-2 『お料理会』
クルシュの料理指導は学院の食堂を借りて行うことになった。
寮の食堂は少し狭く、二人も入ると邪魔になる。それにエルクが学院側に口をきいてくれて、向こうからも快く承諾を得ることができたのだった。
休日。
いい具合にお腹がすくくらい燦々と日差しが照り付ける陽気な昼下がり。
学院の中は制服でなければならないのでいつもと変わりない格好だが、食堂にやってきたクルシュは可愛らしいエプロンをつけていて、三角巾まで頭に巻くほどに気合を入れていた。
これはこれで家庭的な感じがして可愛い。
眼福眼福、と堪能している私だが、それと同時に不快感もある。それは、何故かここにまで同伴していたエルクのせいだ。
――なんでまたいるのよ。
彼はエプロンなどはまったくしておらず、厨房の外の椅子に腰を掛けてこちらを覗き込んでいる。優しい表情でただ見守っているだけのつもりなのだろうが、私としては、まるでエルクに監視でもされているようで気が気でなかった。
――実は私の正体に気づきかけてて、言い逃れができないようなボロがでてしまうのを見張っているんじゃないの!?
なんていう疑心暗鬼にまで駆られている。
「お土産に焼き菓子を作ってきてもらったんだ。食後に食べよう」
「それに関してはでかしたわ、エルク」
すっかり『食べ物を与えればいいだろ』みたいに扱われているようで悔しい。けど抗えない!
どうにせよ、とにかく今は普通に過ごすしかないのだ。
私は諦めて、クルシュとの楽しい時間を満喫することにした。
「ミゲル。屋上から野菜を採ってきてちょうだい」
「なんで俺が」
ミゲルも顔を出させている。
本人は最後までひどく嫌がっていたが、当日にはしっかり遅れることなく食堂に来てくれていた。
「来てくれたのね」と私が嬉しそうに言うと、ミゲルはまんざらでもない風に照れていた。
「良い感じのを採ってきてちょうだい。できれば大きい方がいいかも」
「お前が行けばいいだろ」
「何のために貴方を呼んだのよ。私は作る準備とかクルシュに教えたりとか色々することがあるのよ。あそこの王子様は見守ってるだけだし。ほら、頼りにしてるわ」
「……ふんっ」
不機嫌そうながらもミゲルは結局屋上まで取りに行ってくれた。もうすっかり手が土で汚れることへの抵抗もなくなっていそうだ。私たちが料理の準備を進めているうちに、麻袋いっぱいのカブを収穫してきてくれた。
ちょっと量が多すぎるが、もし作りすぎたなら寮のみんなにでもおすそ分けすればいいだろう。
「すごいね。これ、全部あそこで育ったものなのかい?」
エルクが感心した風に驚く。
貴族のお坊ちゃんとなれば、土がついたままの獲れ立ての野菜すら珍しいことだろう。
「随分と大小さまざまなものがあるようだけど」
麻袋の中を覗き込んだエルクに、ミゲルは鼻で笑って言った。
「こいつは種類が違うんだぜ。小さいのは育ちが早いから、また新しい菜園を作ってそっちでも育て始めたんだ」
得意げな口ぶりだ。
実際、良く手伝ってくれているおかげもあって、ミゲルもそれなりに知識を蓄えてきている。最近では私よりあの菜園に居ついているので、成長具合なんかは彼の方が詳しいまである。
「ま、お前には見わけもつかないだろうがな」
ミゲルはエルクに対して優位を取ったかのように鼻を高くしていた。いきなり見下され、しかしエルクも苛立ちこそ顔には出さず、少し声調だけを低めにして返す。
「ははっ。僕は土いじりをしたことはなくてね。貴族の家だとそういうのをする機会がないから」
「ふんっ。俺様に知識で負けたことが悔しいんだろ? 素直になれよ」
「他の部分で勝っているから十分さ」
ミゲルとしては、これまでずっと不良生徒として落ちこぼれ扱いされ続けていたこともあって、優等生の鑑であるエルクに一つでも勝てることがあったのが嬉しいのかもしれない。それで随分と上機嫌に煽り文句を投げかけているが、エルクはそれを軽くあしらうように上手くかわしていた。
