第91話 剣豪との邂逅
刀から現れた龍であるが、ゴルの結界に触れるとジュっと音を立てて消える。よかったー、あんなデカくて怖そうな龍を連れて帰っちゃったら、アイから怒られそうだもんな。それにしてもこれの技名どうしようか?咄嗟に頭の中に浮かんだのは、厨二病感満載の名前であった。うーーーーん、止めとくか。よし、もうシンプルに龍激波と名付けよう。
「それにしても、すごい技だなあ・・・」
「あ、イエこいつらが補正してくれてますから・・・」
感心するカクさんに、オレは慌ててガル達を指さした。あいつらは、普段は小さくてかわいいのだがやっぱり戦闘になるとえげつないな。みんなオレの指さした先にいるガル達を驚きと感心の入り混じった表情で眺めている。まあ、見た目があんなだから気持ちはよく分かる。
「ありがとうございました。また、何かあったらお願いします」
「おう、またレアメタル手に入れたら持って来いよ」
店先でみんなと別れる。一緒に包丁セットも購入した。ピッカピカの包丁は、出刃と牛刀と柳刃と小刀の4点セットだ。気になるお値段だが、600万イェンもした。まあ、元の世界で言うところの人間国宝みたいな人だからそれだけ高いのかもしれないが、ここのところ金銭感覚が麻痺しているオレは特に何も考えずにサクッとカード払いをした。ちなみにヒノモト刀の鍛冶料だが2,000万イェンだ。よく考えてみると法外な値段な気がしてきたが、カクさんも当たり前に支払っていたしそんなものなのだろう。
「まだ時間も早いしちょっとその辺を散歩して帰ろうか?」
「そうだニャ」
この辺りは、ナリヒラさんの他にも刀鍛冶職人が多く至る所に「刀鍛冶」と書かれた看板を見かける。通行人にも武士っぽい人が多い。
ところで、何故人同士での戦争が起こった事がない世界に武士がいるのだろうと疑問が湧くが、単純に魔物を退治する一職業として発生したそうだ。まだ冒険者ギルドもなかった時代人々は自分たちの集落を守らねばならなかった。武器を取り魔物たちに対抗する過程で勇者や剣士、魔法使いなどの職業が生まれていき特にヒノモト国民の感性に合っている武士というスタイルが一般的に人気があり、増えて行ったという経緯がある。
また、この国にも伝説の勇者と言われる人物が有史以来、何人か輩出されておりそのいずれも戦闘方法が武士のスタイルであったということも大きい。人はやっぱり伝説の、とか最強の、とかに憧れるからなあ。
そんな事を考えてながら歩いていると向こうに見覚えのある人物が見える。とは言っても向こうはオレの事など知らないだろうが・・・特徴のある青いハッピを着て頭にハチマチを巻いて颯爽と歩いている。そう、確かフレッシュ組とかいう団体のオキタって人だった。ところがそのオキタさんだが、オレに気付くと何故か大急ぎで駆け寄ってくる。
「こんにちは」
「あ、こんにちは」
間近でみると、本当にイケメンだ。長身のスラっとしたスタイルで顔はめちゃめちゃ小さい上にびっくりするくらい整っている。まるでモデルか若手イケメン俳優のようだ。そんな彼がオレに向かってニッコリと笑いかけてくるのだが、オレには戸惑いしかない。
「あの、今EDOで最も強いと言われている冒険者のシュウさんとお見受けしましたが・・・」
「は?オレがですか?」
なんちゅう噂が立っているんだよ!まあどうせ、タクヤと愉快な仲間たちが流しているのだろうが・・・
「そんなシュウさんと是非、お手合わせして頂きたいと思っていたんです。ここでお会いしたのも運命です。よろしくお願いします」
そう言って深々と頭を下げる。まずい、コレ絶対断ったらダメなパターンじゃねえか。試しにオキタさんの戦闘力を鑑定してみるか。
オキタ
種別:人族
