第225話 進化
『おい、こっちを見ろ』
脳内のラプラスの指示とともに、前方に立体型の矢印が出現する。そして、その矢印の先には丸形の窓が現れた。まあ、ゲームの中ではよくある光景だ。勝手知ったるゼウスは、その窓に近づいていく。
意識を集中させると直径50センチほどだったその丸窓がすうっと広がり、外の景色が目の前に広がる。
「おおー」
ゼウスの目の前に広大な草原が広がっていた。緑のじゅうたんを敷いたように、一面に背の低い草が生えている。そして、その上をウマの群れが気持ちよさそうに疾走している。
視点をもっと広角にして、広範囲の景色を見てみる。すると辺りには至る所に水場があり、そこに他の動物たちが集まっているのが分かる。もちろん、集まっている動物の大半は草食動物であるが中には肉食獣もいる。充分な食糧が供給されているため、猛獣は不必要な狩りを行わず、そこには動物たちの楽園が形成されていた。
もっと視点を広げてみる。どんどんと広げていくと陸地を囲むように海が見えてくる。そのまま海の中を覗いてみる。すると、そこにも大小さまざまな海洋生物による生態系が形成されていたのだった。
(いつのまにこんな?この前見たときは、とてもじゃないが、人の住めるような環境ではなかったのに)
前回見た時は、生き物らしきものはいなかった。ところが今はどうだ?まるで冒険ゲームの中で最初に訪れる村のような、平和な環境だ。もちろん、元いた世界の人工物に囲まれた町並みとは比べるべくもないが、よくプレイしていた冒険ゲームを彷彿とさせるこの世界も嫌いではない。
むしろ、この時のゼウスはすでに自分が造ったこの世界に愛着まで沸いていたのだった。
創造主として自分の創った世界かと思うと、愛着もひとしおでゼウスは来る日も来る日も寝食を忘れて下界を覗いていた。下界はたまに嵐などの自然災害が発生したりはするが、概ね天候はおだやかで生物にとっては最高の環境だ。その環境下ですべての生き物はみるみる育っていく。その中でも環境に適合して進化する個体が現れる、それも次々とだ。そうしてあっという間に、下界では様々な生物が繁栄するのであった。
そして今、ゼウスはあるサルの群れを観察している。見た目はなんの変哲もないサルの群れだ。だが、その群れのリーダーは明らかに並のサルに比べて賢かった。例えば狩りの仕方についても、大きな獲物に対して陣形を作り、地形を利用し、罠を張り、と完全に有利な条件で行うよう指示を出しているのだ。そんなサルは他には全然いないのにである。
サル同士の縄張り争いにおいて、その真価は最も発揮されるため他の群れとの争いは連戦連勝であった。それもそのはずで大抵のサルは、争いにおいて正面から攻めてくるのに対しこの群れは、戦いに道具を用い(と言っても大半は投石程度であるが)、伏兵を潜ませ、そして優先的に相手のリーダーを複数にて討伐するといった戦略を練った戦いをするのだ。もちろん人に比べると戦略とは呼べない稚拙なものであったが、サル相手であれば効果は絶大で、時には数倍の戦力差を覆すほどの戦果を挙げたのだった。
(なるほど、ヤツが人類の祖先なのだな)
ゼウスはその群れの快進撃を痛快な気持ちで観察するのであった。
◇
「おい、ラプラス。いるのか?返事をしろ!」
血相を変えたゼウスが城の中でラプラスを探し回っている。頭に血が上っている彼は、倉庫の中であるとかトイレとか、大浴場など少し考えればラプラスがいそうにないようなところばかりを探しているため、なかなか見つけることができない。散々探した結果、見つけることができないゼウスは書斎に戻り、机に向かって頭を抱えていた。
「くっそう、あいつめどこへ行きやがった」
そこへガチャリとドアを開け、ラプラスが入ってくる。その表情はあくまでもクールでいささかの感情も見えない。
「騒々しいぞ、なにを騒いでおる?我はここにおるというのに」
「お、おまえ・・・いままでどこに?いや、そんなことより」
ラプラスの顔を見た途端、怒りは収まり、それよりも自分の相談事を話始める。本当に単純な、というか素直な男なのだ。
「サル吉が、サル吉のヤツが」
「うん?サル吉とはなんだ?」
「ああ、サル吉はな」
勝手に名前を付けてその行動を見守っていたサルのサル吉の半生をゼウスが話すのを興味なさそうに、というか無表情で聞くラプラスであった。
「なあ、聞いているか?」
「ああ、それで何が言いたいんだ?」
ゼウスの話をまとめると、破竹の勢いで縄張りを拡張していったサル吉であったが所詮、野生のサルであったためそのうち力のあるオスザルから群れを追われ、最後は孤独な最後を迎えたというものであった。
「なにがってお前・・・」
サル吉のことを思い出すと、涙が出てくるため何を言うのかうっかり忘れそうになっていたゼウスであったがそこで自分の一番の目的を思い出した。
「お前、嘘言ったな?サルが進化して人類が生まれるんだろ?全然生まれないぞ」
サル吉の最後を見届けた後も、サルに焦点を絞り色々なサルを観察していたが一向に人類が生まれないのである。それどころかサルが進化する様子も見られないのだ。
そんなゼウスの言葉を聞いたラプラスは、まったく表情を変えず、言い放つ。
「いつ我がサルから人類が生まれると言った?」




