第92話 師匠ができた
気が付いたらおっさんに道場へと連れて行かれ木刀を持たされ対峙していた。
「ようし、かかってきてみろ」
「はあ・・・」
何が何だか訳が分からない。困り果てて目の前のおっさんをよく見てみる。年はカクさんたちよりも年上に見える。北東エリアの冒険者、ダイゴロウさんと同じくらいだろうか。体格はがっしりしている上に身長もかなり高い、オレは平均的な身長なのだがそれよりも10センチ以上は高い。小柄な人が多いヒノモト国民の中では、かなり高身長といっていいだろう。顔には無精ひげを生やし髪はボサボサだ。
ところが、粗野な振る舞いに反して表情はとても穏やかで優しげだ。大柄な体躯でゆったりとした構えと相まってどのような攻撃も寄せ付けないかのようなあんしん感をオレに与える。
「あ」
その視線に吸い込まれるように攻撃を繰り出していた。気が付いたらオレは木刀を大きく振りかぶり、おっさんに向かって振り下ろしていたのだ。刀の切っ先から衝撃波が発生しそのまま一直線におっさんに襲い掛かる。ナリヒラさんを吹っ飛ばした数十倍の威力だ。まずい、おっさん全く反応しきれていない。
「はああああああっ」
「!?」
次の瞬間、オレの繰り出した特大の衝撃波がおっさんの前で立ち消える。信じられん、気合でかき消したようだ。
「なんだよ、しょっぱい攻撃だなあ・・・あんなの避けるまでもないぜ」
「あの、あなたは?」
オレは、ただただ目の前のおっさんの戦闘力に驚くばかりだ。まさか、これだけ強い人間が存在しているなんて。
「おいおい、オレの事聞いてないのか?」
「え?あの、なんのことやら・・・」
「はああ、まじかよ。ゼウスの旦那何も言ってないのかよ」
「え?ゼウス様?」
「おう、旦那からお前を鍛えてやってくれって頼まれてな」
なるほどそういう事だったのか、ようやく話が見えてきた。ただ、このおっさんの戦闘力はただ事ではないぞ。という訳で鑑定してみる。
鑑定結果
むさし
種別:半神
使用可能なスキル:剣豪
えええええ?ナニコレ?この人神様なの?おっさんはオレと目が合うとにっと笑いかけてくる。顔中無精ひげだらけで神様というよりは仙人、イヤ、ダンボールで生活している人と言った方がしっくりくるんだけど。
「あ、あのむさしさんは、神様なんですか?」
「うん?オレは、人間だよ。見たら分かるだろ?」
「え?」
何か話がかみ合わないぞ、そもそもこの半神ってなんなんだ?現世でも色々な物語やゲームで出てきたが、定義が統一されている訳じゃないからな。この世界では、どうなっているのか調べないと。
『むさしさんはね、元々人間なんよ。それが強くなりすぎたけん半神になったと』
なるほど、武者修行に明け暮れていたらいつの間にか人間のレベルを大きく超えてしまったということらしい。元々、管理者権限なども与えられていないし鑑定も使えないため自分が半神になったなんて知らない訳だ。
これだけの情報をあっという間に得るアイさんはやはり優秀だ。同じ情報にアクセスできるのだが、それを生かすも殺すも本人の能力次第という訳だ。オレには絶対マネできないな。ちなみにゼウス様はアイにはむさしさんの事を伝えていたそうだが、『え?ウチがしっとったらシュウは別に知らなくても問題なかやん』と言われてしまった。
「なるほどー」
アイはオレがオキタさんから勝負を挑まれることも、その時にむさしさんが間に入ってくることも既にシミュレート済みだったということか。まあ、彼女もある意味神様だからなあ・・・一人で納得しているとおっさんが声を掛けてくる。
「おい、もういいか?もうちょっと気の利いた攻撃してこいよ」
「あ、はい」
相手が神様なら遠慮はいらないだろう、オレはアイテムボックスからヒノモト刀を取り出して構える。よし、さっきの龍撃波を最大火力でぶっぱなしてやるか。
『おい、ゴル。この道場に結界を張ってくれるか?』
『ご主人様、それがこの場所には既に最高レベルの結界が張られてございます。信じられないことに私の結界レベルよりも上の結界です』
なんと!さすが半神様だ、やはり只者ではないな。
「ふんっ」
オレは刀に魔力を精いっぱい練りこんで精神を集中させる。よし、ではいってみるか。
「ごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
オレが力いっぱい刀を振り下ろすと、刀身から紅蓮の龍が8体も飛び出してくる。ぱっくりと咢を開けた8体の龍はおっさん目がけ一斉に襲い掛かる。あれ?凄いことになってるぞ、おっさん大丈夫か?
そんなオレの心配は全く無用で、おっさんは無造作に振り上げた木刀で龍たちを殴りつけていく。おっさんの一撃で龍たちは次々に消えていきあっという間に全滅してしまった。
「?!」
次の瞬間、おっさんの姿が消え失せオレの目の前に現れる。そして避ける間もなくオレは鳩尾に一撃を喰らっていた。
「な、なんで動きが見えな・・・」
気が付くと、オレは道場の片隅に寝かされていた。コタロウとガル、ギル、ゴルが心配そうに顔を覗き込んでいる。
『あ、気が付いたニャ』
『良かったな』
『良かったね』
コタロウ、ガル、ギルが安堵のため息を洩らす横でゴルが思いつめた顔をしている。
『ご主人様をお守りできずに申し訳ありません』
オレが一撃喰らってのびてしまった事に責任を感じているようだ。まあ、そうは言ってもあれを防ぐのはムリだよなあ。まあまあとゴルを宥めているとある事に気付く。
「あれ?コタロウなんかケガしてないか?どうしたんだ?」
『あのおじさんと戦ったんだニャ』
オレがのびている間に戦ったそうなのだが、なんと聖獣であるコタロウはおっさんに全く歯が立たなかったそうである。
「コタロウでも敵わないのか」
『ボクの攻撃は当たらないし、おじさんの攻撃はなぜか避けられないニャ』
ヒールウォーターをかけてやっていると、おっさんがやってきてオレの顔を覗き込み、ニッと笑う。
「よし、今日からお前たちをオレの弟子にしてやるからな」




