第171話 ステイツ国の場合 その9
ゴブリン。ファンタジー世界では最も馴染みのある魔物のうちの1つだ。子供並みの体躯に、低い知能と低い戦闘能力。いわゆるザコ敵と認知されている事が多い。
このモリオービレッジに現れたゴブリンも正にそんなスペックの魔物であった。
そんなゴブリンの第一発見者は、冒険者ではなく村人だった。村からほど近い山の中で、木の実や薬草などの採取をしていた人が運悪く遭遇したのだ。最初、その村人は村の子供が山で迷子になっているのかと思い声を掛けた。ところが、振り返ったその魔物の醜悪な見た目に腰を抜かすほど驚き、這う這うの体で村へと逃げ帰った。
命からがら逃げかえったその村人は、すぐさま冒険者ギルドへと報告を行い。ギルドマスターは、早速討伐依頼をし、村で中堅の冒険者が討伐に向かった。
ゴブリン討伐は、あっけないほど簡単に成功した。その中堅冒険者がゴブリンが目撃された場所へいってみるとすぐに見つけることができたのだ。初めて見るその醜悪な魔物に警戒心マックスで近づくその冒険者に、ゴブリンは奇声をあげとびかかってきたが、その動きはどん臭く、簡単に切り伏せることが出来た。拍子抜けするくらい簡単にクエストをクリアしたその冒険者は、すぐに村へと帰りギルドへと報告。新しい魔物の出現に不安を抱えた村人たちを安心させたのだった。
ところが、安心したのも束の間ですぐにまたゴブリンの目撃報告が挙がった。それも今度は複数の場所でである。
ギルドはまたまた討伐依頼を行い、その依頼を受けた冒険者たちはゴブリンを討伐した。今度も複数挙がった目撃情報のままに、現地へ出向き、簡単に発見し、簡単に討伐できた。
だが、それでは終わらなかった。そのあとも、ゴブリンの目撃情報が後を絶たなかったのだ。
冒険者ギルドは目撃情報が挙がる度にゴブリン討伐の依頼を行いそれを冒険者が受ける。発見と討伐が容易であることから、クエストランクは討伐系の依頼としては最低のDランクに格付けされた。ちなみに、ワイルドウルフのランクはCランクでグリズリーのランクはBである。モリオービレッジ付近で発見された他の魔物の中でDランクに格付けされたものはない。このランク付けだと、クエストをクリアしてもギルドからは報酬は貰えない。冒険者が得るのは、魔物が落とすドロップアイテムだけになる。
だがしかし、ゴブリン討伐の依頼は冒険者からは人気が高かった。理由の一つは、討伐が容易であることである。だがいくら討伐が容易だとしても報酬がなくては討伐する意味がない。冒険者も決してボランティア活動をしている訳ではないのだ。つまり、ゴブリン討伐が人気の理由はそのドロップアイテムに魅力があったのである。ゴブリンは討伐されると、なんと貨幣をドロップするのだ。その金額は個体によってまちまちであるが、おおよそ10ダラーから100ダラー。ちなみに1ダラーはヒノモト国では100イェンである。うまく立ち回れば、たった一日で1~2週間分の生活費を稼ぐことができるのだ。
大量に発生したゴブリンの討伐によって、儲けた冒険者たちは、その潤った懐をすぐさま村で還元する。つまり、飲み食いや装備品や身の回りのものの買い物に使った。特に新人の冒険者たちは今まで持ったこともないような大金が転がり込んできたため、タガが外れてしまうものも少なくなかった。モリオービレッジの村全体が、少しだけ好景気に湧いたその時を振り返って「ゴブリンバブル」と呼ばれるのはこれからちょっと先の話である。
そんな矢先に事件は起こった。ゴブリン討伐に出た新人冒険者が帰ってこなかったのだ。
冒険者には常に危険がつきまとう。今までも魔物の討伐依頼を受けた冒険者が、帰ってこなかったことは何度もあった。それらはことごとく討伐に失敗して魔物に返り討ちにあった犠牲者である。もちろん、それを理解して冒険者になっているのである。冒険者がクエスト中に亡くなるのは自己責任ということはみんな了解した上で、クエストを受けている。
だが、ゴブリン討伐に関しては今まで一度も犠牲者が出ていなかったのだ。もちろん、冒険者に限っての話だが。それこそ一番ランクの低いペーペーの新人冒険者に至るまでゴブリン討伐に失敗するものはいなかった。少なくとも今までは。
そしてそこから悲劇が始まったのだ。つまり、ゴブリン討伐に出た冒険者がひとり、またひとりと帰ってこなくなり、やがて新人冒険者でゴブリン討伐に出たものは一人も帰ってこなくなった。それだけではない。村人にも被害が及ぶようになった。
今までも、冒険者以外の村人が山に入っていなくなることは度々起こっていたのだが、その頻度が急激に高くなったのだ。
この事態を重くみた冒険者ギルドはすぐさま、対策を練った。ギルドマスター兼村長のスピードワゴンとベテラン冒険者たちが今までの経験と知識を総動員して話し合った結果、出た結論はゴブリンたちが集落を形成し集団で冒険者に対抗しているのではないか?ということだった。そしてそれを防ぐためには、その集落を根こそぎ壊滅させるしかないというのがその対応策だった。
その対応に当たったのは、村でも上位にランク付けされるベテラン冒険者パーティだった。今まで数々のクエストをこなし、特に村の近くに出来たキンググリズリーの団体を集落ごと壊滅させた実績もある武闘派のメンバーだ。ギルドマスターであるスピードワゴンも彼らには絶対の信頼を置いている。
「たのんだぞ、シュトロハイム」
「まあ、大船に乗ったつもりで待っていろ」
自信満々のパーティリーダーと交わしたその言葉を最後に、その冒険者パーティは二度と村には帰ってこなかった。




