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 -9 『調達』

「舞踏会といったら、とびっきりのドレスを用意しなくちゃね」


 お母さんはまるで子供のように無邪気な笑顔を浮かべてそう言った。


 舞踏会も迫りくる休日。

 久しぶりに『リーズ』の実家へと戻ると、舞踏会の話を聞いたお母さんはとても嬉しそうにはしゃいでいた。おまけに王子様の相手役ということもあり余計に目を輝かせている。


 貴族たちの社交の場なんてお母さんたちからすれば夢のまた夢のような場所なのだろう。それを想像する彼女の顔は、まるでそこが天使ばかりが踊って極彩色の蝶や花が咲き誇る楽園でも夢描いているかのようだった。


「そんなにはしゃぐこと?」

「そりゃそうよ。女の子なら誰だって憧れを抱くわ。ねえ、マリー?」

「うん!」


 妹のマリーも激しく頷いている。

 そういうものなのだろうか。私にはよくわからないけれど。


 それからよほど興奮したお母さんは、生活に余裕があるわけでもないはずなのに私にお小遣いを渡し、舞踏会に着ていくドレスを買うように言ってきたのだった。


「学院の制服じゃダメなの?」と私は甘く考えていたが、断固として反対された。他の貴族連中は煌びやかなドレスを纏ってくるだろうが、私としてはドレスなんかに無駄遣いはしたくないのが本音だ。


「お姉ちゃんはそういうの疎いもんね。あたしが選んであげる」


 乗り気なマリーが同行し、私はドレスを求めて町へと出ることになった。


 大漁のお金が入った麻袋を持たされたが、これだけ大金があれば好きなだけ美味しいものを食べられることだろう。もったいない。


 ぐるる、とお腹の虫が鳴るのを堪えながら、私は町中を歩いて行った。


「――あら?」


 ふと、道すがらに私が昔よく通っていた町中の図書館を通りかかった時、見知った後姿を見つけた。


 ユーステインだ。

 今回は私に気づいている様子はなく、図書館を眺めながら黙々と佇んでいる。


 ――あら珍しい。


 珍獣でも見つけたかのように私はユーステインへと近づいていった。この前は私を追いかけていたみたいだけど、今日はそういう訳でもないようだ。


 ――学院の外でも図書館か。ユースらしいわね。


 それでも、外に出ているだけ健康的で良いものだ。


 ユーステインへと歩み寄る途中、ふと私は思い付き、したり顔を浮かべて足を忍ばせた。そうしてこっそりとすぐ背後まで近づくと、


「わっ!」

「……うひゃあ」

「わわっ」


 急に背中を叩いてやると、普段の落ち着いた声からは想像できないようなユーステインの素っ頓狂な高い声が飛び出してきて、逆に私の方が驚き返されてしまった。


「……なんだ、リーズか」


 振り返ったユーステインが私に気づき、落ち着きを取り戻して言う。


「びっくりしたじゃない。変な声出さないでよ」

「……それはこっちのセリフだと思うけど」


 呆れた調子でユーステインは私にため息を返してきた。


「珍しいと思って。きょうは、たまたま?」

「……本当にたまたま」

「そう。でもやっぱり本が好きなので」

「……ああ。変だと思うか?」

「良いと思うわよ。何よりも好きなことがあるっていうのは人生の潤いになるし」


 それにユーステインは本好きなおかげで知識も多い。

 これまでも屋上菜園についていろいろと知恵を借りることが何度もあった。今では彼の助言もあって、また菜園の規模を増やして他の野菜を育て始めたほどだ。


 菜園を広げる板や土などの運び込みはミゲルに無理やり手伝わせたおかげですぐに終わったし、水やりを忘れてもミゲルがやってくれるし、収穫が近そうなのがあったらミゲルが教えてくれる。ヤンキー監督のおかげで生育もとても順調だ。


 本人は「なんで俺がこんなことを」と不服そうに言っているが、私が「ありがとう」と満面の笑顔で返すものだから、ミゲルもまんざらでもないような顔をしていた。


「この人、お姉ちゃんの知り合い?」


 マリーが興味深そうに私たちの間に入って尋ねてきた。そういえばマリーは学院に来たこともないので間違いなく初対面か。


「学院の先輩よ、一応」

「……一応ってなんだ」

「すごい! それじゃあ貴族様ってこと!?」

「……ああ」


 うわあ、とマリーは興奮した様子でユーステインのことを見つめていた。貴族の人を間近で見るのは初めてなのかもしれない。彼の私服はいたって質素な見た目だったが、それでも生地はとてもきめ細やかで高級感がある。マリーもそんな自分の貧相な服と見比べて貴族の品格を感じとっているようだった。


