第159話 ステイツ国VSダルシム国 その6
「よし、参るぞ。準備はよいか?」
「ちぇ、どうせ待ってくれと言ったって待ってくれないんだろ?」
「その通り、よく分かっておるではないか」
数百メートル上空へ飛ばされたジョーは、瞬間移動にて地上へと降りてきていた。そして、それに対峙しているのは5人のウメ達だ。それぞれが腰を落として右腕を引き攻撃モーションに入っている。そんな状態の彼らにぐるっと取り囲まれているジョーは圧倒的不利な状況と言えるだろう。さすがにこの状況で武器なしでは話にならないのでアイテムボックスから国宝『デュランダル』を取り出す。
両手で扱うこの大剣は通常の攻撃力の高さに加えて使用者の魔力に応じて切れ味が際限なく増すというありがちな性能であるが、この『デュランダル』をジョーが手にすると最高硬度を誇る金剛石をまるでトウフのようにスパッとぶった切れるのだ。ところが、
バシュッ
「っく・・」
ウメの螺旋攻撃がジョーの左腕を抉る。音速を超える攻撃は、肉眼で捉えることは不可能だ。更に、この攻撃はボクシングのコークスクリューパンチのような溜めもなく、まるでジャブのように予備モーションなしで放たれる。それが5方向から正確に急所を襲ってくるものだからたまったものではない。国宝『デュランダル』を手にして攻撃力はアップしたが、肝心の守備力は変わらないためウメの超高速の攻撃を躱すことができない。
(そう言えば昔の偉い人の名言に『当たらなければどうと言うことはない』ってのがあったなあ。ってそれにしても、こいつらどうやって5人になったんだ?ヒノモト国にはニンジャのスキルに『ブンシンノジュツ』というものがあるらしいが、まさかそれではあるまい)
もちろん忍者の『分身の術』ではない。これはれっきとしたヨガ闘技の技なのだ。
究極奥義であるテレポートであるが簡単に説明すると、時空間に干渉することにより任意の2地点の道程を捻じ曲げ、更にそれを繋げ、その繋がったトンネルをくぐると言うものである。まあトンネルとは言っても奥行きも全くないただの点なのであるが。
その点、いや特異点と呼ぼう、その特異点を展開するのには膨大なチャクラが必要となるため『テレポート』を使用する時には、ほんの刹那の間だけ展開してチャクラを節約する。
ヨガ闘技の長い歴史の中でこの究極奥義を習得した者はほんの数人しかいないのだが、幼き頃より人よりも少ないチャクラ量をやりくりしてきた、いわばチャクラのやりくり名人のウメはそのチャクラの節約術が歴代の戦士の中でも抜群に上手だった。
そう、ジョーが『分身の術』と言っていたこの術であるがこの特異点を固定しっぱなすことにより成り立っているのだ。地球では『ワームホール』と呼ばれている特異点、ここを通った物体は、トンネルに入った時刻と出た時刻は同一であるという特性を生かした技なのだ。バカみたいにチャクラを食うこの技は、チャクラのやりくり名人のウメのチャクラマネージメントの元でのみ実現可能なのだ。つまりこの5人は全員、同じ時間軸に存在しているウメという事になる。
(っく、こりゃあマジでやばい。ヤツを甘く見過ぎてたな。『おい、ドラゴ』)
5人のウメに取り囲まれハチの巣になりながらも、今まで培った経験と勘だけで必死に攻撃を避け続ける。自動治癒により傷口はたちどころに修復されるが、それを上回る速度で攻撃を喰らってしまう。何度か急所に喰らった攻撃もあり、どうにか即死は免れて首の皮一枚で逃げ回っている状態だ。
『ドラゴ、聞こえてるのか?おい、ドラゴ!!』
必死にパートナーに自分のピンチを知らせるがなぜか反応がない。そうこうしているうちに形勢はどんどん不利になっていく。瞬間移動で逃げても逆に先回りされ致命傷を負う始末だ、まさに八方塞がりである。
「おいお前、『ブンシンノジュツ』を使えるなんてニンジャじゃないのか?実はヒノモト国民だったりして」
「ワシは生まれも育ちもダルシム国だ。国を出たのもコレが初めてなのだからな。そのニンジャと言うものも聞いたこともない」
