3-1 『手料理』
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私の地味で平凡な学園生活――だったはずが、いつの間にか周囲から妙な目で見られるようになっていた。しかし変に注目をされては、もしかすると私がナターリアであることに気づかれる可能性も高くなる。もし気が緩んで太りでもしたら、その外見からすぐに気づかれるだろう。ナターリアはいまだ行方不明扱いのままなのだ。
あまり目立ちたくもない私としては非常に悩ましい事態だった。
悪目立ちの理由も簡単。
政界の大物たちの子供、と言われるような男たちがどういう訳か私の周りに集まっているからだ。私としてはそんなつもりもなかったのに、どういう訳か、私にとっての危険人物ばかりと親しくなってしまったのだった。
しかし今さら拒むというのも不自然というもの。
そのため、私は自分の秘密を隠しつつ彼らとうまく付き合っていくことを決めた。
まさか国家転覆の疑いで捜索されていた女が、彼らの学友として近しい場所にいるとは逆に考えづらいかもしれない。
バレれば処刑。
バレなければ高学歴高収入を得て人生勝ち組。
そんな意味の分からない学院生活を、私は今日も楽しんでいる。
「手料理を作ってみたい?」
クルシュを寮の自室に呼んで一緒にお茶をしていると、ふと彼女がそんなことを言い出していた。
「はい、そうなんです」
「経験は?」
「……実は、まったく」
クルシュは椅子に腰かけたまま、気恥ずかしそうに体ももじらせた。
それもそうだろう。
貴族なんてものは普通、専属の料理人がいるものだ。私だってそうだった。
自分でする機会なんてあるはずがないし、そもそもそういう発想にすら至らないだろう。
それでもクルシュが料理に興味を持ったのは、私がいろんな料理を作って振る舞うことが多くなったからだろう。休日などはクルシュをこうして部屋に呼び、食堂の厨房を借りて作った手料理などを振る舞うことがよくあった。菜園でとれたカブもいい具合に材料となってくれている。そろそろ他の野菜を植えてみるのもいいだろう。
他の生徒たちにも私が料理をしているという噂は広まっているようで、級友の女の子たちも私のそれを目当てにやって来ることまであるほどだった。彼女たちにも私の料理はどうやら評判だったようで、以前の身体測定の件で『山から下りてきたゴリラ』だなんだと陰で言われていた私は、今では『山から下りてきて飯を作るのがうまいゴリラ』という謎の枕詞が更に
くっついていた。
そんなこんなで自分の無限に湧いてくるような食欲を満たすため、いろんな食材をどうにか調達しては、料理を作って食べる毎日。もちろん太らないように運動も欠かさず行っている。
それにどうせ食べるのなら誰かと食べたほうが楽しいものだ。
――前は、いるのは給仕の使用人ばかりで一緒に食べる人もあまりいなかったな。
お父様とお母さまと三人で食べることはあったが、二人はよく他の貴族の家に会食に出向いたりもしていた。あまりいい思い出はない。
それに比べてクルシュは私が出す料理を「美味しいです!」と嬉しそうに笑って食べてくれるので、いつも充実した気分にさせてくれる。私まで楽しくなってくるようだ。
「自分の作った料理を美味しいって言って食べてくれるのって、なんだかとても嬉しい気分になるわね」
私がそんなことを言っていたのもあって、クルシュもやりたくなったのだろう。
「私の下手な料理でも、喜んでくれるでしょうか……」
自信なさげにそう言っていたクルシュを、私は全力で応援することを決意した。
――きっとあれね。エルクのために手料理を振る舞ってあげたいってことね。うーん、なんだか可愛らしい乙女心だわ!
クルシュが男の子だということを本当に忘れそうになるほどだ。以前にもエルクのことを慕っているようなことを言っていたし、やはり間違いないのだろう。
――ここはクルシュ大好きの私として、彼女の背中を全力で押してあげないと!
