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 -5 『屋上菜園』

 学院の授業は小難しい座学ばかりではない。


 必死に根を詰めて図書館に通い勉強しつくした私からしてみれば、もう勉学のべの字も見たくないくらいだった。


 この学院に入るために勉強しただけであって、学ぶことが好きなわけではない。試験に引っかからず卒業できる程度に程よく勉強し、あとは如何にうまく手を抜くかばかりを考えている。


 とにかく卒業さえしてしまえば箔はつくのだ。学歴としてしっかり名乗れる。そうすれば卒業後の働き口は引く手あまたというバラ色の未来が待っているのだ。


 そんな小狡い考えばかり浮かべている私にとって、座学以外の授業は非常に心地よいものだった。音楽の授業はリズミカルな旋律がいい昼寝――もちろんバレないように――の導入剤になってくれるし、美術の授業は適当に筆を動かして絵を描いていればいつの間にか終わっている。体育は農作業でいつの間にかついた体力のおかげで簡単だ。


 教室の机では死んだ魚のような目でペンをとっている私も、その時ばかりは生き生きとしていた。


 中でも私が最も張り切ったのは、植物を育てるという授業だった。貴族がほとんどのこの学院では、植物どころか花にすら直接触れたことがない生徒だって少なくはない。そんな彼らに様々な経験や教養を積ませるためにも、自分の手で簡単な植物を育てさせるという教育があてがわれているらしい。


 私としてはこれまでさんざん農作業をしてきていたので今さらすぎる内容だ。しかし私は、その授業内容を聞いた時、あることをひらめいたのだった。


『植物だったら何でもいい』


 先生に直接問いただして確認を取った私は、授業当日、大量の風呂敷に包まれたあるものを授業に持ち込んでいた。


「それでは、それぞれ好きな場所に種を植え、植物を育ててみましょう。植える場所に指定はありません。基本的には学院で管理している花壇があるので、困ったらそこに植えましょう。自分がどこに植えたのかを忘れないように名札を添えるのを忘れないでくださいね」


 先生が授業の初めにそう言い、あとは自由行動だった。


「うわ、すごい荷物ですねー」

「どこに植えるの、それ?」


 私の巨大な風呂敷の包みを見て級友が驚いた顔をしていたが、私は自信満々な笑顔を返して、


「とっておきの場所よ!」と返しておいた。


 今日はひとまず植える場所探しだけで、そこに植えればそのまま解散して下校していいらしい。植える場所に関しては学院の敷地内であればどこでも好きな場所を選んでいいとのことだ。おまけに植える植物の種類も指定されておらず、経過を先生に見られるという責務もない。ほとんど自由研究のような授業なのだ。


 中には植えるだけ植えてそのまま忘れてしまう生徒もいるくらいらしい。

 私もそれくらい適当にやってもいいと思ったが、あることをひらめいてしまったのだから実行せざるを得ないというものだ。


「ふふっ。これで……」


 悪い顔でほくそ笑みながら私は大量のものが入った風呂敷を軽々と担ぎ上げ、他の生徒たちが屋外で場所を探す中、私は一人だけ校舎の中へと入っていった。


 目指す場所は、階段を昇りに昇った先――屋上だ。


 ゆっさゆっさと風呂敷を揺らして駆け上がった私は、屋上に続く扉を勢いよく押し開いた。


 明るい日差しが目を覆い、広々とした屋上が眼前に広がった。


「屋上なら広々としているし、日当たりも良好。他のいい場所はだいたいもう使われてたりするし、場所の確保が面倒だものね」


 それなら誰も手を付けていない場所を開拓しよう、という魂胆だ。


 しっかりと管理すること。すべて自分の手でやることなどを条件に使用許可も得ている。この日のために、事前にお父さんに相談し、必要なものも用意してきた。


「ふふふっ。これで授業の課題も達成できて、なおかつ私も満たせられる……」


 にやりと口許を持ち上げながら、私は担いできた風呂敷をその場に広げた。そこには園芸用具と、植えるための種がたくさん入った袋がある。他の生徒は小さなプランターなどに種を一つ植えるくらいだが、私のその数は明らかに多い。


「私の作戦――ずばり、ここに菜園を作っちゃえばいつでも好きなだけ野菜を収穫できて、それを食べることができる!」


 いわば相変わらず旺盛な食欲をも満たす算段なのだった。


「どうせ育てるのなら、見るだけしかできない花とかよりも、こうして実用性のあるものを育てるのが一番よね。食堂とかでも好きなだけ食べられるわけじゃないから、自分で調達できるようになればそれだけ食費なんかも浮くし」


 まず持ってきたのは、成長が早いカブの種だ。これなら比較的すぐに食べられるようになるし、それほど難しくもない。


「お父さん、学院でも農作物を育てたいって言ったら大喜びでおすすめの作物とかやり方とかいろいろ教えてくれたものね……」


 おまけに土やたい肥、それに土を入れるための囲いとなる板まではりきって作ってくれたほどだ。それらもすべて屋上に運び込み、さっそく、夢の屋上菜園へと私は取り掛かっていったのだった。


「とはいえ最初だし、規模は少し小さめにするほうがいいかしらね」


 こんな屋上でうまくいくかもわからない。

 ひとまずは屋上の中でも最も日当たりが良くて開けた場所を選び、そこに板の囲いを組み立てることにした。


 普通の女の子ならば汗水たらして酷に思うのだろうが、すっかり農作業になれてしまっていた私には思ったよりもお手の物だ。筋力や体力もある。


「ゆくゆくはここ一面にまで広げてやるのもありね……」


 なんてことを、まだまだ残っている屋上のスペースをよだれを垂らすように見ながら呟くほどには余裕だった。


 板で囲んだところに、大量の麻袋に詰めて運び込んだ土を流し込む。これはさすがに運ぶのも重たかったが、自分でやるという約束なので弱音は言ってられない。明日はきっと筋肉痛だろうが、これからの食欲の足しになると考えればまだ我慢できた。


 一面に敷いた土にたい肥を混ぜた後は、畝をつくり、その間の溝に等間隔にカブの種を植えていく。本当は種を蒔く前に少し土を寝かした方がいいらしいが、最初は実験でもあるしこのままでいこう。


 カブの成長は早い。

 まずはこれで試してみて、うまくいけばよし、悪ければ原因を突き止めて改善だ。


「ううーん、なんだか学園生活がすごく楽しみになってくるわねー! どんなふうに育つのかしら!」


 年頃の乙女の楽しみが農業とはこれいかに。


「勉強ばかりで食事とクルシュくらいしか楽しみがなかったけれど、これからはもっと楽しくなりそうね。まあ世話はちゃんとしなくちゃいけないけど、もう実家の畑で慣れたことだし」


 わくわくと心を弾ませながら土をいじる私は、すっかり目の前のことに夢中だった。いつの間にか、私の後ろにやってきていた人影には全く気づかずに。


「おい、お前。そこでなにやってるんだ」


 まるで強く蹴りつけるような怒声をいきなりぶつけられ、私はびくりと体を震わせながら慌てて振り返ったのだった。


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