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 -7 『最適な方法?』

 とにかくある程度の情報は得られた。


 ラスケス家は完全に没落。

 両親は処刑され、一人娘のナターリアは事故にあって行方不明。


 もし私が『リーズ』として生きていることが知られたら、今度こそ捕まえられて両親のように処刑されかねないということだ。


 ――そんなのイヤよ! 絶対になんとかしてみせるんだから。


 図書館から家に戻った私は、これからのことを考えることにした。


 まだ前世の記憶が戻って一日。

 これまで『リーズ』として平穏に過ごしてきたが、もうそんな悠長にもしていられないかもしれない。少なくとも、今まで通りなんの心配もなく『農家の娘』として暮らすのは無理だ。


「どうすればこの先生きていけるかしら」


 とにかくバレないようにしなくては。

 今後、エルクとは会わないようにしよう。あの図書館は彼が立ち寄る場所かもしれないしこれからは避けるべきか。


 そもそも貴族には関わらないのが無難だろう。町の中心部の貴族街には近づかない。もともとラスケス家のお屋敷がある場所だが、もしそこで私に覚えがある誰かに見つかっては大変だ。


「犯人は現場に戻る……なんてね。私は処刑人だけど」


 笑えない冗談だ。つらい。

 そうやっていろいろと考えていると、やがて無性にお腹がすいてきた。


 きゅるるる、と大きくお腹の音が鳴る。


「お腹すいたわ……」


 そういえば昨日の夕飯の食事も少なかった。それに朝はパンをかじっただけだ。


「あー、もう! お腹がすいてたらまともに考えることもできないわ!」


 今までの『リーズ』ならあれだけの食事量で充分だった。けれど今は『ナターリア』でもある。かつては散々に私腹を肥やし、食べたいときに好きなだけご飯を食べ、豚とまで侮蔑されたほどだ。


「あれだけのご飯で足りるはずないのよ」


 すっかり前世の食欲が戻ってしまっていた。


「何か食べるもの……そうだ。お父さんが畑から採ってきた芋が余ってるって言ってたような」


 空腹のままに家の裏にある納屋を覗くと、籠いっぱいの芋が保管されていた。山ほど積まれていて、これなら数個頂戴したところでバレないだろう。


 しめしめ、と私はそこから数個ほど芋を持ち出し、家のキッチンに広げた。


 両親の家事の手伝いのおかげで料理経験はあった。それは間違いなく『ナターリア』の頃にはなかったスキルだ。前世の私だったら料理なんて使用人にやらせるのが当たり前で自分では不可能だっただろう。


 これがは二つの記憶を私は併せ持っているという利点。


「ちょっと得した気分ね」


 慣れた手つきで芋を水の張った鍋に投入し、火をつける。簡単に茹でただけの芋料理だが、その場にあったもので即席のソースを作っておいた。


 芋は塩茹でしていたおかげもあって少し味もついていて、ほっこりと、煮崩れもせずいい具合にできあがった。それにトマトベースの自家製ソースをつける。


「いただきまーす」


 お腹がペコペコの私には、今は高級料理よりもおいしそうに見える。よだれを垂らしながらはしたなくがっついた。


「んー! おいしー!」


 まさしく空腹は最高の調味料だ。

 酸味と微かな塩気、そこに芋がもともと持っている甘味が噛み合わさっている。アツアツの出来立てと言うのが更においしさを助長させていた。


「最高じゃない。いくらでも食べられるわ」


 あっという間にたいらげてしまい、しかしそれでもまだお腹は満足してくれない。


「……まあちょっとくらい、良いわよね」


 私はまた納屋から芋を持ち出し、そしてまた料理する。


 もはや食欲は収まらず、私は満漢全席を前にしたように勢いよく食べつくしていったのだった。


「私、料理の才能あるんじゃない?」


 そう思わず自画自賛してしまう程だ。ただの芋だけの料理なのに。


 とにかくこれで空腹は満たすことができる――とばかりに食べ続け、それから数日。私はこれからのことを漠然と考えながらも、相変わらずの食欲に流されていろんなものを食べ続けた。


 納屋の芋だけでなく、畑でとれた他の野菜なども使っていろいろと料理を繰り返す。おかげで料理スキルもどんどん成長し、私の空腹も満たされた。


 しかし私は――。


「お姉ちゃん、なんか太った?」


 朝の洗面所。

 鏡越しに自分の姿を見ていたら、顔を覗かせてきたマリーが言ってきた。


 事実、私はたった数日で如実に顔が丸くなってる気がした。


 なんというか、ただでさえ雰囲気が『ナターリア』に似ていたのに、太ったせいで余計にそっくりになろうとしていたのである。


「まずい! このまま太ったらまんま『ナターリア』じゃない!」


 隠すどころの話ではない。


「どうにかして痩せないと……でも食欲は全然衰えてくれないし。というか食べるなって言う方が無理よ」


 一日に五回はお腹が鳴るし、それを全部我慢するのは不可能だ。それに最近はかなり美味しい料理も作れるようになってきている。お屋敷のシェフいらずだ。


「美味しいご飯のない人生なんてありえないわ!」


 そう、ありえないのである。

 けれどこのままではその人生すら詰みかねない。


 これから先よりも、今のこの激太りをどうにかしなくては!