HP :591
MP :371
物理攻撃力 :612
物理防御力 :551
魔法攻撃力 :102
魔法防御力 :691
使用可能な魔法:中級水魔法
使用可能なスキル:中級抜刀術
うーん、なかなか強い。冒険者なら余裕でゴールドランクに入るだろう、確かにこのステータスなら向かうところ敵なしなんだろうな。
だが今のオレのステータスはこれなんだよなあ・・・
シュウ
勇者Lv19
種別:人族
HP :168
MP :239
物理攻撃力 :961(846up)
物理防御力 :891
魔法攻撃力 :951
魔法防御力 :989
魔法練度 :529
魔法創造力 :999*
使用可能な魔法:初級火魔法、初級風魔法、初級水魔法
使用可能なスキル:料理人、剣術(new)
管理者クラス:ゴールド
使役可能な精霊:火の精霊
限界突破:未完了
新しい剣術スキルのお陰で物理攻撃力が大幅にアップしている。レベル自体は相変わらず大した事ないのだが、スキルや精霊補正で我ながらとんでもない戦闘力になっているな。例えるならば、軽自動車にめちゃめちゃ金かけてチューンしたってところか。
そんな事を考えているが、オキタさんはまだ頭を下げたままだ。そしてそのまま手を差し出して「お願いします」なんて言ってる。これ、見ようによっては告白シーンじゃねえかよ。
オレは現世の頃からイケメンとかリア充に対して、妬みとか嫉みとかそういった感情を持ち合わせていなかった。そもそも自分と人種が違っているので、比べることなんか出来ないだろうと思っていた。だから、このイケメンをボッコボコにしたいなんて思ってもいない。それよりも、ボッコボコにした後の風評被害を恐れている。みんな大好きオキタ君をフルボッコした極悪人ってレッテル貼られたら生きていくの辛そうだ。
よし、ここは久しぶりにアイさんに聞いてみよう。
『うん?大丈夫、何もせんでよかよ』
ところが、アイの返事はそっけないものだった。今では念話で直接、アドバイスを聞けるようになったのだが以前の文字でのアドバイスの方が懇切丁寧だったのじゃなかろうか?
うん?オキタさんの手がぷるぷるしだしたぞ、さすがにお辞儀をしたままで長時間手を差し出すというのは無理な体勢だよな、それに失礼だし。
「あ、あのー」
意を決してオレが話しかけたその時だった。伸ばしたオキタさんの手をむんずと掴む手が現れる。驚いて振り返るとごっついオッサンが横に立っていた。
「おう、オキタ。こんなところで何やってんだ?」
「あ、むさしさん。お久しぶりです。実は、このシュウさんに仕合を申し込んでいるところでして・・・」
あれ?どうしたんだ?オキタさんは、このいかついオッサンを見て明らかに狼狽している。
するとそのオッサンは、オレとオキタさんを交互に見比べて大笑いしだした。
「はっはっはっはあ、オキタ。お前じゃコイツの足元にも及ばねえよ、見てみろ仕合を申し込まれてめちゃめちゃ迷惑そうにしてるじゃねえかよ」
うわー、言ってる事は間違ってないけどちょっとはオブラートに包んでよー。オレは慌ててオキタさんの顔を伺う。
「!?」
人ってこんなに顔が赤くなるんだ。って思う位、オキタさんの顔は真っ赤だった。例えじゃなくて本当に湯気が出そうな雰囲気だ。うわー、思い余って切腹とかしそうな雰囲気なんですけど・・・
「よし、お前はこっちにこい。オレがじきじきに鍛えてやろう」
「へ?」
おっさんは、オキタさんの事などおかまいなしにオレに向かってにっこりと笑ってそう言った。
「はっはっは、お前強くなりたいんだろ?そっちの聖獣もまとめて面倒みてやるぞ」
「え?なぜそれを?」
それが、オレの師匠となる剣豪むさしとの出会いだった。




