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 -6 『心配事』

「キミはクルシュが変わっているとは思わないのかい?」

「……え?」


 エルクが急に改まって何を言い出すかと思えば、予想外のこと過ぎて私は思わず目を点にしてしまっていた。


「どういうこと?」

「だってみんな、クルシュにはあまりいい印象を持たないからさ」

「あんな可愛い子に?」


 どう見ても私の主観だけではなく、一般的にもとても可愛らしく思う。おとなしくお淑やかだし、まさしく理想的な少女然としているだろう。


 いい印象を持たない理由がわからない。嫉妬、とかだろうか。


 私のそんな不思議そうな雰囲気を察したのか、エルクも驚いた風に目を見開いていた。


「だってクルシュは、ほら……男の子だから」

「男の子!?」


 静かな図書館の奥まで響き渡るような大声を出してしまい、私は慌てて口をつぐんだ。


「お、男の子ってどういうこと!?」と声を潜めて、それでも机越しに詰め寄るように問いかける。


「もしかして知らなかったのかい? 気づいているのだと思っていたけど」

「わかるわけないじゃない! どう見たって女の子なのに」


 外見も、所作も。

 すべてにおいて私よりも女の子だ。


 純粋に驚く私を見て、ルクスは少し話したことを後悔しているように「そっか」と顔を俯かせた。


 なるほど。

 変だ、というのはそのことか。


 確かにクルシュが男の子なのだとしたら、あれだけ可愛らしい服を着ていたり、女の子みたいな喋りや仕草はおかしいものだ。


「でも別に自然だし、いいと思うけど」

「えっ」


 何の気なしに言った私の言葉に、エルクは意外そうな顔を持ち上げた。


「男が男らしい恰好しなきゃいけないなんて決まりはないもの。好きなものをするべきだわ。自分の個性を引き出してるんだしむしろ推奨されるべきよ」

「それでも、みんなからは不自然に思われる。あの子がイジメられているのもそのせいなんだ」


 なるほど。

 この前、男の子たちに絡まれていた時もどうしてあれだけイジメられていたのか不思議だったけれど、そういう事情があったということか。


「でもどうしてイジメられてるままなの? 見たところ兄弟なんでしょ? だったらクルシュも王位継承権を持った王族ってことじゃないの?」

「あれ、キミに僕が王族だって話していたっけ」

「えっ、あ……いや、それは……」


 そういえ、あだエルクについては名前くらいしかまだ聞いてなかった。


「ほ、ほら。やっぱり王族ともなれば私みたいな農民でも名前は聞くから。身なりも良いし、そうなんだろうなって」

「ああ、そっか。隠すつもりはなかったんだけど、あまり表立って名乗ると立場上面倒なことが多いからね。ここにもお忍びで来ているんだ」


 よかった。誤魔化せたらしい。


「確かに僕は王族だ。それに、クルシュとも兄弟なのは本当。けれど、公にはそうなってはいないんだ」

「というと?」

「王族にはそれなりの威厳が求められる。けれどほら、クルシュはああいったところがあるからさ」


 ――王の息子が女装癖を持っている、なんて事実が庶民に知れたら威厳にかかわるってことか。


「元々僕とは異母兄弟でね。側室どころか、貴族ですらない庶民との間にできた子なんだ。そういう事情もあって、もともと位を重視する王室には入れなかったんだよ。けれど王族の血は引いているものだから無碍にもできなくてね。王族とは無関係、という建前をもとで育てられてきたんだ。だからあの子は世間体的には僕の弟でもないし、その事実を知っている人も少ないのさ」


 王族にもいろいろ面倒な問題があるらしい。

 なるほど道理で。婚約者だった私すらクルシュのことは知らなかった。そう言った事情で隠されて育てられてきたのなら納得だ。


「それなのに世話を焼いてあげてるのね、貴方は」

「まあ……心配、だからね」


 お人よしというかなんというか。

 あれだけイジメられているとなれば心配もして当然か。


 ――そういえば、エルクは昔からそんなところがあったわね。


「急にこんな話をしてごめん。でもちょっと心配になってしまってね」

「それって、貴方にも問題があるんじゃない?」

「え?」


 エルクは驚いて私を見やってきた。


「だってそうやって気に掛けるってことは、自分も内心ではおかしなことだって思ってるってことでしょ。私はクルシュがあの恰好をしていても変だとは思わないわ。そこに一切の疑問も持たない。だって似合っているし、それに何かが悪いわけじゃないもの」

