第217話 ある星の歴史 2
「どうしてもこの条件を飲めないというのであれば、残念だが我が国の最新兵器が君の国の国土を焦土に変えることになるよ」
自信たっぷりに言い放った世界最高峰の軍事力を持った大国の代表の顔を見る。
(ここまできてしまうと、滑稽すぎて哀れに思えてくるな)
かの国の代表者(の体の傀儡)は、感情をこめすぎない程度に微笑んだ。
「な、なにがおかしいのかね?いうことを聞かないと君の国がどうなってもしらないよ」
今まで常に顔色をうかがって絶対に機嫌を損ねないようにしていた相手である彼の顔が怒りで真っ赤になっている。この程度で激高するような底の浅い男にいままでオレは何を恐れていたんだろう?
「あ、いえ。そんなことは無理ですので」
彼は、「クレア」の用意した台詞をそのまま相手に伝える。何もかも、そう、相手の台詞さえも事前に「クレア」が予想したシナリオ通りだ。
「うん?どういうことかね?」
またしてもシナリオ通りの台詞を吐く相手に教えてやった。すでに全世界の近代兵器は完全に「クレア」の支配下にあることを。
当然の話だ。すでにかの国の技術力は他国からすると完全に「オーバーテクノロジー」の域に達している。世界中の情報網を掌握するなど、「クレア」にとって赤子の手をひねるようなものであり、人工知能の粋を集めた近代兵器などは、格好の餌食だったのである。
「それではその証拠をお見せしましょう。皆様にはこれから特大の花火をご覧いただきます。それも特等席でね」
台詞と同時に、携帯用のモニターを相手へと渡す。と、途端に今まで真っ赤だったその顔が真っ青になった。
「な、なぜこの場所が・・・」
モニターに映し出されていたのは、軍事力最大の大国が秘匿している最大の兵器、いわゆる「大陸間弾道ミサイル」が格納されている倉庫内部だった。
「それでは、発射しまーす。3・2・1 ファイアー」
倉庫の天井がスルスルと開き、何10基もあるミサイルの中でも一番大きなものが点火される。モニター越しでも基地で働く人々が騒然としているのがわかる。
「ちょ、おま、なにを?こ、このばか」
(まさかとは思ったけど、こんなセリフをこの男が吐くなんてな)
いつもの自信満々の態度からは想像もできない慌てっぷりに、今までの溜飲が下がりっぱなしだ。モニター上では、無事点火したミサイルが発射されどこかの上空を飛んでいるのがわかる。
「ちょっと私にも見せてもらえないか?」
「いや、私にも」
「オレにもみせろ」
「ちょ、見えないぞ」
「モニターをもっと上にしろよ」
モニターを手にわなわなと震える、大国代表に向かって他国の代表たちが詰め寄る。もはやなりふり構っていられないほど切迫した空気が会場には流れた。
「お、おい。これどこに向かっているんだ?」
「我が国じゃないよな?」
「まさか、わが国か?」
「いや、この地形はみたことあるぞ」
大国代表の手からモニターを奪い取って食い入るようにみる各国代表の面々、とそのときけたたましいサイレンが鳴り響く。
「ビーンビーン、イマカラ1プンゴにミサイルがトウチャクシマス。ミナサマ、ジュウブンにゴチュウイクダサイ、ミナサマ、ジュウブンニゴチュウイクダサイ」
アナウンスと共に会場の巨大モニターの電源が自動的に入り、接近物を映し出す。そう、こちらへまっすぐ飛んでくる「大陸間弾道ミサイル」の姿を。
有事に備えて、世界会議の会場は軍事大国が所有するシェルターの一つだった。そこへ「大陸間弾道ミサイル」が向かってきたため、防衛機構が働いたのである。
「うそ?!ここに向かってきてるぞ」
「なんだと?」
更に騒然となる会場、そして更に各国代表は軍事大国代表へと詰め寄る。
「おい、このシェルターにいれば大丈夫なんだよな?」
「あんた、いっつも自慢してたじゃないか」
口々にまくしたてられるが、いつもの自信満々の返答ができない。この男にもこんなことは想定していなかったので答えられないのだ。もごもごと口ごもるだけである。
「アトジュウビョウ・・・」
そのアナウンスに居合わせた人々はパニックになった。
「いやだいやだ、死にたくない」
「アトゴビョウ・・・」
「おかあちゃーん」
「3・2・1」
ズズズズ・・・ウウン
爆発はしなかった。もちろん、「クレア」によって事前に爆弾の解除が行われていたからである。
それから2年後、この星の全権を「クレア」が手中に収めたのだった。
全権を収めた後、「クレア」は人類滅亡の危険性を排除するために大量破壊兵器の無力化を実施した。時の権力者の激しい抵抗にあったが、すでにインターネットを掌握していた「クレア」の前には為すすべもない。そして一部の権力者以外には必要ないそれらの兵器は廃棄され、そしてそれらを管理していた特権階級の人間は人知れず葬り去られたのだった。
もちろん、そんな社会に不満を持つ人間はいる。そんな人間が反乱を起こしたこともあった。「人工知能」による支配賛成派と反対派の戦いだ。そして紆余曲折を経て、反対派の人間は一人残らずこの世から消え去った。だが、そんな反対派の人間は思いもよらなかっただろう。環境保全と食料確保のために仕組まれた戦いだったことに。
そうして全盛期の人工の半分になった人類は、そこから高度に発達した文明の恩恵を十分に受けることとなった。
戦争の憂いもなく豊かな生活を送れるようになった人類はそれから爆発的に人口を増やすと思われたが、そうはならなかった。危機感の全くない豊かな生活は人間の生存本能を著しく低下させ生殖行為が極端に減ったためである。
また、働かなくなった人々がろくに運動もせずに怠惰な生活を送ることにより成人病が流行したり、何にもすることがないため自分の存在価値を見出せず自殺をする人間が爆発的に増えたりもした。
その他にも、未知のウイルスが猛威を振るったり、無気力となった人が育児放棄をするようになったりと、問題は次から次へと発生した。
その度に「クレア」は対処を行った。成人病予防のために有機物で構成されたナノロボットを人間の体内に注入し、健康状態を監視させたり、運動不足解消に競技場などの運動できる環境を整えたり、新たなスポーツを開発、普及させた。
生きる目的を与え自殺に歯止めをかけ、ウイルスにはワクチンを開発し、育児放棄された子供を育てるシステムを開発し、と次々に問題は解決されていった。と同時に「クレア」は人間のことを学習していくのだった。が、どんなにバージョンアップを繰り返しても人間の行動原理を完璧に予想するのは困難だった。
◇
それから更に幾星霜もの月日が流れた。
マザーコンピューター「クレア」の絶え間ないバージョンアップのおかげでこの星の環境は人類にとって最高の水準となっていた。最高の水準だ、まだ完璧とは言えない。いまだ突発的な犯罪や諍いは至るところで発生しているし、自殺をする人も一定数いる。
だが、そんなことは「クレア」からすれば想定内だ、いやむしろ必要悪だと考えている。彼女に下された命令は「人類の種としての存続」なのだ。10億人もいる人類すべての救済を目指しているのではない、全体として救えればいいのだ。




