も思わず気おくれしそうになった。彼らからすればこの時のために、所得の少ない家庭にも関わらず教育費をかけてまで努力してきたのだろう。


 ――でも私だって引き下がれないのは同じよ。


 なにしろ私の背後には常に『処刑』という二文字が佇んでいるのだから。


 受験者の各々の考えが渦巻く中、私は自分にできる限りのことをやりきった。


 そして試験日程が終わり、あっという間に結果発表の日がやってきた。

 結局、平民出身からの受験者は五百名ほど。そこから十数名だけが合格らしい。


 この日だけはお父さんもお母さんも畑仕事をやめ、私の合格を祈願して付き添いにやってきていた。


 もしかすると娘が貴族と同じ学院に通うかもしれないのだ。他の優秀な生徒を押しのけて手に入れた立場は、それだけで十分な栄誉にもなる。


 その日、そこに集まった多くの人が、学院の校門前で掲げられた合格通知の掲示板に息をのんで注目した。


 私もそんな人たちに混じって自分の名前を覗き見る。


 ――結果は。


「…………リーズ=バスケット。――――合格」


 順位すれすれで私の名前が合格者として掲げられていた。


 それを見た瞬間、お父さんは泣き崩れるように膝を落として喜び、お母さんも感動の涙を浮かべながらそんなお父さんを支えていた。


「おめでとう!」と心からの祝福を送ってくれる。


 しかし私は、喜びと言うよりも安堵の気持ちでいっぱいだった。


 ――ああ、よかった。これで未来への一歩が開かれたわ。


 これでこのまま何事もなく卒業できれば、私は高学歴を得てエリート街道まっしぐら。若くして大量にお金を稼ぎ、そうしてゆくゆくはいざという時の逃走資金として利用するのだ。


 ナターリアの両親は大罪を犯して資産を没収された。

 私は二人のようなヘマはしない。しっかりとお金をためて、いざというときの逃走資金にするのだ。お金があれば人も雇えるし、買収だってできる。


 それに給料のいい役職であればいいコネだって得られるかもしれない。いざ私が咎められたときに何か役立つ可能性もある。


「とにかく、これで輝かしい未来が見えてきたわね」


 だらしくなくにやけたくなる表情をこらえながら、内心でぐっとこぶしを握り締めて喜んでいると、


「キミもこの学院に入学することが決まったんだね」


 私の背後から耳元で囁くような優しい声でそう言われ、私は咄嗟に振り替える。


「うげっ」と私はつい反射的に思わず汚い声を漏らしてしまった。


「やあ、リーズ。まさかこんな風にキミと再会できるとは思わなかったよ。僕も今年から入学だから一緒の学び舎だね」

 そう、私はすっかり失念していたのだ。


 ここは貴族が多く通う上流学校。

 当然、『彼』がいてもおかしくないであろうことを。


「…………え、エルク」


 そこにいたのは、この国の第四王子であり、前世の私をよく知る男。

 エルク=シュナイゼル。


 ――処刑から逃れるためにここに来たのに! 私の正体に気づきかねないエルクと一緒だなんて、自分から死地に飛び込んでいくようなものじゃない!


 私のさっきまでの喜びは束の間。

 急転直下、地獄に叩き落されたような絶望を、目の前で微笑むエルクに突き付けられたのだった。



 どうしてか始まった私の新しい人生。

 処刑か、生き残りか。その行方は果たしてどうなってしまうの?


 私は無事正体を気づかれずに卒業できるのだろうか、と不安になりながらも、


「と、とにかくやるしかないわ!」


 新しい生活への意気込みを強く持ったのだった。


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