第97話 マグロ漁船に乗ってみた
潮風が頬に当たって気持ちがいい、空は太陽がさんさんと輝いている。そして傍らには、デッキチェアーに深く腰を下ろしたマスオさんが、ブランデーみたいな洋酒の入ったコップを優雅に傾けている。
「シュウさんも一杯いかがですか?」
ごっついサングラスを少しずらして隙間から目を覗かせてマスオさんが話しかけてくる。その出で立ちは、ポロシャツにショートパンツというルックスだ。
ここは、マスオさんの所有している漁船の甲板だ。イヤ、これどう見ても豪華クルーザーだろ。ちなみにこれも魔導具だ。漁業組合の建物の感じからして金持ってそうな気がしていたが、こんなものまで持ってるのかよ。さっきの魚たちもタダでどうぞって言う訳だな。
甲板の前方には、ごっついトローリング用の釣竿が備え付けられている。それで一本釣りをするって事なんだろうけど、思ってたマグロ漁と全然違うじゃないか。
今は船上バーベキューをしている。ホタテやサザエ、えびなどをグリルで焼いてショウユをちょっと垂らして食べるともの凄くうまい。材料は、いくらでもあるしオレの料理人スキルがあれば、火起こしから火加減、材料の下ごしらえに調理、なんでも出来る。このスキルってもし現代社会にいたら相当万能な能力だよな。
「あ、そうそう」
オレは、アイテムボックスから鉄製の鍋を2つ取り出した。一つが底が深くてフタが付いているタイプだ。グリルにかけて底が熱くなったら更にアイテムボックスから森牛の肉塊を取り出してまんべんなく焼き色を付ける。森牛は、森ブタと同じく野生の牛だ。野生なので和牛のような脂のサシは入ってなく赤身が多い肉質なのだが、その分肉の味わいは深い。そのままフタをする。もう一つ取り出したのは、底が浅いフライパンだ。そこにオリーブオイルを注ぐ。このオイルはオリーブっぽいビリーブって植物の実からオレが精製した自家製ビリーブオイルだ。いや、エクストラバージンビリーブオイルだな。更にエビやジャガイモみたいなガジャイモやクロヤナギなどの野菜と香草類、塩などの調味料と一緒に鍋で煮込んでいく。そう、ローストビーフとバーニャカウダも作ったのだ。
「ようし、こっちも完成だ」
「やったー。え?これはなんですか?」
初めて見る料理にマスオさんは興味津々だったが、一口食べるとそのうまさに悶絶する。うん、やっぱり美味しい料理に国境はないんだよね。まあ、国境どころか違う宇宙の話なんだけど。
オレの作った料理をマスオさんとコタロウ、ガル、ギル、ゴルは夢中で食べる。いくらスキルで作ったものとはいえ、自分の作ったものをこんなに美味しそうに食べてくれるなら料理人っていい仕事だなー、と思ってしまう。まあ、仕事にはなんでもいい面と悪い面があるのは分かっている。そもそも飲食店経営ってのはもの凄く大変なんだよなあ。そう言えば、コウノスケさんのラーメン屋はどうなったんだろうか?なかなか見に行けてないから今度訪ねてみよう。
オレが作った料理は、酒との相性もいい。オレはまたまたアイテムボックスからワインを取り出す。トキさんの店で買ってきた高級ワインだ。一本100万イェンもするのだが、今のオレには大した出費ではない。これまた高級なワイングラスにそれを注ぎマスオさんに渡す。
「かんぱーい」
2人揃ってデッキチェアーで酒を酌み交わす。美味い料理と美味い酒、あっという間に2人ともベロンベロンに酔っぱらってしまった。
「シュウさーん、サザエとワカメはちゃんと役に立ってますかー?」
「はい、2人とも働き者ですごく助かってますよー」
そうなのだ、2人とも見かけによらず仕事はキッチリやるタイプで広い家の中はキレイに掃除されていつもピカピカなのだ。
「そうでしょうそうでしょう。あいつらは、カワイイだけでなく気立ても良くてウチの村でも評判の2人だったんですよー。ソレがシュウさんのところに2人とも行ってしまったので若い男たちはみんなガッカリしてますよー」
「そ、そうなんですか?それは悪いことしてしまったなあ」
「いや、れもオレはシュウさんのところれ良かったと思ってます。あいつら巧く玉の輿に乗ればそれれいいと」
「うん?でもオレは結婚してますよ」
「なーに、言ってんれすかあ。シュウさん程の男がヨメの3人や4人くらいどうってことないじゃないでしょお。どうせ2人とももう手籠めにしちゃってるくせにー」
て、てご!?