軽口を叩きながらも時間稼ぎを狙うのだが、会話を続けながらもウメの攻撃は容赦なく続く。必死に避け続けるも反撃のめどがまるで立たない。それどころかウメの攻撃はどんどんとその精度を上げていき最早、避けるのが困難になっている。
バシュッウウウ・・・
「ぐ、ぐおおお」
ウメの攻撃がジョーの右目を貫く。間一髪攻撃を逸らしたため、そのまま貫通して脳まで到達することはなかったがこの傷は自動治癒では回復しない。冒険者時代にも味わった事がないような激痛を必死にこらえ回避策を練るが何にも思いつかない。また相手が回復魔法をかける隙を与えてくれるほど甘くもない。ジョーは灼けるような右目の激痛に耐えながら半分になった視界の中逃げ惑うのみだ。だが、
「これまでのようだな」
5人のうちの1人のウメが伸びた腕で体をぐるぐる巻きにして身動き取れなくされている。そして他の4人のウメがジョーを取り囲み急所へと一撃を撃ち込む構えを取る。絶体絶命だ。
「残念だがこれまでのようだな。貴様、何か言い残すことはあるか?」
「え?言い残すこと?じゃあ、オレの身の上話を聞いてくれ。聞くも涙、語るも涙の物語だ」
「それは却下だ。もっと手短なヤツにしろ」
「なんだよケチー」
「どうだ?ギブアップするか?私も命まで奪いたくはない」
完全に詰んでいるジョーの状態に降伏勧告を促すがウメの視線には全く油断が感じられない。簀巻き状態のジョーの一挙手一投足を一瞬たりとも見逃さない。
(全くもって策がない。万事休すか?こりゃあ思ったよりも強敵だったってことか。最初からああすれば・・・)
さすがのジョーも勝負を諦めかけていたその時、
『ク、クワアアアア・・・ジョーよ、もう終わったのか?』
散々呼びかけて反応がなかったドラゴからの念話が届く。
『おい、お前寝ていただろう?さっき散々呼んだのにさ』
『いや、寝てないぞ。我は寝てない。ただチョット暇だったので目を瞑って考え事をしていただけだ』
『いやオレのピンチの時に何、暇こいてるんだよ。今のオレの状況見てみろよ』
『クワーハッハッハッハ、情けない姿を晒しおって。貴様にはお似合いだ』
『ちょっとちょっと、このままじゃ負けちゃうからアレお願いするよ』
『ふん、しょうがないな』
「貴様、何をしている?さては『聖獣』と念話をしているな?おい、カメ太警戒しろ」
間近でみていたウメはドラゴと念話しているジョーの様子を目敏く気付き、カメ太へと指示を出す。
ズガーーーーーン・・・
すると次の瞬間に辺り一帯に雷が落ちてきた。それは見た子もない光景だった。見渡す限りに数百本とも数千本とも分からないイヤ、もっと多いかもしれない稲妻が落ちてきたのだ。まるでこの世の終わりのようだ光景だ。
「カメ太、助かった」
『うん』
間一髪だった。稲妻が達する寸前、ウメ達の頭上に魔方陣が展開されその身を守ったのだった。
「ステイツ国の聖獣よ、邪魔はさせんぞ」
はるか上空に浮かぶステイツ国聖獣ドラゴを睥睨しウメが叫ぶ。全身を青磁器のような蒼白い鱗に覆われていて、そのなめらかな体には傷一つ無くまるで芸術品のようだ。そして「極上の蒼」と表現されるブルーダイアモンドのようなどこまでも澄み切った蒼いその目でウメを見下ろす。
『ふん、貴様たちの戦いなど初めから興味もないわ。その男が勝とうが負けようが我には関係もないこと。負ければそれまでのことじゃ』
「なんだと!?」
予想外のドラゴの言葉を頭の中で反芻しその意味することを考える。
ドサッ
「?!」
次の瞬間、5人のウチの一人のウメが倒れる。予期せぬ事象が起こり他の4人のウメに緊張が走る。
(ばかな?今、こやつは何をしたのだ?一瞬たりとも目を離してなかったのだぞ。なのになぜ斬られた?)
ウメの腕でがんじがらめにされていたジョーがいつの間にかその束縛から脱出し目の前で剣を構えている。まるで先ほどの稲妻をそのまま剣にしたかのような光り輝く剣を。




