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 -8 『次の目標を』

 食料の確保はできた。運動もついでにこなせて一石二鳥だ。


 けれど畑でとれた野菜を余剰分を売りに出したところで、お金なんてしれた額にしかならない。所詮はブランドもないただのしがない農家の野菜なのだ。取り扱ってくれる露天商にも足元を見られるばかりである。


「今はよくても、このままじゃダメね。これじゃあ、貧しい農家の娘、として一生を終えるだけだわ」


 決してお金が手に入らない。

 でもそれでは、いざというときに困るのだ。


 私がもし正体を見破られ、処刑にでもなりそうになったなら、私はどうにかして国外逃亡でもなんでもするつもりだ。どうあがいてだって生き延びてやるのだから。


 しかしそれをするにも先立ってのまとまったお金は必要である。


 馬車などの足を借りるのにも、その逃げた先で生活するにも、何にだってお金は必要なのだ。あって困ることはない。


「次の目標は、いかにしてお金を稼ぐかね」


 私は農作業を片手にいろいろと考えてみた。けれどこれが意外と難しい。


 商人になって一発を狙う、という方法もなくはない。けれどこの国の商人たちはギルド連盟を組んでいて、ぽっと出の新人には手を出しづらいと聞く。商品のレートから流れまですべて彼らが牛耳っているからだ。私たち一般農家の売り出し先が少ないのもそのせいではある。


 ともなれば他にどうにかしてお金を稼がなければならないのだが、そうなると高給を得るためにほぼ必須と言えるのが学歴だった。


 今の私のような下町の子供の中では教育機関などに通わない子も多い。そのほとんどが家の仕事の手伝いをしたりしているからだ。将来的にも、飲食店などで働いたり、商人の下請けで品物を運んで回る運送業など、学力のいらない仕事についたりするのが普通だからという点もある。


 幸いにも前世の私は、貴族としてそれなりの教育は受けてきた。家庭教師が大嫌いだったが、他のどんなわがままにも寛容な両親だったのに、これに関してだけはしっかりと受講させられた。当時はその時間の間だけ好きなお菓子も食べれなくて泣きそうなくらい嫌悪していたものだが、今にすれば有難い。


「立派な学歴を得て、高収入の仕事に就く。そしてお金を得て盤石にする。うん、これだわ」


 そう思い立ったが吉日。


 私は朝は農作業、昼は自主学習をする時間に定め、行動を開始した。とはいえ教材なんてものを買うお金もないし、今から学校に通うのも難しい。学校の多くは国営だが、就学は義務ではないためだ。入学には試験がいるし、まとまったお金も当然必要。


 そうなると、大事なのは先を見据えた計画だ。


 まず私が決めたのは通う学校。

 それはこの町、いや、この国で一番の名門学校である『セントエルモス学院』だ。


 貴族の多く通う上流階級の学校で、古くからある格式高い名門校として有名である。貴族としては当然のように通う場所だが、そこには一般の生徒も入れる限られた狭き門が存在する。事前に行われる入学試験で非常に優秀な成績を残すことができれば、貴族相当の待遇の下で高水準の教育を受けられるのだ。


 そこを卒業すれば高給取りなれると約束されるようなものだと言われるほど。その学歴を持つだけでも様々な企業から引く手数多だろう。


 故にわざわざ勉学に励む市民は、この学院に入学するためと言っても過言ではないほどだった。


 昔はラスケス家の家柄があれば簡単に通えたが、今はただの農民の娘。その狭い門をくぐるにはそれ相応の努力が必要になる。


 けれどもしそれができれば、今後困らなくなるほどにはお金を手に入れられるのだ。いずれはそれを逃走資金に充てることもできる。


「入学試験は結構な難度って聞いたことがあるけど……」


 他に大金を稼ぐ手段が無い以上やるしかない。


「必死に勉強して、そして私は『私』として生きる。なんとしてでもこの人生をやりきってやるんだから!」


 処刑だなんて絶対にイヤ。

 その思いを胸のたぎらせ、私は強く覚悟を決めた。


 私は今、十四歳。

 今年の終わりには学院の高等部入学試験がある。時間はあまりない。


「見てなさい。絶対に大金持ちになってやるんだから!」


 教材は図書館のものを使うことにした。そこならば市民誰でも利用でき、教材に使われるものも書籍であれば対外揃っているからだ。


 エルクとは遭遇したくないが仕方ない。それにいざ通い詰めてみても、幸いにもまったく会うことはなかった。もし見つかってもすぐ逃げ出せるよう、常にきょろきょろと当たりの様子をうかがう姿は不審者のように映ったかもしれないが。


 自主的な勉強は、前世での家庭教師ですら苦痛だった私にはなんどもつらいものだった。しかし「処刑されるよりはマシでしょ」と自分に言い聞かせ、鞭を打った。


 それはもう毎日毎日、私は心血を注ぎ続けた。

 お父さんもお母さんも急に勤勉になった娘に驚いていたし、妹からは散々心配されたものだ。なにかあったのか、と。もちろん「処刑されたくないから」なんて言えるはずもないから返答に困る。


「私、お父さんたちに親孝行したいの」と模範的なことを言ってはぐらかすと、その日、お父さんは涙を流しすぎて倒れてしまったほどだった。


 それに感動してくれたのはお母さんも同じのようで、


「リーズ。最近はよく手伝っても暮れてるし、お小遣いをやるからせめて何か買って食べなさい。図書館の近くには美味しいお店もあるでしょ」


 そう特別に家計を切り崩そうとしてくれたのが、私は口を酸っぱくして、


「駄目よ! ああいうお店は高いの。私は家でとれた野菜で充分。お金は大事にしなきゃ」と守銭奴にでもなったように言い返した。


 他にもお金を節約できることはすべて徹底したほどだ。服もずっとボロボロの麻布の服を着まわしていたし、紙もわりと高価だから無駄遣いはしないようにした。


 さぞや貧しい田舎臭い女に見えたことだろう。


「買い物も私がするわ。安いお店を見つけたのよ」


 ついには家族の財布まで握りしめ、生活水準はそのままに、わずかでも切り詰められそうなものは徹底して排除した。


 図書館からの勉強の帰りには必ず近くの市場にも立ち寄るようになっていた。


「ここのお店、夕方は野菜が安いのよ。足が早いものは売れ残ると大赤字だものね。さすがに家の畑だけで全部採れるわけじゃないから助かるわ」


 見つけた青果市場のお気に入りのお店でほくほくと笑顔を浮かべながら買い物をするのももはや見慣れた光景になっている。


「お嬢ちゃん、いつもありがとうな。今日はひとつサービスしてやるよ」

「本当? ありがとう!」


 通い詰めたおかげですっかり顔馴染みになった店主のおじさんに愛想を振りまくのも慣れたものだ。前世の私なら絶対にイヤがっていたことだが、今はそうすればこうしてオマケをつけてもらえるという処世術を学んだ。


 ――なんだか新鮮なものね。お屋敷にいたときじゃ考えられない。


 勉強の日々は大変だったが、いろんなことが目新しくて楽しくもあった。しんどくもご機嫌な日々。こういうのも悪くはない。


「きゃっ」


 お店の棚の青果を眺めていると、不意に通りがかった人影がぶつかった。混雑する市場ではよくあることだ。多くの人が行きかっていて、露店なども多く点在していため道が狭いせいもある。


 特に気にしないでいた私だが、


「あ、おい! お前、そこの果物を盗んだだろ!」


 ふと、そう店主のオジサンが声をあげたのだった。


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