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2020年 春文集『転寝』

こちらとあちらのはざまで

作者: 砂月

2020年 春文集『転寝』

「うぐっ……うぅっ……」

 泣きそうなのをがまんしていた。もうすぐ中学生になる。これくらいで泣きたくない。でも、心細い。両ひざをかかえて、きゅうっと縮こまる。

 迷子になっちゃった。菜美といっしょにいたのに。並んで川まで歩いていたのに。はぐれちゃった。気づいたら周りにはだれもいなくて、一人で歩いていた。

 視界いっぱいに桜。カーテンみたいに枝を垂らしている。菜美を探して歩きつかれたわたしは、この桜の根元に座りこんでいた。

 内側から桜を見上げる。桜の花びらたちはドームみたいにわたしをおおいかくしている。ちょうど地面が周りより低いところにさいているし、外からわたしのことなんて見えないかも。もし探してくれていたら、分からないかな。

「このまま、ずっと迷子だったらどうしよう……」

目のふちにたまっていたなみだがこぼれる。このまま独りで死んじゃうかもしれないと思った。

「どうしたの?」

 桜の向こうから声がした。男の子の声。知らない声。近づいてくる。

「泣いてるの?」

 あわててなみだをぬぐった。泣いているのを見られるのは、はずかしい。雑に服のそででぬぐったから、ちょっと目元がひりひりした。

「な、泣いてないっ」

 しゃ面を下って、桜の枝を分けて男の子がそばまでやってきた。たぶんわたしと同じくらいかちょっと年上の子。

 知らない子だけど、やっと独りじゃなくなって、ほっとして、またなみだが目のはしっこから出てきた。ごしごしとぬぐう。やっぱりひりひりする。昔、男子に泣き虫だってよくからかわれていた。この子もわたしを泣き虫だって思うのかな。