なんとも話の内容だけではひどく不仲そうだが、ある意味ではお互いにまったく包み隠そうとせず気軽に本音をぶつけ合っているあたり、意外と仲は良いのかもしれない。
「くだらないことで張り合って。まったく、男の子ね」
まあ変にいがみ合って空気が悪いよりはずっとマシだが。
さて、料理の準備もしっかりとしなくてはならない。
屋上菜園で育てたカブの他にも、野菜やちょっとした干し肉などは食堂から分けてもらえた。材料の量がそれなりに多いし、幸いにも食堂の厨房はとても広い。私が隣で実際に調理しながら、教えつつクルシュにも同時進行でやってもらうことにしよう。
「えっと、お鍋は二つあったからしら」
「……ここに」
「ああ、ありがとうユース――って、ええっ!?」
いつの間にか私の真横にいたユーステインが戸棚から鍋を取り出してきて、私は思わず素っ頓狂に声を上げてしまった。
音もなく、知らない間にそこにいたのだ。
さも当たり前のように私の隣に立ち、しかもしっかりエプロンまでしている。
「……どうした」
「いや、どうしたもなにも。なんでいるの?」
「……たまたま見かけたから」
食堂にいる私たちをどうたまたま見かけるのか。ここに来る途中だろうか。
「……手伝う」
「――あ、そう。わかったわ」
引きこもりの癖に比較的体格はいいユーステインが、固い表情にひどく不似合いなエプロンまでつけているのだ。今さら帰れとも言いづらい。それに作りすぎるかもと思っていたので、人数が増えるのはむしろ歓迎かもしれない。
しかし安易に頷いた私とは別に、
「先輩は何もしないほうがいいんじゃないですか?」
そう声を上げたのはエルクだ。
椅子に腰かけていた彼に、ユーステインはぴくりと眉を持ち上げる。
「……エルク。キミもいたのか」
「ええ、いますよ。先輩も料理なんてやったことないでしょう? 経験がないことは知ってますよ。先輩も幼馴染みたいなものなんですから」
そういえばユーステインも国の中枢の家系である。昔から付き合いはあるのだろう。
「邪魔になるだけです」
「……俺は知識がある。料理のやり方は、本にも載っていた」
「実際にやるのとは別でしょう。厨房は大の男が入ると狭苦しくなりますし」
「……人手はあるに越したことはない」
ユーステインはてこでも厨房から出ようとはしなかった。
私としては手伝ってくれるのなら別にいいのだが、エルクは不満らしい。なにがそこまでイヤなのだろうかと思ったが、ふと思いつく。
厨房はさすがに同じところに三人も一緒にいれば少し狭い。それにいろいろな器具などを取ろうとすると、腕を伸ばした際に体がぶつかりそうになることもある。実際、さっきから私もユーステインと何度も肩が当たったりしていた。
――クルシュを心配してるってことね。
エルクも年頃の妹を守ろうとしているのだろう、と私は考えた。
「じゃあユースは外で皮むきをしていてちょうだい」
「……え」
「そこの袋の中に入ってるの、とりあえず全部ね。結構な量があるから頑張って」
「……ええ」
私が指さした先には、こんもりと山のように袋詰めされた野菜たち。これをすべてやるのか、と言いたげにユーステインはイヤそうに眉を顰める。
「手が足りないんならエルクを使ってもいいから」
「どうしてだい!?」
「いいじゃない。貴方も暇なんでしょう?」
「それは……いや、だが」
「働かざる者食うべからず。一人だけ楽して美味しい思いしようなんて駄目よ」
私にそう押し付けられ、エルクは唖然とした顔をしていた。それもそのはず。王子様が皮むきなんてやったこともないだろう。
最初は嫌がっていたエルクだが、私がどうしてもと何度か念を押した末、ついに諦めた顔を浮かべて渋々腰を持ち上げていた。
「お似合いだぜ、王子様」とくすくす笑うミゲル。
「貴方も手伝ってあげてね、ミゲル」
「はあっ!?」
驚きながら不満そうに顔を見やってきた彼に、私はにっこりと笑顔を浮かべてエルクたちのいる方を親指で指したのだった。




