第33話 出発前夜
トキさんから自分が有名人であることを告げられたオレは、少なからず動揺していた。
ごく平均的な日本人だったオレは生まれてから注目されたこともなく、特に社会に出てからは極力目立たない事を心掛けていた。それがサラリーマンの処世術だと先輩社員から教わっていたからだ。
「いいかシュウ。平凡な人間は目立ったらダメだ。出る杭は軋轢を生む。サラリーマンってのは、足の引っ張り合いだからな。生き抜くためには引っ張られても前に進めるだけの馬力を持っているか、引っ張られないように相手に認識させないかのどちらかだ。」
オレと同じく平凡な先輩は、自嘲気味に笑ってそう忠告してくれた。
(やはりそうだよな。)
コジロウに会うため、高ランクの依頼を立て続けに受けた。ほとんどコタロウの手柄によるものだが、世間からは注目されている。今までこの異世界での出来事は、どこかゲーム感覚だったがコレはれっきとした現実なんだ。これを自覚せねば。
『ニャア、ご主人サマ。ぼーっとしてどうしたニャ?』
「ううん。なんでもないよ。よし、『最後の洞窟』に早く出発しないとな」
(ブゥン)
『シュウさん、携帯型WiFiを取得されましたね。これからはいつでもサポートいたします』
「うん。よろしくねアイ」
『早速ですが、友達申請が来ております』
マスオさんとアヤ姉とコウノスケさん、それにトキさんからだった。
もちろん、全て許可する。
そうだ、オレは独りじゃない。色々な人から助けて貰えばいいじゃないか。そう思うと少し気が楽になった。
「よしZAOに向かうか。出発は明日にするか?」
『その件なのですが、冒険者ギルドへ事前に報告をしていた方がいいです』
アイの話では、9尾の銀狐は討伐依頼が出ている訳ではない。ところが「最後の洞窟」はヒノモト国でも有数の難関ダンジョンであるため、それが攻略されたとなると色々と影響が出るらしい。それで事前に各方面への根回しが必要なのだ。現世でも似たような出来事は、あったのでそれは容易に理解できる。
「じゃあ、一旦冒険者ギルドに行くか。」
『それが無難ですね』
また「最後の洞窟」攻略には、時間がかかるだろうから食糧も大量に用意しなければならない。
(松田屋の牛丼を沢山持ち帰るか)
冒険者ギルドに着き中へ入る。
「いらっしゃいませー」
あれ?なんかギルド内の雰囲気が違うな。いつもは見ない女の子がいる。
「お一人ですかー?」
「あ、はい」
「じゃあ、こちらへどうぞー。お一人様ごあんないでーす」
と席へ誘導される。周りを見ると、冒険者っぽい人達が酒を飲んだりご飯を食べたりしている。
夜は初めて来たけどこんな感じだったのか。と納得していると、また別の女の子が注文を取りにやってきた。
食事に来たわけではないので目的を話す。
「あの。アヤさんはいらっしゃいますか?」
「あ、マスターですね。少々お待ちください」
すると、暫らくしてアヤ姉がやってくる。
「あら、シュウ君こんばんは。今日はご飯食べに来たの?」
「イエ。ちょっとお話しがありまして」
と言うとすぐに察してくれる。
「うーん。ちょっと今手が離せないから、仕事がひと段落してからでいいかな?」
そりゃそうだ。じゃあ、待ってる間に晩飯がてら飲み食いしておくか。
オレはメニューからいくつかチョイスする。
まずは舌かれいの煮つけ、それとおにぎり。あ、山ブタの角煮があるな。それも頼もう。それとコタロウには、刺身がいいな。マジロってのあるからそれ頼むか。
飲み物は、黒雨島という焼酎を水割りにするか。
「すみませーん」
「あ、はーい」
と女の子を呼んで注文する。ほどなくして料理と飲み物が届いた。
久しぶりにアヤ姉の料理を食べるが、やはり美味い。
煮つけは魚にたっぷり汁が吸いこんでいるが決して煮崩れしていない。なおかつ、生臭さは全くない。角煮も同じ煮物であるが、汁の味は煮つけよりも少し濃厚だ。これがブタの脂と合わさって実に豊かな味わいを出している。もちろん、肉もトロトロだ。歯がなくても食べられる。おにぎりはシンプルな塩にぎりだ。だが、シンプルなものが一番難しい。この塩にぎりは、口の中でほどけるほどよい硬さといい、ほのかに効いている絶妙な塩加減といいパーフェクトである。
オレがアヤ姉の料理を堪能していると、向こうの方で騒ぐ輩がいる。
「だから、アニキだったらこう言うんだってば」
「イヤ。オレはこう言うと思います」
「そんな事言わないよ」
