第280話 魔王の秘密3
(だが、「魔王システム」が作動したとしても問題は解決しない)
前述の「循環システム」であるが、もちろん正常に機能するためには条件がある。そしてそのための条件をゼウスの星は満たしていないのだ。つまり、そのまま魔王が生まれたとしてもほどなくしてあの星は滅びる
なぜなら最初の魔王は弱いからだ。魔王は復活するたびに強くなる。それは文明が成熟するにつれその根幹を支える必要な魔力量が増えるためにそのような仕様になっているのだ。仮にゼウスの星にいますぐに魔王が誕生したとしても、ある程度成熟した文明を持っているあの星の魔力をとてもじゃないが初期魔王の魔力容量では支えきれない
そのためにシャカはあるモノをゼウスの執事であるラプラスに渡しておいた。培養カプセルに封入した「万能細胞」だ。その名の通り、どんな人間とも適合する細胞だ。そして、それはシャカの身体の組織からできている
たった一つの指令をそのDNAに組み込まれた細胞、シャカの命と引き換えに一つだけ作成することができる貴重な細胞。シャカの奥の手だ
(これを魔王に注入すれば、どうなるか?賭けには違いない。が、決して分は悪くないハズだ)
魔王の初期レベルは跳ね上がり、魔力容量も最初から十分にある。だがもちろんいいことづくめではない。メリットが大きい代わりにそれなりのリスクもある
最初から大きな力を持った魔王が誕生するのだ。それを果たして退けることができるのだろうか?ヘタをすればゼウスの宇宙の寿命はそこで尽きるかもしれない。だが、そこはゼウスの星の戦力に期待するしかない
(それに、それ以外にも問題はある。そして、私にはもう残された時間がない・・)
シャカは自分の記憶データの一部を移したロボットに自分の星とゼウスの星の運命をゆだねる、同時にもう一つの「万能細胞」を
(どう考えてもこの方法しか思いつかなかった。「万能細胞」を培養し2つに分裂させた後に、それぞれ使用するしか。「指令」には私の強い想いが組み込まれている。分裂してその効能が半分になったとて、私のこの強い想いはうまく作動するはずだ)
シャカは自分の最期を迎えていた、片時もゼウスの事は忘れたことはない。今わの際にある、この瞬間もだ
(ああ、私はここまでだが後は私の遺志を継ぐものに全て託す。きっとうまくいくと信じているよ。ゼウス、願わくばもう一度会いたかった・・)
たった一体のデザインヒューマンがその生涯を誰にも看取られることなく終えた。だが、彼はその人生に満足して死んでいった。通常のデザインヒューマンでは絶対に手に入れられない「大切なもの」を手に入れた彼は幸せであった
それから長い年月が過ぎ、彼の遺志を託されたロボットによりある一人の赤子にその「万能細胞」は埋め込まれた
それからまた少し経った後、成長したその赤子は1匹の聖獣とともにこの世界に転移したのだった
◇
魔王視点
一目みて「理解った」彼奴は吾輩の片割れである。と
先ほどは思い出したと表現したが、「理解した」のほうがより近い。が、思い出したこともある。そう、吾輩がこの世に生を受けた時の事だ
「この星を守れ」
なぜか分からないが、強烈な思いを抱え生まれた吾輩がおかれた立場を理解するのに一日もかからなかった。なにしろ周りの人間たちが口をそろえて「魔王様、やつらを滅ぼしましょう」というのだ
(え?吾輩は、この星を救う勇者的な使命を持って生まれたはずであるが。どういうことだ?え?魔王様?)
吾輩は生まれた時から高い知能を備えておったが、自分の持って生まれた「使命」と置かれた立場の矛盾に違和感を持ち続けていた。だが、魔王として生まれたからにはそうも言っておれん。
魔族の国の財政を立て直し、軍事力の底上げを行い、有能な味方を登用し、先頭となって敵の軍勢と戦った
幸いなことにというか、さすが魔王として生まれた吾輩のスペックはそれらを全て円滑に行うだけのものがあった。それだけではない、更に魔族全体の魔力を底上げしひとたび人前に立てば全ての魔族を心酔させるほどのカリスマ性まで兼ね備えておった。魔王として申し分ない資質だ
多忙な日々は、吾輩から「使命」を忘れさせた。だが、実際魔族の国は敵国との戦いにおいて連戦連勝で国民の士気も高い、また吾輩の施策により国力も増大しており全てが順風満帆である
吾輩は、魔王としての使命を十分に果たしている。
そんな充実した日々を送っていたある日、奴らはやってきたのだった
「ま、魔王様!」
「どうした?騒々しい」
「勇者と名乗る一行がこの魔王城へと迫ってきております」
「なんだと?!勇者?あの獣王のことか?」
「いえ、違います。人族の中から現れたようです」
「なに?あの脆弱な種族か?」
魔王として君臨して久しい、その時の吾輩は「人族」のことなど頭の片隅にも留めていなかったのだった
果たして吾輩の前に現れた勇者一行であったが「人族」の勇者を先頭に「獣族」の聖獣とあの白い龍という陣容だ。今までは実力差があり過ぎて一方的な戦いしかしてこなかった吾輩にとって初めての強敵との戦いであった
戦闘は苛烈を極めた。やつらはとても強かった、それは戦力的なことだけではない。今まで魔力と膂力に頼り切った吾輩の戦い方とは違った戦略を用いた戦い方をしてくるのだ。3対1での戦闘であるが、徐々に押されていき、やがて誰の目にも吾輩が劣勢に映ったことだろう
だが、それも吾輩が「覚醒」するまでの話である
その時初めての「覚醒」を経験したのだが、気が付いたときには瀕死のやつらを見下ろしていた
「くくく、なかなか楽しませてもらったがこれまでのようだな。そろそろ終わりにしてやろう」
吾輩の最後通告にもやつらの眼の光は失われなかった。だが、それもそのはずである。やつらは「奥の手」を隠していたのだ
そう、「封印」という奥の手を
その後暗い結界の中、長い年月を過ごすことになった吾輩であるがそれから数えきれないほど勇者一行と戦い、そしてまた封印されていった。そうした中で「この星を守れ」という使命は風化していったのだった