「喜ぶに決まってるわ! というか、クルシュが真心を込めて作ってくれたのならどんな料理でも喜んじゃう!」
「ほ、本当ですか!?」
「もちろん! だから、お料理も頑張りましょう」
「はい!」
私の言葉に発破をかけられたのか、クルシュはとても真剣そうに頷いていた。
――純朴な乙女の恋路、応援しなきゃ野暮ってものよね。
級友の女の子たちが恋愛物語をきゃっきゃうふふと語っていたのを馬鹿にできないくらい、私もクルシュのことに心をワクワクさせていた。まだそれほど長い付き合いという訳ではないが、クルシュのことはもう実の妹のように可愛いと思っている。
そんな自分とは無縁な色恋沙汰に心ときめかせていると、部屋の扉がノックされた。
誰だろうかと思って出てみると、エルクだった。
「お迎えにあがったよ、クルシュ」
爽やかな笑顔が向けてきたエルクに、私は苦笑を浮かべて見つめ返した。
「貴方ねえ……ここ、女子寮よ? なんで当たり前のようにここまで来てるのよ」
「クルシュの迎えのためにさ。ちゃんと許可も取ってるよ」
「男子禁制って聞いてたはずなんだけど……」
「そうなのかい? みんな、喜んで招き入れてくれたけど」
それはおそらくエルクだからだろう。
イケメンで、王位継承権を持つほどの男なのだ。理想の王子様。女子生徒たちはさもうっとりと目を蕩けさせていたことだろう。
しかし私としては、こうも危険人物に部屋までやってこられると気が休まらないのだ。
厄介者の虫でも見るように嫌悪感丸出しの顔を浮かべる私に、しかしエルクはまったく気にしない様子でにこにこと私を見ていた。
おまけに最近は、
「ああ、そうだ。今日はうちのメイドにクッキーを焼かせたんだ。迷惑料としてどうぞ」
「……それはどうも」
私が食欲にめっぽう弱いことを知ってか、手土産まで持ってくる始末。私もそれはつい条件反射のように受け取ってしまうので、邪険に押し返すこともできなかった。
「さあクルシュ。そろそろ帰るよ」
「お兄ちゃん……もう、毎日来なくてもいいのに」
さすがにクルシュも過保護すぎる兄が恥ずかしいのか、照れた様子で駆け寄ってきた。そういうちょっと顔を赤らめたような仕草も可愛らしくて、私がクルシュを推す魅力の一つだ。
「帰りたいときに帰るから私は大丈夫だよお」
「暗くなったら大変だろう」
「寮は学院の敷地内だから安全だってば」
「そうかい? だが、万が一ということもあるからね」
「うう……」
クルシュとしても、この過保護な兄の迎えはやめてほしいらしい。前にそれについて愚痴を漏らしていたこともあったくらいだ。しかしエルクは断固として私の部屋にまでやって来るのだという。
私の前で恥ずかしさを堪えながらエルクに必死に言い聞かせようとするクルシュ。ああ、可愛いらしい。
――うんうん。大好きなお兄ちゃんに迎えに来られると恥ずかしいのよね。乙女の恥じらい、グッドだわ。本当は嬉しいけど照れのせいでつい突き放しちゃう女心ってね。
一挙手一投足すべてが可愛くて、眼福だ、とばかりに微笑ましく眺めてしまう。そんな私の袖をクルシュは掴み、
「あのリーズさん。もう少しここにいてもいいですか?」
「おい、クルシュ!?」
私の後ろに隠れたクルシュに、エルクは驚いた顔を浮かべた。
思えば、エルクの言うことに逆らったところを見るのは初めてかもしれない。
――思春期特有の反抗期ってやつね。うんうん。
「クルシュ、駄目よ。本当はお兄ちゃんに迎えに来てもらえて嬉しいくせに」
「ち、違いますよお……」
手助けのつもりで言った私だが、しかし何故かクルシュはしょぼんと言葉尻を落としてしまった。
「私はもっと……リーズさんと……」
「私と、なに?」
「あの、その……」
何故かクルシュの顔がさっきよりも赤くなり、言葉を詰まらせる。
どうしたのだろうか。
私の後ろに隠れたままもぞもぞとしている。
それから数瞬の間があって、クルシュは、
「もっとお料理の話も聞きたいですし!」
「ああ、それね。でももう遅い時間だし今度でもいいんじゃないかしら」
「うう……はい」
思いつめたように言ったクルシュだが、私にあっさりと返され、彼女はがくりと肩を落としたのだった。
「料理?」
ふと、エルクが首を傾げた。
――しまった!
と私は焦った。
――クルシュがエルクのために料理を作るということを知られちゃったのはマズイんじゃないの!? 秘密にして、驚かせたりした方が絶対いいわよ!
私の脳内で巡る恋愛乙女計画では、そっちのほうが喜ばれるに違いないという計算が組み上げられていた。
「料理を作るのかい、クルシュが?」
「はい、そうなんです。リーズさんに教えていただこうと」
――ちょっと、なにさらっと教えてるの!?
これではサプライズができないではないか。
何も教えずに呼び出して、愛しのお兄ちゃんに心を込めたお返しを、といきなり手料理を振る舞って驚かせる。まだ子供だと思っていた弟の意外な一面を知り、もう子供じゃないんだな、と心ときめいて意識し始める……。
そんな私の妄想が、いま、瓦解した!
「ああああああ……」
「何を悶絶してるんだい?」
「なんでもないわよ!」
まさに逆切れもいいところとばかりに私はエルクに怒鳴りつけていた。