実のヨメにさえ、まだ指一本触れてないオレがそんな高度なプレイできる訳もないのだが、マスオさんの中ではきっちり既成事実が出来上がっているようだ。
「シュウさん、あんたになら2人を任せられる。よろしくたのんますよお」
「マスオさんがそこまで言うのなら、任されますよお」
オレも酔った勢いで、気が大きくなって安請け合いをしてしまう。そのまま2人でガッチリと固い握手を交わすのだった。
ピンポーン
おっと誰か来たようだ。いや違った、ここは大海原の真ん中だった。
「シュウさん、マジロの群れに出くわしたようですよ」
なるほど、レーダーまでついているんだ。さすがに漁船だけのことはある。マジロの群れに当たったらアラームが鳴る仕組みなんだな。さっきまでベロベロだったマスオさんはすっくと立ち上がると海の方へ撒き餌を撒いている。さすが海の男だ、やる時はやる。オレも海の方を見ると水面で撒き餌に食らいつく無数のマジロが見えた。
て言うかマジロでか!一匹一匹が5メートルくらいはあるな、ちょっとした軽自動車並の大きさだ。う、なんか目が合った。ギョロっとした目でこっちを睨んでいるぞ。コイツを今から一本釣りするんだけど出来るのか?マスオさんが「せっかくなんで、マジロ釣り楽しんでくださいよ」というのでやってみる事にしたのだが・・・
「さあ、どうぞ」
マスオさんに促されるままに、セッティングされている釣竿の前に座る。釣竿にはぶっとい糸と言うかピアノ線のような釣り糸の先にこれまたごっつい釣り針と言うか、もはやクワのような仕掛けがついていてエサであるサバのような魚が丸ごとぶっ刺さっている。
「ようし、仕掛けをあの群れの真ん中に垂らしてください」
「はい」
びいいいいいいいいん
釣り糸を垂らした瞬間にマジロの一匹が仕掛けに食いついた。凄い力で引っ張るので頑丈な糸が切れるかと思う位だ。オレは思いっきり釣竿を引っ張るが、マジロの怪力に敵うハズもなく全くビクともしない、それどころか糸があっという間に伸びていく。リールが超高速でどんどんと糸を放出する、この調子だとすぐに限界まで伸びそうなんだけど。オレもこの世界に来てそれなりに力も強くなったとは思うが、こんなん絶対ムリだ。つうかマスオさんは、こんなの吊り上げるのかよ。どれだけ怪力の持ち主なんだよ。
すると横で見ていたマスオさんが、何故か感心したように「さすが、シュウさんですね」と言い出す。え?なにを言ってるんだこの人は?不思議そうな顔をしているオレに向かってこう続ける。
「マジロを釣るのに、魔力を全く使わないなんて。屈強な冒険者だけの事はありますね。オレにはとてもマネできませんよ」
な、なにいいいいいいいい。そんな事は早く言ってよおおおおおお
「カラカラカラカラ」
魔力を込めるとリールが勝手に回りだした。なるほど、こりゃ楽だ。竿を持ちあげるが簡単に動く、少しは力がいるが丁度よいくらいの力加減で例えるならばバーチャル釣りゲームって感じの強さだ。
「なかなかいい形のマジロじゃないですか」
「そうですか?ありがとうございます」
目の前には、体長6メートル、体重700キロ程の巨大なマジロが吊り上げられている。コレをオレが釣ったのだ、だが実感は全くない。何しろ全然苦労しなかったからな。まあ、今日は釣りを楽しみに来たのじゃなく材料を仕入れに来たのだ。簡単に手に入れられてヨシとしよう。
「ようし、コレで材料は全て揃ったな」
オレはマスオさんにお礼を言って漁村を後にする。マスオさんが引き止めるが丁重にお断りする。名残惜しいが時間がない、また来よう。
自宅に戻ると仕込みを開始する。所謂、江戸前寿司はネタをそのまま切って握るということはない。それぞれに‘仕事’を施してある。例えば酢で締めたり、醤油に漬け込んだり、調味液で煮込んだりとかだな。オレは料理人スキル持ちなのでそういった調理手順なんかは全て問題なく問題なくこなせるのだが、時間だけはどうにもならない。つまり熟成が必要なタレなんかだな。特にアナゴのタレだけは一朝一夕には出来ない。
だが今のオレには、そんなことは大した問題にもならないのだ。何しろコジロウ先生の時空魔法があるのだからな、この魔法は魔法世界であるこの世界に於いても本来は禁呪と同列の軽々しく使ってはいけない大魔法なのである。何しろ一歩使い方を間違ったら、十分世界を滅ぼす可能性があるからな。ところが智の賜物保持者のコジロウにとっては時空魔法のコントロールなど簡単なのである。
「コジロウ、これは10年熟成させて」
「にゃあ」
「コジロウ、コレは1週間」
「にゃあ」
「コレは三日ね」
「にゃあ」
こういった具合に次々と長期熟成が必要な料理が完成していく。まあ、こんな大魔法を当たり前のように連発しているコジロウの魔力とその魔力をコントロールできるスキルが桁違いなお陰なんだけど。
という訳でたった一日で、全ての準備が完成したのである。




