-6 『不良少年』
そこにいたのは、随分と目つきの悪い男子生徒だった。
まるで寝癖を直す気もないようにつんつんとした髪と、そんな機嫌の悪さを体現したような細長の釣り目。着崩した制服はいかにも不良といった雰囲気を醸し出すその青年は、菜園を前に屈みこんだ私を蔑むような厳しい目つきで見つめていた。
私は直感的に感じ取った。
――彼が件のノーベルザークね。
級友たちが話していた不良生徒。
上品さこそがアイデンティティであるような貴族連中ばかりが通うこの学院の中で、明らかに私と同じく異分子的存在であること。それだけで特定することは雑作もなかった。
関わらないほうがいいとまで言われるほどの男。そんな問題児を前に、私はどうしたものかと反応に困った様子で――ただ睨み返していた。不良だろうと決して臆するつもりはない。
そんな私の目つきが気に入らなかったのか、単純に無視されたようで癪に障ったのか、不良生徒は舌打ちをして私へと歩み寄ってきました。
さすがに歩き方はちゃんと教え込まれているのか荒れてはいないが、何のためらいもなく私の目の前にまでやってくるものだから、ついその勢いに圧されてしり込みしてしまいそうになった。けれどそれも負けた気がして、むしろ強気に目を向けて睨み返す。
「おい」
「なにかしら?」
随分と不遜な態度に、私も強気に返す。
するとより上乗せするように彼も土器を強めてくる。
「そこで何をやってるんだって言ってるんだ」
「見てわからない? 菜園を作ってるのよ」
「誰の許可を得てやってんだよ。俺は許可してないぜ」
「学院長の、だけど」
私がさらりと返すと、不良生徒は不機嫌に唇をゆがませた。
「ここは俺の昼寝場所なんだ。勝手なことをするな」
「知らないわよそんなこと。何も置かれてなかったし。証拠もなし、名前でも書いてあったのかしら?」
「今まで俺がずっと使ってきた場所だ。証拠も何も、それだけで理由になる」
「ただの不法占拠じゃない」
私は呆れ調子に肩をすくめた。
「なるほど。授業をさぼってここで寝てるってわけね。そもそも最初から最後までさぼるのなら学院に来なければいいのに。それでも来るってことは、家は厳格だから開き直って不登校になることもできず、かといって授業は受けたくない、っていうどっちつかずになっちゃってるわけね」
もしかすると彼の家には「ちゃんと通学している」という建前で報告されているのかもしれない。もし素行の悪さが問題で退学にでもなれば家の名前に傷がつく。それを許しはないだろう。しかしこれだけ自由奔放にしているのは、学院側もそれを注意しづらいほどには影響力を持つ家の子なのだろう。
彼の家、ノーベルザークといったか。
――うーん、どっかで聞いたことがあるような気が……気のせいかしら。
前世の私はそこまで交友は広くなかったのだが、それでも公爵家の一人娘だ。それなりに名のある家柄ならば耳にしたことくらいはあるはず。
――まあ、問題児には関わらないほうがいいのはそのとおりね。適当にあしらうことに……。
「ああっ!」
ふとあることに目が留まり、私は大声を上げた。そう急に叫ぶと同時に私の顔が鬼のような凄みのある形相に変わったものだから、不良生徒も驚いた風に面食らっていた。
そんな彼へと私は逆に激しく詰め寄る。そしてたじろぐ不良生徒の足元に屈みこむと、彼の片足を思いきり持ち上げた。
「うわっ、何しやがる!」
「踏んでるの!」
「ああ?」
「私の鍬を踏んでるのよ、この大馬鹿!」
お父さんが貸してくれた、女の私でも扱えるちょうどいい大きさのものだ。その先っぽを不良青年は無意識に踏んでしまっていたのだった。急に叫んだものだから、不良生徒も驚いた風に身をのけぞらせ、すんなりと持ち上がった足の下から鍬を急いで救い出す。
「な、なんだよお前……」
「農具は農家の命なのよ!」
鍬を抱きしめた私は、殺意をこれでもかというほどに込めて彼を睨みつけた。
「そ……そんなことよりも、ここは俺の」
「そんなこと!? いま、そんなことって言った!?」
「え、いや……」
すっかり怒りのスイッチが入ってしまった私は、そうやっつけ気味に不良生徒を怒鳴りつけてしまっていた。l
「何だよ急に。百姓みたいなこと言いやがって」
「正真正銘、百姓の娘ですが?」
「なに……そうか、お前が。どうりで話が通じないわけだ」
「なによ。ちょっと家柄が良いからって優遇でもしてもらうつもりだった? おあいにく様、そういうのはしない方針なので」
王族であるエルクに対してすらそうなのだから、今さら変えるつもりもない。
「お布団がないと寝れないお坊ちゃまでもあるまし。まだまだ場所はあるんだからそこらへんで寝てればいいじゃない!」
「なっ……!」
まったく引き下がろうとしない私についに不良生徒も呆れ果てたのか、不機嫌に鼻を鳴らすと、また少し離れたところに腰を下ろして寝転がった。
「ふん、勝手にしろ。俺も勝手にする」
「ええ、どうぞご勝手に」
お互いに意地を張ったように気持ちを譲らず、私は黙々と菜園の手入れを、不良生徒はそれも気にせずに昼寝を始めたのだった。