「そんなふうに服でふいたら痛いでしょ」

 男の子はわたしの右どなりに座る。わたしはそんなこと言われるなんて思わなくて、その子を見た。するととつ然、ぴとっ、と手のこうをわたしの目の下あたりに当ててきた。

「わっ、何っ」

「ボクの手、冷たいから、気持ちいいでしょ。ほれーざい代わり」

 確かにひりひりするところが冷やされて気持ちいい。

「ありがと……」

 わたしは小さくお礼を言った。男の子はうれしそうに笑う。やさしい子だ。でもなんか照れちゃうな……。

「えへへ、どういたしまして。痛いのがなくなるまでこうしてていいよ」

「もっ、もう大丈夫だよ!」

 さすがにずっと手をくっつけられているのは、はずかしくて、男の子の手をそっと顔からはなした。

「ところで、キミはここで何してたの?」

「……友だちとはぐれて、道分かんなくて。川まで行きたいんだけど……でも、つかれちゃって休んでるの」

「なるほど、迷子になったんだ」

「……うん」

 迷子になっているなんて笑われちゃうかも、と思ったけど、男の子は意外とマジメな表情をしていた。

「たまにね、道に迷う人がいるんだ、キミみたいに。それで川まで行けないで、家に帰っちゃうんだ。道のりを教えてあげたいけど、ダメだからなぁ。自分で行かなきゃ」

「そうなんだ」

「うん。……あっ、そうだ、自己しょうかいがまだだったね。ボクは、よもつき、いずみ。漢字は……こう」

 そう言って地面に〝四方月 和泉〟と書いた。

「キミは?」

「なぎ、みこと。えっと字は……これ」

 和泉くんをまねて、和泉くんの名前のとなりに〝奈岐 海琴〟と書く。わたしは岐と琴という漢字がニガテで、ちょっとヘンなカタチになっている。

 わたしの名前を聞いた和泉くんはおどろいたようだった。

「キミが海琴ちゃんなんだ! さっき菜美ちゃんに会ったよ。キミを探してた」

 和泉くんの言葉に、今度はわたしがおどろいた。

「えっ! どこにいたの!」

「うーん、移動しながらだったから、どこって言える場所はないなぁ」

「どの方向に行ったの?」

「えー、そこまではよく分かんないよ」

「そんなぁ」

「ごめんね」

 わたしががっかりすると、和泉くんはまゆを下げて、申し分けなさそうにした。

「ボクね、友だちがほしいんだ。でもあんまりできなくて……こんなだから友だちできないのかな」

 あせった。なんだかわたしが和泉くんを責めているみたいだ。

「ちっ、ちがうと思うよ! 確かにわたしがっかりしちゃったけど、でも和泉くんが悪いわけじゃないし、友だちができないのも、運がないだけどかじゃないかなっ」

「じゃあ、海琴ちゃん、ボクと友だちになってくれる?」

「えっ」

 急な話で、ちょっとついていけなかったから、すぐに返事ができなかった。

「ダメ?」

 不安そうに和泉くんがわたしを見る。

「えっと、ダメじゃないよ。和泉くん、やさしいし、わたしも友だちになりたいな」

 そう言うと和泉くんは明るく笑った。よかった。

「そうだ、いいものがあるんだ」

 ポケットから和泉くんが赤くて小さなものをいくつか取り出した。グミみたいな、木の実みたいな見た目。

「何? これ」

「えっと名前は忘れたけど、果物だよ。赤いタマネギっぽいヤツの中にこれがいっぱい入ってるの。食べてみて」

 和泉くんの説明に、赤いタマネギの皮をむいたら中からこの実がぽろぽろたくさん出てくる想像をした。なんだか気持ち悪くて、おいしくなさそうだ。

「あまい? グミみたいな感じ?」

「あまいっていうか、あまずっぱいかな。グミって感じじゃないよ。あまずっぱいイクラみたいな? ってなんかイヤそうな顔してるね」

「すっぱいのもきらいだし、イクラもきらい……」

「えー、菜美ちゃんはおいしいって言ってたけど」

 ずいっと実を乗せた手をわたしの方につき出してくる。

「いい。大丈夫だよ、いらない」

 その手をおし返した。実が一つ手から落ちる。

「イクラって言ったけど、かんだらぷちってしてる感じがちょっと似てるってだけで、ぜんぜん味はイクラじゃないよ。すっぱいのもキウイみたいな感じで、あんまりウメみたいにすっっっぱーいって感じじゃないし」

 和泉くんはなかなかあきらめない。そんなにオススメなのかな。でも和泉くんには悪いけど、きらいなものはきらいだ。和泉くんの言葉を聞いてますます食べたくなくなった。

「イクラは味よりぷちってしてるのがイヤ。キウイもきらい」

「海琴ちゃん、好ききらいはダメだよ!」

 和泉くんはわたしの右手に無理やり実を一つぶ乗せた。

「ポッケに直接入ってたからきたなそうだし、別に食べなくてもいいでしょ」

 すぐに返してそっぽを向く。イヤと言っているものを食べろと言われるともっとイヤと言いたくなる。

「……食べないと菜美ちゃんに会えないよ。ずっと会えないよ」

 急に和泉くんが今までとふん囲気のちがう声を出した。暗いふん囲気だったので、びっくりしてしまった。

「え……」

 見ると、和泉くんはこわい顔をしていた。

「な、なんで?」

「菜美ちゃんは海琴ちゃんと同じで迷子だったけど、食べたから。これを食べたから。だから、海琴ちゃんも食べなきゃ、会えないよ」

 食べて、と和泉くんが赤い実をわたしてくる。わたしはなんだか和泉くんがべつのおそろしい生き物に変わってしまったように気がして、受け取らないまま、立ち上がった。和泉くんからはなれないといけないように感じた。

「わたし、菜美を探すよ」

「食べてよ。食べたらいつでも会えるよ」

「いらない……」

 こわい。食べたらダメな気がする。じりじりとわたしはうしろに下がった。和泉くんが悲しそうな顔をした。

「友だちになったよね、ボクたち。でも、このまんまじゃ、お別れしないといけなくなっちゃうんだ。だって迷子になった人は帰れるかもしれないから、勝手に川までつれてっちゃダメなんだ。だから、だから、こうするしか、同じにするしかないんだ。ねぇ、ねぇ海琴ちゃん。食べてよ!!!!」

「いらない!」

 そうさけぶと、和泉くんの顔がますますゆがんだ。そのゆがみが広がるように、はだもぼろぼろになっていく。病気の人よりも体調が悪そうなはだ色になって、服もとても長い間使っていたみたいによれよれになる。体のいたるところに小さな小さな虫がたくさんくっついていた。

「ひゃっ……」

 ぞっとして、わたしは走り出した。はやく和泉くんからはなれたかった。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 十分走ったところで立ち止まる。うしろをふり返った。和泉くんは追いかけてきていなかった。それでも、不安とかこわいとか、そういう気持ちは消えなかった。ここから出ない限り消えないと思った。