「お姉ちゃん。今日こそはパパの畑の手伝いにいってよね。昨日もマリーが行ったんだから」

「それどころじゃないのよ」

「それどころって、意味わかんないよー。最近ずっと家に引きこもってるし。豚さんになっちゃうよ?」

「豚っ!?」


 そこまで驚かなくても、とマリーに引かれるくらい私は顔を青ざめさせた。しかしその直後、そんなマリーを見て私はふとひらめいた。


「なるほど、農作業か」

「ふぇ?」

「それ、いただきだわ!」


 思い立ったが吉日。

 さっそく私は服を着替え、お父さんが仕事をしているだろう畑へと鍬を片手に出かけたのだった。


「おお、リーズ。手伝ってくれるのか。それならあそこのあたりをすべて耕してくれるか。収穫が終わって次のを植えなくちゃいけないんだ」

「了解!」


 びしっ、と顔を引き締め、私は鍬を力強く振り下ろした。


 農作業はけっこうな力仕事だ。

 耕すのもそうだし、収穫したものを運んだり、種を植えたり。いろいろ体を動かす要素は多い。運動としては申し分ないくらいだろう。


「食べた分を消費すれば問題ないんだわ。私って天才ね」


 本当に天才かどうかはともかく、名案だとは思った。


 まあ、その甘い考えは畑を耕し始めてから数十分もたたないうちに後悔へと変わったのだが。


「……もう、無理。腕に力が入らない」

「まだ一割も終わってないぞ、リーズ。日が暮れるまでには頼むな」

「ええっ!? この鬼!」


 あっという間に音を上げてへたり込んだ私にお父さんは楽しそうに笑っていた。彼は私以上にここにいるはずのに、疲れる素振りすら見せていない。


 しかも最悪なのが、手も足も、何もかもが汚れることだ。いつの間にか土跳ねで足元が黒くなってるし、汗を擦った顔も土まみれだ。一番精神的にきつかったのは、掘り起こした土から虫が這い出てきたことだ。気持ち悪くて思わず悲鳴を上げてしまったが、お父さんは「畑を耕してくれるいい虫だから怖くないよ」と教えてくれた。


 ずっと温室育ちだった私にとっては初めてのことばかり。


 ――まさか畑仕事がここまで大変だったなんて。


 やるだなんて言うべきではなかった。


「でも……やらないと食べられないし、身体のお肉も落ちない……」


 それはわかってる。でも無理。

 私はこれまでろくに運動もせず、温室でぬくぬく育っていたお嬢様なのだから。


 こんなしんどい想いするくらいなら……。


『そこで諦めていいんかい?』


 ふと、頭の中に声が響いた。

 私を応援してくれる神様の一声――かと思ったら、その声にはどうも聞き覚えがある。もやもやと頭の中にその顔が浮かんだ。


「渡し船の船頭さん!?」


 なぜかあのオジサンが微笑みながら私に檄を送ってくる姿が頭をよぎる。


 ――なんで!? どうして!?


『頑張るんだよ』

「せ、船頭さん……」

『わしは見守っとるからな』

「……船頭さんっ!!」


 なにこれ、と思うくらい気持ち悪い、私とオジサンの脳内会話の末、


「――そうよ。これぐらいじゃ音を上げてられないわ。私は一度、あの世からも帰って来たんだもの! なんとしてでもやり切って見せるわ!」


 真っ赤な情熱を瞳に灯し、私はこぶしを握り締めて立ち上がる。


「ありがとう船頭さん。私、やるわ!」


 農作業の汗とともに瞳を強く輝かせながら、私は諦めずに農作業を続けていった。


 よく食べ、よく運動する。そんな健康的な生活をひと月も続けたころには、私はどうにか元の体型に戻れたのだった。


「お父さん! あっちの畑も耕していいの?」

「えっ、いやあ。あそこは手が足りなくてしばらく使ってなかったからなあ」

「じゃあこれからは私が世話をするわ。だから耕していいでしょ?」

「そ、そうか。それじゃあ願いしようかな」


 ――よっしゃあ、これでもっとたくさん食べ物を採れる!


 いっぱい食べれるし、いっぱい運動して太る心配もない。最高の関係だ。


「ねえ、あなた。あの子、最近何か変じゃないかしら」

「母さんもそう思うか。うーん、そうだなあ。以前のリーズとはちょっと性格が変わったような気がしなくもないね」


 傍から見ると、いい歳した少女が色気もなく畑通い。気合いっぱいに、土にまみれてえっさほらさと農具を振りかぶっているのだからお淑やかさも何もない。両親が心配するのも当然だ。


「頭でも打ったのかしら」

「どうだろうね」

「これじゃあお嫁の貰い手がいなくなっちゃうわ。畑仕事を手伝ってくれるようになったのは助かるけど、あの子、畑の肥料と一緒に骨も埋めるつもりじゃないでしょうね」


 お母さんは相当心配らしい。

 しかしお父さんは暢気にへらへらと笑い、


「でもまあ、いいじゃないか。活発に明るく育ってくれたのだから」と言っていた。


「そうね」とお母さんも何か諦めた風に頷いていたが、そんな二人の会話など、畑仕事に夢中の私にはほとんど届いていないのだった。


次回から隔日の更新を予定しています。

お楽しみにお待ちください!

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