4-1 『舞踏会へ』
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つに舞踏会の日がやって来た。
自室でドレスに袖を通した私は、自分で思うのも少し恥ずかしいが、それなりにお嬢さんっぽい見た目になれていた。
着付けを手伝ってくれたクルシュは、姿見に映った私を見て「とても可愛いですよ!」と嬉々として笑っていた。
妹のマリーが選んでくれた淡い桃色のドレスだ。あまりそんな可愛らしい色は私には似合わないと思ったのだが、やや栗色をした私の髪との相性も見て、マリーがとても推し進めてきたのだ。何故か同行してきたユーステインも絶賛していたくらいだ。
裾のあたりについたフリルやリボンが少女チックすぎる気もするが、体のラインが浮かび上がるようなものおとなしいものよりはマシだと思った。変に筋肉がついていてそれが目立ちそうで、それだけはイヤだったからだ。
馬子にも衣装、と言うべきか。
マリーたちが見繕ってくれただけあって私によく似あっていた。
「手伝ってくれてありがとう。こういうの、自分じゃやったことないから」
「こういう機会でもないかぎり着ないですもんね。私も着たいです」
「中等部はまだ舞踏会がないんだっけ」
「はい。ですからもう少しの楽しみですね」
クルシュのドレス姿か。
それはそれで、お姫様のお人形みたいできっと愛らしいだろう。見てみたいものだ。
「がんばってきてくださいね」
可愛らしい応援に見送られ、私はいざ、舞踏会の会場へと出向いたのだった。
場所は学院の敷地の中にある大きな講堂のように広い場所だ。よく集会などに使われる場所で、学院の生徒のほとんどを収容できる。しかしただ広いだけの場所ではなく、天井には煌びやかなシャンデリアや金属の燭台などが華々しく飾られている。
舞踏会の会場に向かう途中、普段見慣れた生徒たちが一様に豪奢な礼服を纏っている姿を見て、本当にいまここは貴族たちの社交場なのだと実感した。私だって元は貴族なのに、なんだか普段同じ制服を着ている彼らが改めて別の地位の人間なのだと感じてしまった。
――すっかり農家の娘が板についちゃったのかも。
もう、貴族だった頃の生活を思い出すのも珍しくなっている。
こういう社交の場になんてそもそも昔からほとんど出たことがないのだ。自分がまるで場違いなような気がして、自然と緊張してしまう。いざ舞踏会の会場に入る正面口へとたどり着いてからも、しり込みしたように足を止まらせ、中へと入っていく貴族生徒たちを一歩引いたように見つめていた。
「なんだ、背筋伸ばして固まって。お前でも緊張したりすることもあるのか」
不意に声をかけられ、私はびくりと体を震わせてしまった。
ミゲルだった。
いつもだらしなく制服の胸元をはだけさせている彼も、今日ばかりはしっかりとした礼服を纏っている。私もそうだろうが、彼もとても不良とは思えないくらい優等生に見えるほどの様変わりぶりだ。
驚かせてやったぜ、と言わんばかりのにやけ顔をしていたミゲルを見て、私は憂さ晴らしをするかのように頭を小突いてやった。
「いてえっ。なにしやがる」
「別に、なんでもないわ」
「ったく。ちょっとはまともな恰好いたかと思えば中身は相変わらずのゴリラかよ」
「なんですって?」
ぎろりと私が睨むと、ミゲルは蛇を前にしたカエルのように引きつった顔を浮かべた。
まったく、失礼なものだ。
だがおかげで少しばかり気分がいつも通りになった気がする。
「……騒がしいな、お前たち。すぐに場所がわかって助かるが」
「あら、ユース」
今度はユーステインもやってきた。
普段はただ短くしただけのぼさぼさの紙も、お坊ちゃんのように整えて固められている。彼もそれなりの地位を持つ貴族というだけあって、佇んでいるだけでもその品格を十分に感じさせる。
別に呼んでもいないのに集まってくるのは何なのだろう。まあ、今日ばかりは緊張も和らぐので助かった思いだが。
そんないつもの面子で話していると、急に周りがざわつき始めた。生徒たちの視線が一か所に集まる。
エルクだ。
さすがに王子様となれば注目も一際。服装も他の生徒とは一線を画すほどに煌びやかな礼服を纏っている。男子はその高貴さに憧れる目で、女子はその美貌に魅了される目で、やってきたその青年へと熱いまなざしを送っていた。
「けっ。ただの優男のくせにどこがいいんだか」