「…………」


 私は喉の奥から出てくる言葉をそのままに吐き出した。


「貴方は変だって思ってるの?」

「……いや、そんなことは」


 一瞬だけ間があった。


「クルシュは、あの子の『自分らしさ』を一番の方法で表しているだけよ。貴方が本当にそれを変だと思うのなら、最初からそんな質問なんてせずに、『うちの子はそこらの女より可愛い』ってぐらいに自信をもって肯定し続けてあげなさいよ。今のあなたはただのヘタレ。変だとは思いたくないのに自分を信じられないから、共感が欲しくてそんなことを聞いてくるんだわ。自信がないからって私の返事に頼らないで」


 まるで『お前のせいだ』と言わんばかりに強く突き放すような言葉だった。


 ――やばっ、ちょっと言い過ぎたかしら。


「何だとこの野郎、処刑してやろうか」と逆上してこないかと内心怯えてしまった。


 しかし矢面で言葉を受けたエルクは、何を言い返すでもなく、考え込むように口をふさぎこんでしまった。それからしばらく何もしゃべらず、ただ静まり返った図書館に気まずい沈黙が流れ続けた。


 相当怒っているだろうか。いまいち表情がくみ取れない。


 それから少ししてようやくクルシュがお手洗いから戻ってきた。


 ――よかった。やっと息が吸えたわ。


 二人きりだとあまりに沈黙が重苦しくて窒息しそうなくらいだったから本当に助かる。救世主とばかりに笑顔で迎え入れたものだから、クルシュも「どうしたのだろう」と言いたげに不思議そうな顔をしていた。


 それからすぐに「そろそろ僕たちは帰るよ」とエルクが席を立った。名残惜しそうにクルシュも荷物をまとめて立ち上がる。


「またね、お姉ちゃん」

「うん。またー」


 手を振ってくれたクルシュに、にへー、と口許をにやけさせて手を振る私、なんとも気持ち悪いという自覚はすごくある。


「そうだ」


 ふと思い出したようにエルクが改まって私を見る。


「キミの名前を教えてくれるかな?」


 そういえば私は自己紹介をしていなかった。エルクとクルシュの名前は聞いていたけど、すっかり忘れていた。私としてはあまり覚えても欲しくなかったから避けていた部分もあるけれど。


 ――せっかくこのままフェードアウトしてさよならできるって思ったのに、どうしてこのタイミングで聞いてくるのよ!


 変に覚えられても面倒だから誤魔化して乗り切りたい。


 しかしそんな私の考えを甘い誘惑が遮ってくる。


「私も、お姉さんのお名前を知りたいです」

「しゅ、クルシュ……」


 うるうると目を見開かせて迫ってきたクルシュ。

 いかに彼女の願いとはいえど、これは私の今後……命にかかわりかねない問題だ。私としてはもう金輪際エルクとは関わり合いを持ちたくないのだから。


 だからどんなにクルシュがお願いしたって、こんな可愛い顔を覗かせてきたって、物欲しそうに目を潤ませていたって、無意識にあざとく前かがみになってすり寄って来たって――。


「もう、仕方ないわねえ」

「やったあ」


 私はかなりチョロいのかもしれない、と思った。


「私はナタ……はっ!」

「なた?」


 途中まで言いそうになり、私は大慌てで自分の口をふさいだ。


 ――何やってるのよ私! あやうくエルクの前で自白するところだったじゃない!


 ナターリアの頃の記憶が戻ったばかりだからか、油断していた。


「やっぱりお前はナターリア。生きてやがったか。処刑だ!」とエルクにしょっ引かれるところだ。


「……なた、菜種油が好きなリーズよ」


 ――うわー、最悪な誤魔化し。


「そ、そうか。よろしく」


 いきなり自己紹介を加えられて、エルクはちょっと引いたようにも微笑み返していた。


 特にそれ以上の反応はなく、そのまま「また会えたら」とだけ残してエルクたちは去っていった。


 それとなく誤魔化せたみたいでよかったけれど、私はなにか大きな傷を負ったのだった。

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