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 -13『屋上菜園の変な奴』

 それから、屋上菜園の改良計画がはじまった。


 一番の問題であった水はけ。

 それに関しては、大量の本から得た知識からユーステインが案を出してくれた。


「……土の下に空間を作ればそこから水は勝手に抜けていく」


 具体的には、木の囲いだけで作っていた菜園を少し改良し、下に通気性の良い木組みのスノコを敷くことにした。これなら細かい網目を縫うようにして水が流れ落ちてくれる。そして排水した水分がそのまま校舎の雨樋となる溝へと流れる仕組みも作った。


 これで万が一の大雨になってもしっかりと水が通り抜けてくれることだろう。


「たとえ手探りでも、やってみるのは大事ね。失敗したら他の方法を探せばいいし。やらないよりはずっといいわ」


 さっそく新しい種をまいて、それからしばらくは様子を見守っていった。


 私も、ユーステインもたまに様子を見に足を運んでくれた。ミゲルはいつも屋上で寝ているので、そのついでに気になったことを見つけたら報告してもらうようにお願いしている。イヤだイヤだと言ってはいたが、なんだかんだ、忙しくて水やりができないときは代わりにやってくれたし、意外と前評判に比べてやはり優しい一面もあるようだ。


 それに最も周りを驚かせたのは、そんな新しい菜園を作ってから数日が経った朝のことだ。いつものように登校してきた級友たちと朝の挨拶をかわしていると、急に教室がざわついた。何事かと目をやると、これまで一度も教室で見たことがなかったミゲルがやってきたのだ。


 驚きや恐怖の目を向けられる中、彼はそんなものも厭わずに空いている席へと腰かけた。


 なんで彼が。どうして。何をしに来た。そんな囁き声が教室にいくつも響くが、しかしミゲルは「なんか文句でもあるのか」と言いたげに全員を睨み返していた。


 珍しいこともあるものだ、と私が彼に歩み寄ると、級友たちはまるで私を猛獣に手を差し出した愚か者のような目で見てきた。けれど私も気にせずに声をかける。


「あら。お昼寝しにいかなくていいの?」

「……ふんっ。あそこにいたら一生植物の監視を押し付けられそうだからな。それに雨の次の日は土臭くて眠れもしねえ」

「あらら。でも私、あの匂いもけっこう好きよ」

「ったく、これだから田舎娘は」


 少しの会話のやり取りの後、私が何も席に戻ると、級友たちは口々に私に心配を向けてきた。


「大丈夫だった?」

「危ないですよ?」


 随分と熱心な心配ぶりだったが、果たしてどこにそんな必要があるのだろう。私は何もないというように小首をかしげると、


「ミゲルはいい子よ。私の菜園を手伝ってくれてるし」

「ええっ!?」


 その日、教室中がその驚きで話題持ちきりだった。


 実際、ミゲルはとても手伝ってくれている。スノコを敷くときも、土を一度どかしたりまた戻したりとする作業を、散々に愚痴を漏らしながらも手伝ってくれたのだ。


 彼のことを悪いという人間は、むしろその人の方が信用ならないくらいだ。


 そうして私が普通に彼と接し、たまに話したりすることもあってか、最初は警戒していた級友たちも次第とそれを解いていった。ミゲルも相変わらず授業中に昼寝をしたり講義も真面目に聞かなかったりと相変わらずの不良ぶりだったが、それからちゃんと毎日登校だけはするようになったのだった。


 いつしか彼に声をかける生徒もではじめ、最初は浮いていた彼も、数日たった頃には学級の一員としてすっかり馴染んでいた。


 心なしか態度も砕けてきている気がする。


 その最たる例として感じたのが、それからしばらくしての屋上でだった。


 授業が終わって放課後。

 私が菜園の具合を楽しみにしながら屋上を訪れると、先にミゲルがやってきていた。扉が開いた音で私に気が付いたミゲルは、犬の耳がぴくりと反応するかのような早さで振り返り、


「おいリーズ! こっちのカブが良い感じに育ってるぜ! もうすぐ収穫できるんじゃねえか?」


 そんなことを、菜園を指さしながら嬉しそうに言ってきた。

 なんとも、最初はまるで興味がなさそうだった癖に、今ではある意味で私よりも楽しんでいる節がある。


 彼なりに打ち込めることができて嬉しいのかもしれない。


 カブの声調を喜ぶようにはしゃぐミゲルだが、しかしやって来た私を見て――正確には私の後ろを見て、その子供のような無邪気な笑顔をピシリと凍らせた。


 実は今日、順調に育っている菜園の様子を見せる約束をクルシュとしていたのだ。放課後に迎えに行って、談笑しながら一緒に来た。それだけなら良いのだろうが、更には保護者面でエルクまで当然のように同行してきている。


 ミゲルはエルクの顔を見た瞬間、血の気を引いたような顔でテンションを下げていた。


「おや、ミゲル」

「――げっ」


 ミゲルの口元が引きつる。

 こいつにだけは見られたくなかった、と言わんばかりに顔を赤らめていた。


「知り合いなの?」

「ああ。家の関係で古くからの付き合いだよ」

「へえ……家の関係の付き合い?」


 王族との付き合い、とは?


 たしかに普通の貴族でも王族と接する機会はあるだろう。だがそう近しいものではないはず。となると……。


「知らないのかい? ミゲルは我が国の国軍――しいては王国兵、その最高司令官を代々務めている公爵位のノーベルザーク卿の長男なんだよ」

「ええっ!?」


 私は耳を疑う程に、エルクの言葉に驚きの声を上げてしまっていた。


 ――ちょ、ちょっと待って! 聞いてないわよ!


