第256話 獣王の特訓
「コタロウ、そっちだ」
「にゃ」
ファイアボールを間断なく打ち出す、その数一分間に1000を超えるその名も「ファイアガトリング」だ。直線的な動きなので素早い相手には避けられやすいが、牽制にはなる。そしておびき出した先にコタロウ必殺の爪撃がさく裂する。
「にゃあああああ・・・・・、にゃ?」
はずだったのだが、それも避けられて手痛い反撃を喰らってしまう。
「にゃにゃにゃ・・」
「いた、いたたた」
体中に傷を作って転げまわる2人を涼しい顔でみているのは・・
「2人ともまだまだ、だにゃん♪」
ぺろぺろと自分の腕を舐めた後に顏を念入りにこすっている獣王、ミイナだ。
「それにしても絶対攻撃ってなんかズルいよね」
『激しく同意するニャ』
そう、ミイナのスキルである絶対攻撃とはその名の通り必ずヒットする攻撃スキルなのだ。これはどんなに避けても避けられない、なんと「攻撃を繰り出した瞬間にヒットすることが確定している」というトンデモスキルだ。さすが獣王、チート能力がエゲつない。
物理攻撃耐性や物理攻撃無効などの防御系スキルよりも上のスキルらしくそれらのスキル持ちにも攻撃が刺さるというまさに物理攻撃における究極スキルと言っても過言ではないのだ。
モチロンそんな凄いスキルにアイが喰いつかない訳がなく、早速アプリ開発に取り組んだのであるが・・・
「あ~、もう。ウチの権限やとプロテクトかかってしまって使えんやん。シュウの権限を一時的に委譲してもダメやったし」
とのことだった、今の自分の管理者クラスは創造神であるゼウスと同じ「神」。それでも再現できないということは更に上の権限が存在するという訳で・・まあ、それも織り込み済みではあるのだがその現実を突きつけられるとなかなかにショックではある。「神」とは言っても万能ではないのね・・ゼウスの今までの葛藤が少し分かった気がした。
今いる場所は、獣族の「特訓場」である。四方を巨木、それも超巨大な樹木だ。直径10メートル、高さは恐らく100メートルほどもあるだろう。それらに囲まれた空間であるが、結界が張ってありどんな衝撃もその結界が吸収する仕組みだ。広さは実戦形式の訓練をするのに十分で、というか正確な広さは分からない。どんなに走り回っても結界の境界には着かないからだ。恐らく、空間系のスキルが使われているのだろう。
それだけではない、この手の空間にはありがちな時間経過の遅延と重力が大きく、空気が薄く、と外界に比べて過酷な環境となっている仕様だ。
「どんどんいくにゃん♪じゃないと他のコたちと差がついてしまうにゃん」
そう、モチロン他の代表たちもそれぞれ別の場所で別の相手がついて特訓に明け暮れているはずだ。それぞれが隔離されているので、その様子は見ることはできないのであるが。
「シュウちゃんは、考えすぎだにゃん。そのせいで咄嗟の判断が遅れて、攻撃を喰らうことが多いにゃん。もっと、全体をなんとなく把握して反射的に動くことを覚えるにゃん。タロちゃんは、逆にもっと考えるにゃん。攻撃が力任せで大雑把なんだにゃん。もっと力を効率的に使うにゃん」
・・・獣族は、脳筋ばっかりで感覚的に生きていると思っていたがそうではなかった。少なくとも獣王であるミイナはコーチングが的確でしかも分かりやすく、尚且つ相手の力量に合わせてアドバイスをしてくれた。
シュウとコタロウは、ミイナの教えのもと確実に実力をつけていくのであった。
◇
それから、数年たった。
(よし、いくぞコタロウ)
(にゃ)
コタロウに目配せを送る、最もそんな必要はほぼない。この数年の修行で力をつけた2人の連携は完璧でもやは最低のアイコンタクトさえ不要なレベルへと昇華していた。