「……妹か?」

「そうよ」

「……そうか」


 長身のユーステインが身を屈め、マリーと視線の高さを合わせて彼女の頭をぽんと撫でる。


「……ユーステインだ」

「ゆー、すていん?」

「……おにいちゃん、と呼んでくれていい」

「おじいちゃん?」

「……っ!?」


 辛辣なマリーの一言に、ユーステインはひどく傷ついたように白目を剥いたようなショックを受けていた。確かに多少の歳の差はあるし、身長差もすごいが、そこまでの年齢ではない。


「……俺は、老けているのだろうか」

「気にしなくていいわよ。そんなことはないから」


 私のフォローに、ユーステインはぎりぎり安堵したように胸をなでおろしていた。


「それにしても、ここでなにをしてたの?」


 私は気を取り直して尋ねてみた。

 図書館にも入らずに何をしているのだろうと気になっていたのだ。


 私の問いに、ユーステインは手に持っていた紙を私に差し出してきた。


「これは……新聞?」

「……ああ。さっき配られてたんだ。それを読んでた」

「座って読めばいいのに」

「……一度読み始めたら、没入して。歩くことを忘れてた」


 なるほど、本の虫であるユーステインらしい。活字を見かけるとついそればかりに集中してしまうのだろう。それだけ集中していたから、後ろからこっそり近づく私に全く気付かずに驚いてしまったというわけだ。


 ユーステインは私にその新聞を手渡してくれた。


 あまり枚数の多くないものだ。無料で配られていたらしく、私たちの他にもそれに目を通している人がいくつか見受けられる。その中身はちょっとした町中のお店の宣伝や、町の外における盗賊などの治安に関するものばかり。その中で、ふと私の目を引いた記事があった。


『王国兵 秘密裏に人員を導入して何か不審なことを行っている様子』


「これって……」


 王国兵といえばミゲルの父親が統括している治安維持部隊だ。


「もしかして、この前の?」

「……かもしれない」


 私やエルクを尾行するためにわざわざミゲルが王国兵から人員を借りてきたことがこの前あったばかりだ。おそらくそのことを書かれているのだろう。


「……王国兵はむしろ、最近は軍事費などの削減が行われていてだんだん影響力が小さくなってきているらしい。町の治安も良くなったし、暇なんだろうね」

「その暇つぶしにご子息様のストーキングのお手伝いねえ。なんとも恰好悪いけど」

「……治安維持に忙しくないのはいいことだ」


 まあ確かに。

 私もたまにこの町で耳にするのはせいぜい窃盗くらいか。誠二も安定していて比較的住み心地のいい街だとは思う。


 おかげで王国兵たちもミゲルの遊びに付き合ってあげられるほど余裕があるということだろう。


 しかしそれだけのために、新聞に取り上げられるほどの大事になっているなんて馬鹿みたいな話だ。ミゲルは何か怒られたりしないのだろうか。心配だ。


 それに、私はそれを間違いだと知っているが、他の人たちはその内情など知りもしないだろう。ありもしない不安を煽ってしまうのは間違いない。


 これが余計な不穏につながらなければいいが。


 ――まあ、私には関係のない話か。


 もう私はそういう面倒な話に近づく気はない。私の両親がクーデターを企てて失敗したばかりだ。もうそんなことをしようとする馬鹿もいないだろう。


 何事もなく、平和に進めばいい。


 それにもうすぐ舞踏会がやってくるのだ。

 私としてはそればかりが気がかりで、他に何かを考える気にもなれない。


「あ、そうだ。ねえユース。貴方は舞踏会のためのドレスって用意したの」

「……え、まあ。そういうのは使用人が」

「あら、そう。実は私、今からそのためのドレスを買いに行くのよね。ちょっと一緒にどうかしら?」


 ――荷物持ちとして。


「……えっ!」


 私の提案に、ユーステインは激しい動揺を見せた。


「……そ、それって……二人で……」

「あたしもいるんだけど」


 マリーにじとっとした目で睨まれ、ユーステインはがっかりした風に「……そうだな」と肩を落としていた。


 舞踏会でまともに踊れるか不安だ。

 だが一度エルクの頼みを受けてしまった以上、いまさら断ることもできない。


 どうなるかわからないがやってみるしかない。


「……みっともない踊りでもドレスを着たらごまかせるかしら」


 無事に終えられることを、私は切に願ったのだった。


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