またあいつ等だ。ギルドに行くと必ず会うよ。あいつら絶対ここに住んでるだろ。
『ニャア、いつものあいつらだニャ』
「そうだね。気づかないフリしようか」
と話していたら、タクヤと目が合った。
「シュウのアニキーーーーーー」
「アニキいいいいいいい」
「こんばんわっす」
と駆け寄ってくる。(またまた周りの注目を集めちゃったな)と思いながら、“越後屋”の前で誓った事を思い出す。(そうだ、オレはもう逃げないぜ)
「よ、よう」と声を掛ける。うん。今のは割と自然だったな。と自画自賛しているとタクヤが、
「アニキー。オレ達とパーティ組んでくれませんか?」と言い出すではないか。
「え?え?」オレはあまりの事に何も言えない。
「「お願いします」」ヤスとヒデも頭を下げる。
オレは、またどうやって断ろうかと考えていると
「お待たせー」
とてもいいタイミングでアヤ姉がやってきた。
「ごめんね。ちょっと今日は用事があるから、また今度ね」
そそくさと、アヤ姉についていき、そのままギルドの2階に上がる。そしてクエストの依頼書が貼ってあるいつもの掲示板の前を通り奥へと進む。
進んだその先には、「ギルドマスター執務室」と表札に書かれた部屋があった。アヤ姉がその部屋のドアを開ける。先に入り「どうぞ」と手招きされた。
中へ入ってみると、すぐ応接セットがありその奥に執務机がある。応接セットのソファを勧められたので座る。
(漁業組合長のマスオさんの部屋と似てるな)
アヤ姉もオレの対面に座る。そして
「話したいことって?」といきなり、核心をついてくる
「実は…」オレは「最後の洞窟」攻略を決めたことを説明した。
オレの話を最後まで聞いたアヤ姉は、意外な事に当然といった顔をした。
「やっぱりね」
「え?なんで?」この反応には、オレの方が戸惑う。
するとアヤ姉が話しを始めた。
「シュウ君、今日携帯型WiFiを買ったでしょ?」
「あ、はい。え?」なぜそれを知って?
「あ、別にこれは普通の事なの。つまり、携帯型WiFiを販売した場合、その販売店はギルドに報告する義務があるのよ」
なぜ携帯型WiFiを購入するのか?それはダンジョン攻略のためである。冒険者ギルドとしては、高難度のダンジョンに力量が伴っていない冒険者が挑まないよう抑止する役目があるのだ。
「それで「最後の洞窟」なんだけど、あそこはダンジョンの中でも高ランクな方でね。冒険者の推奨ランクはプラチナだと3名以上のパーティ攻略。ソロならダイヤモンド以上なのよ。」
つまり、カクさん達のパーティでさえギリギリ届いてないってことか…
「それで私としては、シュウ君が「最後の洞窟」に挑戦するのは反対なのよね。久しぶりに現れた期待の大型新人をみすみす失う訳にはいかないし」
その言い方にオレは少しだけショックを受けた。
(一人の女として行かないで、って言ってる訳でじゃなくて、あくまでもギルマスとしての立場から心配しているって事だよねー。)
まあ、そりゃあそうだろな。でもここは引けない。またまたココはアイに頼むのが一番いいな。任せたよ。
『はい、任されました』
オレはアイからの指示に従う。
「アヤさん。あくまでもギルドとしては、忠告だけでオレが行く事を禁止するのはできないんですよね?」
「うん。それはそうなのよね」
「ご忠告はありがたいし、オレの力量がまだ足りない事は真摯に受け止めるべきとは思いますがコチラにも事情がありまして」
「事情?」
「はい。詳しい話は出来ませんが、実はこのコタロウには弟がいまして「最後の洞窟」で手に入る魔導具を使ってどうしても会いたいんです」
「あ、「転移の魔導具」のことだよね」
「それがオレとコタロウの悲願ですので、いくらアヤさんの言うことでも聞くわけにはいきません」
オレの断固たる決意を秘めた表情とアイの完璧なセリフにより、本気なのが伝わったのだろう。
「分かったわ。こんなにハッキリものを言うシュウ君を初めて見たもの。よほどそのコタロウ君の弟さんに会いたいのね。じゃあ、もう引き止めたりしない。だけど約束して。絶対危険な事はしない。もし、自分の力量が足りないと思ったらすぐに引き返すこと。いい?」
オレは力強く頷いた。「はい。必ずそれは約束します」
その後、オレはアヤ姉と指切りげんまんをした。
そして(もう、絶対この薬指は洗わないぞ)と誓ったのである。
ギルドを出た後、松田屋に向かった。そしてコウノスケさんに経緯を話し、牛丼の具とご飯をありったけ鍋ごと買い付けた。