「ファイアーホーミング」
ボボボボッ
魔力を込めた数十発のファイアーボールを繰り出す。手数は制限されるがこのファイアーボール一発一発には自分の意志が込められていて意のままに操れる。それらをミイナの行動半径内に散りばめて、動きを阻害するのだ。
「なかなか良い判断だにゃん、でも、わらわも簡単には捕まらないにゃん」
もちろん、そんな狙いはバレている。こちらの動きを把握しつつ素早い動きで巧みにファイアーホーミングの間合いを抜けていく。それも隙を狙っているコタロウをけん制しながらだ。さすがである。
「だが、それも分かっている」
シュウはファイアーホーミングを操りながらミイナの動きを追う。彼女の身体能力は十分把握している。かなりの素早さではあるが、遠巻きにしながらひとつひとつ退路を断っていく、まるで詰将棋のように。
「今日こそは、つかまえてみせる・・」
「捕まえてにゃん♪」
シュウはもっと感覚的に動くようミイナから指示されたのであるがそれがどうしてもできなかった。生来凡人である自分に閃きのようなものはなく、やろうとしてもギクシャクしてしまうのだ。結局、早々に諦めて自分の行動を省力化することに注力した結果、この戦法を採用したのだった。
(もっと全体を見てミイナを誘い込むんだ、もっともっと動きを読んで)
ボ、ボボボボ
もちろん、ミイナもただで誘い込まれるハズもなく迎撃もする。ファイアーボールは彼女が爪を振るう度にその数を減らす。が、そのたびに補充すればよいのだ。
ヒュンヒュンヒュン!!
先の先を読む、シュウの思考が加速していく・・・
「捉えた・・・」
ミイナのミスとも言えないほんの小さな小さな隙を見つける、かといってそこに戦力を集中させてもムダなのはわかっている。いま攻撃を仕掛けても避けられる、いまはまだ。このわずかな隙を足掛かりにして、ミイナの体勢を少しでも崩すのが目的だ。
「なかなかいいにゃん♪」
なかなか涼し気な表情を崩さないミイナ、だがそれはあくまでもポーズだ。敵に余裕があると思わせて、相手の焦りを引き出す心理戦だということは分かっている。内心は多少、焦りがあるはずだ。多少・・であるが。
相手の退路を丁寧に一つ一つつぶしていく、が、その度に新たな抜け道を瞬時に発見し逃げられる。ミイナの空間把握能力は天性のものだ。それをシュウの愚直なまでの一手一手が追い詰めていく。シュウの集中力が切れるのが先かミイナが捉えられるのが先か。
(よし、今の一手で大分、差を詰めたぞ)
また少しできたミイナの隙にすかさずファイアーホーミングを送り込む。これでかなり相手を追い詰めたハズだ。もう、涼しい顔はできない、ハズ・・
ボボボボボボボボ・・・
ところが、次の瞬間すべてのファイアーホーミングが消えうせた。わずかな、ほんのわずかに弛緩したシュウの気配を読み取ったミイナが一瞬の隙をついて反撃に転じたのである。
「まだまだだ、にゃん♪」
またまた余裕の表情で右手をペロペロ舐めるミイナ、今回もミイナの勝ち。では、ない。
「にゃん?!」
今まで完全に気配を殺していたコタロウの一撃がミイナを襲う。以前の力任せの一撃ではない、最短距離を最速で無駄なく洗練された一撃だ。
ドゴオオオオオオオオオオ!!!
まともに喰らったミイナはその姿が見えなくなるまで吹っ飛んでいった。
「獣王様」
『ミイナ・・』
コタロウの一撃をまともに喰らったミイナの元へと駆けよる。ミイナは、相当のダメージを負っていて地面に横たわっていた。
「2人ともよくやったにゃん」
ミイナの体の周りから粒子が立ち上がっていく、それは最初はほんの少し、だがどんとんと数が増えていく。ミイナの体も少しずつ少しずつ崩れていく。
「私の負けだ、にゃん」




