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 -8 『曇り』

 すっかり体調は戻った。

 舞踏会という一大イベントは結局、私を抜いてつつがなく行われたらしい。そのことに対しては私としても別に悲しい気持ちはなかった。もともと舞踏会に出たかったわけでもないし、情けない踊りを衆人に晒さなくて良くなったのだからラッキーだったのかもしれない。


 唯一申し訳ないといえば、エルクにも迷惑をかけたことだろうか。相方の私が倒れたせいで、彼もずっと私にかかりきりだったようだ。


 翌日、学院で出会ったときに謝ると、それでも彼はまったく気にしていないような素振りで「気にしないで」と言ってくれた。


 おそらく本心だろう。彼は優しいから。


「エルク様の踊りが見れなかった」などと残念がる声は聞こえたが、みんなは私を責めるようなことはせず、級友の子たちもとても心配してくれた。


 もし『ナターリア』が体調を崩して同じようになった時、同じように接してくれる人はどれだけいただろうか。ご機嫌取りの使用人の笑顔くらいならあったかもしれない。


 舞踏会が終わって、もうダンスレッスンにも迫られることもない平和な日常が戻ってきていた。ただ日々を勉学に励み、たまにクルシュやエルクたちと放課後などにくだらない集まりをしながら、それでいて屋上菜園も順調に拡大中だ。


 学院に通って、友達と呼べるような子たちも増えた。


 もう、昔の私ではない。


 ――そうよ。だからもう、あのことも忘れるべきだわ。


 思い出してしまった、あの夜の出来事。そこにいた男。


 ――ノーベルザーク。


 ミゲルの父親であり、この国の治安を維持する国防軍を統括する最高権力者。


 もしかするとあの男が『ナターリア』の両親をそそのかし、クーデターを企てさせたのかもしれない。お父様たちが処刑される少し前から、あの男と密接に関わっていたことを思い出してしまったから。


 理由はわからないけれど、お父様たちはノーベルザークの甘言にのせられてクーデターを企てた。それが知られ、処刑された。おそらくお父様たちも焦っていたのだと思う。ずっと、家柄だけが取り柄だと馬鹿にされていたのだ。その扱いなどに不満を抱いていたに違いない。そこに何かうまい話でも持ち掛けられたのかもしれない。


 ノーベルザークが謀反を企てていた。

 それは国の三大権力の一つが野心を抱いているということだ。


 この国の行く末すら左右しかねない大問題になる。あ


 けれど、その真偽も結局はわからないままだ。

 私の早とちりかもしれないし、証拠がない。それは『リーズ』には決して知りえない情報だからだ。私が誰かに言ったところでまともに取り合ってなどくれないだろう。


 ――もう終わったことよ。


 お父様たちの罪状はもはや覆せないし、世間的にもすでに処罰されている。その真偽がどうであれ、無関係の少女として生まれ変われた私がもう一度関りに行く必要などないのだ。


 ――私が首を突っ込む必要はない。


 もう、私には関係がないのだ。


 忘れたままでよかった。

 私はもう『ナターリア』ではないのだから。


「……それにしても遅いわね」


 放課後、私は学院の屋上で待ち呆けていた。


 今日は新しく植えた野菜の収穫日だった。

 この前のカブも良く育ってくれたし、今では畑の規模も随分と大きくなって多種多様の野菜を育てている。その新作の収穫ということで、農作業の服に着替えてばっちりと気合を入れてやってきたというのに、それを手伝う約束だったミゲルがまだ来ていないのだ。


「もう。先に始めちゃうわよ?」


 遮るものがない屋上は燦々と日差しが照り付けてくる。日焼けしないように帽子もかぶっているが、近頃は暑くなってきたせいもあって、あまり長居するのはつらくなってきた。


 ただでさえ収穫のために体を動かして体が熱くなるのに、これ以上熱を持ったら倒れてしまいそうだ。この前そうなったばかりなのにまた倒れてしまっては、今度はエルクにも「体調管理をちゃんとして」と怒られてしまうかもしれない。心配症で世話焼きな彼のことが、簡単に想像がつく。


「もう、ミゲルのやつ……。いっつもは我先にここにきて寝てるくせに」


 今日は全く来る気配がない。

 確か昼までは授業にも出ていたが、そういえば昼からは見かけなかったような気もする。いつものように気まぐれで授業をサボっているかと思ったが、そのサボり先である屋上にすら姿を見せないのはどうしたことか。


「あの子、帰ったじゃないでしょうね……。寮の部屋まで押しかけてやろうかしら」


 一応、男子寮も女人禁制なので無理な話なのだが。


 仕方なく一人で収穫を進めようかと用意をし始めた頃、気だるげに屋上の扉が開き、ミゲルがやって来た。


「あ、遅かったじゃない!」


 気づいて顔を持ち上げた私に、しかしミゲルはどこか正反対に沈んだように俯いた顔をしていた。まるでいつもの勝気さはなく、ただどんよりと表情を曇らせている。


「どうしたの?」


 さすがに気になって尋ねてみる。

 ミゲルはその声にはっとして顔を持ち上げるが、


「なんでもない」とだけ呟き、そのままいつも寝ている場所に腰を下ろした。


 そのまま不貞腐れたように寝転がり、それからはもう、私が何を言っても反応してくれなかった。


「……もう。手伝ってくれるって言ったじゃない」


 地蔵のように動かなくなったミゲルを横目に、私は汗水流して畑仕事を一人でする羽目になったのだった。


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