「……そこがいいんだろう?」
ミゲルとユーステインだけは他と違ってどこか気取った風にそう言っている。
「……優しい男はもてるらしい。そう本に書いていた」
「優しいだけが男じゃねえだろ。それがいいなら母親でも好いてろって話だ」
「……何を言っている。お前は馬鹿なのか?」
「馬鹿じゃねえよ!」
なんともくだらない会話だ。
「ミゲルだって優しいところあるじゃない」
「は?」
「畑仕事、いつも助かってるわ。イヤだイヤだって言いながらもちゃんとやってくれてるもの。そういう優しさって、女子は嬉しいものよ」
「そ、そうか……」
普段の感謝を素直に口にしただけのつもりの私だが、ミゲルは随分と照れた風に顔を赤くして俯いてしまった。どうしてだろうと不思議に首を傾げた私の横で、ユーステインはただ静かに苦笑を浮かべていた。
「やあ」
エルクが私たちのところにやってきた。
自然と周囲の注目がこちらにまで集まる。
来ないで、と内心では思っていたけれど、今日は彼が私の相方となっているのだから避けようがない。
「こんにちは、リーズ」
「え、ええ……こんにちは」
周囲の視線が集まってきたせいで緊張がまたこみ上げてきた。挨拶は引きつっていなかっただろうか。心配になる。
ふと、エルクが私の前に傅き、手を取る。
「今日はよろしく。僕のお姫様」
「ちょ……なに言ってるのよ!?」
「ふふっ。それっぽいかと思って」
いたずらに笑って見せたエルクに、私は顔が真っ赤に売れそうなほど熱くなってしまった。更には、そのエルクの行為が余計に周囲の視線を惹き、私の緊張と羞恥心をさらにあおってくる。
「えっ。エルク様の相手ってあのゴリラなのか!?」
「嘘でしょ。どうしてあんなただの農民の子に?」
「私を選んでくださると思って誰の誘いも断っていたのに……」
様々なひそめき声が漏れ聞こえてくる。その中には、
「いや、でもあのゴリラ、今日はちょっと可愛くないか?」
「まともな服を着れば筋肉女も誤魔化せるもんだ」
褒めているのかけなしているのか、なんとも反応に困る声まで混じっていた。
「気にしなくていいさ。リーズはいつも可愛らしいと思っているよ」
「そういう慰めは別にいいわよ」
「そういうつもりじゃないんだけどな」
ははっ、と気さくに笑うエルクは、周囲の視線など一切気にしていない様子だった。さすが、普段から王族として注目されているだけのことはある。これからの舞踏会に対してもまったく緊張などないらしい。
そっと添えられた手から、実はさっきから少し足が震えている私の緊張が伝わらなければいいが。なんというか、エルクには私の弱みをあまり見せたくないのだ。
『エルクは「自分が彼女を追い詰めてしまったかもれない」って思うようになって、それからは次の婚約者も決めていないままなんだ』
ふと、前にミゲルが教えてくれた話を思い出してしまった。
優しい笑顔を向けてくれているエルク。
しかし彼はいま、どう思っているのだろう。私の――ナターリアのことを。
もうすっかり忘れているのだろうか。
それとも、心のどこかにそれを隠しているのだろうか。
そんなことが頭をよぎり、私は緊張の中に一抹の不安を抱いてしまっていた。体が凍ったように固くなって、手足の感覚すらなくなってしまいそうなほどに緊張している。ただ、エルクと触れている指先の感触だけははっきりと感じられた。
「ひょろひょろ王子が。ちょっと周りにちやほやされてるからって調子に乗ってるんじゃねえぞ」
「なんだ。ダンス相手を取られたことがそんなに不満だったのかい?」
「ち、ちげーよ!」
「ミゲルも他に相手を見つけれたんだろう? 担任教師にあてがわれて」
物静かながら挑発するようなエルクに、ミゲルはまんまと乗せられて怒り沸騰していた。そんなミゲルをエルクはおもちゃを眺めるような面白おかしそうな目で見つめ、騒がしくならないよう上級生であるユーステインがミゲルをなだめていた。
そんな無駄な賑やかさに、私の考え事までかき消された。
「なにしてるのよ、貴方たち……」
「なんでもないさ。さあ、行こうか」
まだ眉を吊り上げているミゲルを置いて、エルクは私の手を引いて舞踏会の会場へと進んでいく。
――つ、ついにこの時が来たのね。
なるたけ心の平静を保たせようと深呼吸をしながら、私も彼について中へと入っていったのだった。