 私の脳内は一瞬にしてパニックに陥っていた。


 王国兵といったらこの国を治める要。諸外国との戦争を行う国防軍とは別に、重大事件や治安維持などを行う警察的組織だ。それはもちろん犯罪者を取り扱うわけで、私の両親をつれていったのもその王国兵なのだ。


 そして、もし私がナターリアだと知られた時にやって来るのも彼らである。


 ――ってことは、私の敵じゃない!


 まさか死神の鎌を担いでやって来る連中の司令官の子だとは。ある意味で間違いなく私が最も関わってはいけない人間の一人ではないか。


「そういうことはもっと早く言いなさいよ!」

「何だよお前、知らなかったのかよ」


 まだ顔の赤さを引きずらせながらミゲルが言う。


「知らなかったわよ、悪い!? もう!」

「な、なに怒ってるんだよ」

「別に怒ってないわよ!」


 口ではそう言いながらも、どう見てもただ逆切れしているようにしか映らないだろう。実際、その身勝手振りにミゲルも呆れた調子で肩をすくめていた。


 しかし彼にとっては些細なことかもしれないが、私にとっては大事なことなのだ。


 もし私が捕まることになったら――そう考えると、ミゲルと親しくすることは危険だ。


「なんだよ。俺がノーベルザークの子だとダメなのかよ」

「駄目じゃないわよ。ただ、こっちにもいろいろと都合があるの」

「意味わかんねえよ」

「わからなくて結構!」


 わかられたら私は処刑台行きだ。


「ああ、もう。どうしてこうなるのよー」


 国の最高権力者である国王の息子に、司法のトップの息子、それに国軍を率いる司令官の息子。この学院でただ平凡に生活して学歴だけを得るつもりだったのに、どうして危険人物ばかりが私の周りにやってくるのか。国の中心人物ともなれば、私の両親の事件について知っていてもおかしくはない。これでは自ら危険を招いているようなものではないか。


 どうしてこうなった。どうしたものか。

 ああ、もう。どうしたら――。


 いろいろと、ぐるぐると考えた結果、


「…………もういいや。なるようになれよ」


 考えることすら放棄して、私はとりあえず菜園の様子を見に行くことにした。あはっ、と阿呆面を浮かべてクルシュを呼ぶ。


「凄いですね。育てているカブは初めて見ました」

「もう収穫できるんじゃないかしら。ちょっと引っこ抜いてみましょ」

「は、はい」


 菜園に備え付けている手袋をはめて引っこ抜いてみる。


「よいしょっと。あら、けっこういい感じ」

「ほ、本当ですね! ちょっと小ぶりで可愛い……」

「可愛いわよねー。カブも、クルシュも」

「わわっ。も、もう、リーズさん……」


 一緒に菜園を覗き込むクルシュの反応に癒されながら、私は頭を空っぽにして今この瞬間だけを楽しんでおくことにした。


 そんな私たちを、後ろからエルクとミゲルも見守る。

 思考放棄してぽかーんとした顔を浮かべている私を他所に、隣同士並んだ二人が微妙な距離を取り合って言葉を交わす。


「それにしても驚いたよ、ミゲル。キミが彼女の手伝いをしてあげてるだなんて。いつも僕たちを避けていたようだったし、こうやって誰かと交流を持つのは嫌いなのかと思ってた」

「……うるせえ。無理やり巻き込まれただけだ」

「なるほど」


 エルクは達観した風に微笑を浮かべ、私を見やってくる。。


「そうは見えなかったけど」

「どういう意味だよ」

「リーズといる時のキミは、なんだか無邪気な子供みたいに楽しそうだなってね。借りてきた猫みたいだ。他の人の前ではひどく不愛想なのに。何か心の変化でもあったのかな?」

「別にそんなんじゃねえよ!」


 笑いを含んだエルクの声に、ミゲルは不満そうに彼を睨みながら言い返していた。気まずそうに彼の視線が泳いだかと思うと、ふと私へと向けられる。


「ただ……あいつは、他の連中とは違う。俺が、ミゲル=ノーベルザークだからってだけで決めつけてこなかった。すぐにレッテル張りしてこなかった。俺を、真っ先に疑いやしなかったんだ。それどころか、俺のことなんて構いやしない、どこまでも自分勝手のじゃじゃ馬娘だ。俺が誰だろうとかまいやしない。ただそこにいる『俺』に話しかけてきて、好き放題にこき使って、そうしていつの間にかこうなってた」


 普段つんつんしている彼の目元が少しだけ緩んだようにして、まるで話を聞かずに農作業を続けている私をそっと見やる。


「ノーベルザークの悪童だとか、そういうのはもうどうでもよくなってて。なんだろうな。あいつの前では、俺はただの『ミゲル』になっているのかもしれない」


 その声はどこか嬉しそうで、隣で聞いていたエルクも頷くように穏やかに笑んでいた。


「本当に変な奴だよ、あいつは」


 そう言って、ミゲルはにっかりと明るい笑顔を浮かべたのだった。


「そうだね。僕もそう思うよ」

「…………ん?」

「…………なにか?」


 ふと二人の視線がぶつかった。

 気のせいだろうか。何故か火花が飛び散るようににらみ合っている。しかし二人ともそれ以上は何も言わずに、ただけん制するようにお互いを見つめあうばかりだった。


 そんな二人のいざこざも人知れず、私は能天気にカブを引き抜いては「大漁よ! 大収穫よー!」と女の子らしさの欠片もない土まみれの笑顔を浮かべていたのだった。



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