 そうだ、菜美。菜美を探さなきゃ。

『会えないよ』

和泉くんの言葉が気になったけれど、今はとにかく菜美に会いたかった。

 でもどこに行けばいいんだろう。

『海琴、海琴……!』

 なやんでいると、聞きなれた声がした。ママの声だ。

「ママ! どこ!?」

はっきり聞こえるのに、遠くからする。声のする方へ走った。

すると、会いたかった人の姿が見えた。

「菜美!」

 菜美はわたしの呼び声に気づいたみたいで、顔を上げ、びっくりしたような顔をした。

 なんだ、よかった。和泉くんの言葉はうそだったんだ。

「菜美、帰ろう! あっちからママの声がするの。きっと帰れるよ」

 だけど、菜美は泣きそうな顔をした。わたしはイヤな予感がした。

「ごめん、ごめんね、海琴」

「なんであやまるの?」

 うでを引っぱる。菜美は動こうとしない。

「あたし、帰れない。川に行かなきゃ」

「行かなくていいよ! もう帰ろうよ! ママも呼んでる!」

「食べちゃったの! あたし食べちゃったんだ! だから……帰れない」

 和泉くんの言葉を思い出した。

『ずっと会えないよ』

 ずっと……。そういう意味だったの? 会えないっていうのは、これからずっとって意味だったの?

「そんな……」

「ごめんね。海琴」

 わたしの手をぎゅっとにぎって、もう一度あやまった。

「……あたしより海琴の手の方があったかいね」

 さみしそうに、苦しそうに菜美が笑う。そんな笑顔は見たことがなくて、どうしたらいいのか分からなくなった。ただ、お別れだけはしたくなくて、菜美の手をにぎり返した。はなれないように、はなされないように力をこめようとしたげど、なんでか手がふるえて、うまく力が入らない。だからするりと手をほどかれてしまう。

「菜美……?」

「バイバイ、海琴」

どんっ、と体をおされた。すると、何かにわたしが引っぱられているみたいに景色がぐいんと遠くなった。菜美の姿もどんどんはなれていく。

「ヤダ。イヤだ! いっしょに……!」

 手をのばす。届かない。

「菜美……!」

 意識がうすくなっていく。

視界が真っ暗になった。




「海琴! 海琴! あぁ、よかった……」

 起きたとき、まず目に入ったのはママの泣き顔だった。次に見えたのは、真っ白な天井。わたしの部屋じゃない。

 なんでここにいるかよく思い出せなくて、ママを見ると、これまでのことを話してくれた。

 ここは病院であること。小学校の卒業式の帰りに、わたしが事故にあったこと。そのとき友だちといっしょだったこと。七日くらいねむっていたこと。クラスメイトがお見まいに来てくれたこと。パパは仕事が終わったら来てくれること。

「海琴、お医者さん呼んでくるからね」

そう言ってママがわたしのそばをはなれる。

 なんだかつかれている。体とかじゃなくて、心が。覚えていないけど、こわい夢を見ていた。そのせいかも。

ぼんやりしていると、風の音が聞こえた。

窓の外を見ると桜があった。

 そうだ。もうすぐ誕生日だ。わたしと、菜美の。

菜美はわたしの小さいころから友だちだ。たまたま誕生日がいっしょで、誕生日が来ると決まってどっちかの家でお祝いをする。

菜美は桜が好きで、桜色や桜模様のものを持っていた。だから、毎年桜の絵が入ったハンカチとかペンとかをプレゼントしていた。菜美はいつもプレゼントを喜んで、わたしの手をぎゅっとにぎって、「ありがとう!」と言ってくれる。菜美の手はわたしよりも温かくて、わたしは「菜美の手あったかーい」なんて言葉を返すのだ。

今年は何をあげよう。そういえばおばあちゃんが布のブックカバーを手作りしていた。わたしも手作りして、あげようかな。いや、でも菜美はあんまり本を読まないんだった。別のがいいかな。

 考えているうちに、どうしてかぽろぽろとなみだが流れてきた。なんでだろう、菜美にはプレゼントをわたせないんだって、分かっている。だって、もう、遊べない、しゃべれない、笑い合えない。

「……もう会えないんだね」

 きゅっと手をにぎりしめる。わたしの手には、だれかの手の冷たさが残っているような気がした。


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