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 ー10『企み』

 誰にも聞かれないように――何故か私の部屋に――場所を移し、エルクとユーステインそしてミゲルはお互いに向かい合って腰かけた。


 ――なんで当たり前のように入ってきてるのよ。


 怒鳴って追い返したい気分だったが、深刻なミゲルの雰囲気からどうにも言い出しづらかった。


「まったく無関係なリーズの家のほうが誰にも盗み聞きされる心配もない」


 エルクにまでそう言われてしまい、断るタイミングも逃してしまったのだった。


 仕方なく私は諦めて、真面目な形相で向き合う三人を横目に人数分の安物の紅茶を用意していった。


 全員が気持ちを落ち着けるようにその紅茶に口をつけ、一息つく。それから、ミゲルが思いつめた様子でようやく口を開いた。


「クルシュはおそらくノーベルザークの下にいる」


 ミゲルは簡潔に、私たちに話していった。


 先日、ミゲルがノーベルザークの実家に呼び出されたこと。そしてそこで、当主である父親からエルクについていろいろと尋ねられたこと。その時に、クルシュという表立って公にされていないエルクの弟がいるということ。


 彼はそんなことを、ただの世間話のように口にしてしまったらしい。


「今までずっと、親父は俺に興味がないって思ってた。ただの跡継ぎというだけで。だって学院で俺が不良生徒だなんて呼ばれてることすら知らないくらいなんだぜ」


 学院側からもノーベルザークにあまり知られないよう配慮した点はあったかもしれないが、それでもその気になればすぐに気づけるだろう。風評など耳にする機会もあるはずだ。それでも知らないということは気にもかけようとせず放置していたことは間違いない。


 クルシュとエルクの関係についてはなるべく学院外には漏らさないようにと、エルクが生徒や教師などにお願いをしていた。普通、他人の口の門扉を閉めることは難しいものだが、そんなことができるのはエルクの人望の故だろう。そのおかげもあってか、エルクとクルシュの関係を知る人は学院外ではほとんどいないくらいだった。


 ミゲルは父親にいろいろと話してしまったのだろう。

 そのことを、ひどく後悔した様子で彼は私たちへと教えてくれたのだった。


 ミゲルの話を聞いたエルクは半信半疑な様子だった。不可解に眉をひそめている。


「どうしてそれで、クルシュがさらわれることになるんだい?」


 ノーベルザーク家は国内でも一二を争う権力を有している。財産だって相当なものだ。末端とはいえわざわざ王族をさらって身代金を要求する意味もわからない。


 至極まっとうに思えるエルクの疑問に、しかしミゲルは気まずそうに視線を落として顔をそむけた。そんな言いあぐねている彼に代わって私が口を開いた。


「クーデターのためね」

「っ!?」


 エルクとミゲル、それに傍観していたユーステインまでもが目を見開く。


 そう結論づくのは簡単なことだった。


 私は知っているのだ。

 かつて、お父様とお母様をクーデターの犯人として仕立て上げた裏の犯人を。


 ノーベルザーク卿。

 ミゲルの父親でいて、王国兵を統括する最高司令官。


 私の『ナターリア』としての記憶が確かなら、おそらく彼が私の両親をたぶらかし、クーデターへと導いた。そうしていざ計画が露呈すると、その全ての罪をラスケス家に被せたのだろう。


 言うなれば口止めだ。


 思えば、私の両親が処刑されるまでは非常に早かった。確かに国家反逆は即座に極刑に処されるものだが、それにしても弁護の暇さえ与えないくらいに。私はそのせいで、まさに急転直下のように人生を転げ落ちた。


 けれど今ならその理由がわかる。

 ノーベルザーク卿。彼が王国兵などの権力を用い、自身の企てを知っている人物を消したのだ。関係を疑われないように。


 可能性はすべて摘む。だから本来は無関係に見える『ナターリア』すら処刑の対象とし、口封じを図ったのだろう。


 結果的に私は偶然にも生まれ変わってここにいるのだが、あのままだと本当に事実がすべて闇の中に葬られてしまっていたにちがいない。


 だが、私は知っている。


「おまえ、どうしてそれを!」とミゲルが思わず口走る。その失態に気づいて慌てて口を閉じたが、それが余計に答えを示しているようだった。


「どういうことだい、ミゲル」

「それは……」


 エルクの問いに、しかしまたミゲルの語調が下がった。今のミゲルは、いつもの勝気な彼からは考えられないくらいに弱々しく見える。


 完全に口がふさがってしまったミゲルを他所に、エルクは立ち上がった。


「とにかく、どうしてかとかを考えるのは後だ。今は一時でも早くクルシュを助けたい。僕がクルシュとの関係を公表したせいで余計なことに巻き込んでしまったんだ。きっと不安になっている」

「とはいえどうするのよ。身代金の取引の時間と場所しか情報がないんでしょ?」


 エルクがふとミゲルを見やるが、ミゲルも力なく首を振る。


「悪い。俺には場所はわからない。ノーベルザークの持つ建物は町にいくつもある。それに王国兵が管轄している場所だって多くあるんだ。特定するのは難しいだろう」


 確かにミゲルの言うとおりだ。

 ただの荒くれものによる犯行ならばその所在を特定して乗り込めば済む話だが、ノーベルザークともなれば簡単な話ではない。なにしろ国中を監視している王国兵を統括している彼らにしてみれば、領地のほとんどが彼らの庭のようなものだった。


 それに、よりにもよって治安維持部隊が敵なのだ。通報することもできないだろう。そうすればすぐにノーベルザークに伝わり、クルシュの無事も定かではなくなる。


「……エルク、お前の父――国王陛下に直接相談するのはどうだ?」


 ユーステインが出してくれた案に、しかしエルクは乗り気ではなさそうに首を振った。


「ノーベルザーク卿は父上の近辺とも繋がりが深い。すぐに情報が伝わってクルシュが危ない目にあうかもしれない。それにまだノーベルザークがクルシュを誘拐したという証拠もないんだ」

「証拠ならミゲルがいるじゃない」

「ただの嘘や勘違い、とみられる可能性もある」


 エルクも疑っているわけではないだろうが、事態は国の今後を左右しかねない大事だ。もし本当にクーデターを図っているのだとしたら大問題である。


 どうしたものか。方法を決めあぐねているようだ。


「だったら――」


 私が気さくに口火を切る。


「証拠をゲットしに行けばいいじゃない」

「どういうことだい?」

「だから、直接会えばいいのよ。だって向こうから会う場所を提示してくれてるんでしょ?」


 身代金の受け渡しを要求されている以上、向こうも何かしらの方法で私たちを接触するはず。


「だが、本当にクーデターを企てているのだしたらただ金銭の授受だけで終わるとは思えない。何かしらの意図があるはずだ」

「そうかもしれないけど、そうやって疑ってばかりでも何かが変わるわけじゃないでしょ?」

「それはそうだが……」


 ふふん、と私は能天気に笑顔を作る。


「その取引現場、私が行くわ」

「ええっ!?」


 私以外の三人が一様に驚きの声を上げた。

 そんな彼らに私は不敵に微笑み、くいっと口角を持ち上げる。


「証拠が必要なんでしょう? 私が引っ張り出してあげる」


 私の自信満々な言葉に、しかし三人は不安げに眉をひそめているばかりだった。


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