第156話 ステイツ国VSダルシム国 その3
ステイツ国聖獣であるドラゴが創った結界内、雷雨を伴った激しい暴風の渦の中であるがその内部は意外なほど静まり返っていた。と言うかまるで別世界だ、辺り一帯には何もなくだだっ広い空間がどこまでも広がっている。
「どうだ?ドラゴの結界は?こいつは空間魔法が得意でね。ああ、心配しなくてもいいよ。別にデバフ効果なんかないから。ここなら誰にも見られずに思う存分戦えるってもんだ」
ステイツ国代表ジョーが先ほどまでとは打って変わって自信満々の表情で挑発的な視線を投げかける。性格まで変わってしまったようなジョーの態度にも、ラマー法の呼吸法を完璧にマスターしているダルシム国代表ウメは全く動じない。その程度の出来事では、まるで静かな湖畔の水面のようなウメの心には、さざ波一つ立たたせる事はできない。そんなウメが拳を握りしめた自分の右手をじっと見つめる。
「ふん、この期に及んでとぼけたことを」
「いやいや、本当に他意はないよ。あ、ひょっとして辛かったりするのかな?ここは普段オレとドラゴが修行で使っている場所だから多少、重力を強くしているんだよね。普通の空間のたった10倍なんだけど辛かったら戻そうか?」
「ヘタな挑発を。だがそれには及ばん」
そう、この空間は某バトルマンガの修行場の如く通常の10倍の重力が働いているのだ。常人なら身動きさえ取れない状況にいきなり放り込まれ顔色一つ変えないのは流石と言わざるを得ない。だが、慣れない環境での戦闘を強いられるウメが圧倒的に不利なのには違いない。
「カメ太」
『うん、ウメ』
その途端、ウメの体を薄い紫色の光が覆う。防御特化型のカメ太はあらゆる状態異常を無効化できる。今回は『重力無効』の結界をウメの体に展開したのだ。カメ太の結界を身に纏ったウメが軽くシャドーボクシングを始める。結界に閉じ込められる前もかなりの敏捷性だったが、それと比べ物にならない位のスピードで最早残像しか見えないくらいのスピードだ。
「ほほう、少しは楽しませてくれそうだな」
その様子を見たジョーは、相変わらず余裕の態度を崩さない。自分の土俵に相手を引きずり込んだのにそのアドバンテージが無くなったと言うのにまるで意に介していない。それどころか、その状況を楽しんでさえいるようだ。
バシーンンンン・・・
次の瞬間、ウメの打撃を喰らったジョーが盛大に吹っ飛ばされる。壁などの障害物が何もない空間なのでどこまでもすっ飛ばされていく。100メートル程も飛ばされて漸く止まるが、その顔面にはウメの攻撃によって出来たミミズ腫れがクッキリと浮かび上がる。
「どうした?本気を見せてくれるんじゃなかったか?」
瞬間移動を繰り返しながらジョーへと近づくウメ。結界内でも問題なく瞬間移動が出来るのを抜け目なく確認しながら、自分のアドバンテージを決して過信することなく目のまえの相手を見据える。一方、自陣内へと敵を引き入れ圧倒的優位に立ちながら易々とそのアドバンテージを失ってしまったその相手、ステイツ国代表ジョーであるがそれでも余裕の態度を崩さない。落ち着き払って立ち上がる。
「ドラゴ、アーマーだ」
『承知した』
その余裕の態度の理由が今明かされる。ジョーの全身に白磁のような綺麗な鱗が纏われる。ステイツ国聖獣、ドラゴのスキルの一つである竜麟鎧だ。まるで高級な白磁のような輝きを放っており非常に美しい見た目だ。中世ヨーロッパの騎士風のその見た目の鎧であるが、よく見ると非常にキメの細かい白磁のような鱗で構成されておりジョーの動きを全く阻害しない。
「ふう、この恰好で戦う相手ってのも久しぶりだな」
『我以外での話だがな』
「まあ、そりゃあそうだけどさ。と言うかコレなしじゃいまだに勝負にならないけど」
『精進することだ』
ドラゴと軽く会話を交わすと全身に力を籠める。グッと力を少し籠めると、全身からぶわあっと湯気のようなものが立ちあがる。余りのパワーの大きさにその身に纏うオーラが具現化しているのだ。ラマー法を完璧に会得しているウメは相手の戦闘力のおおよそが判別できるのだが、その能力により分かったジョーに内包されているパワーに愕然とする。
「な、ばかな。ただの人間にこれほどのチャクラが持てるはずが・・・」
今までの取り澄ましたポーカーフェイスは崩れジョーの圧倒的なパワーを目の当たりに目を見開く。が、それも一瞬の事ですぐに取り繕い落ち着いた様子で目のまえの相手に対峙する。
「ふふふっ、流石に少し焦ったんじゃないかい?」
「まあ多少はな」
「多少ねえ、まあいいか。お楽しみはこれからだからな、じゃあいくぞ」
ドンッ
ジョーが地を蹴ると衝撃音と共にあっという間に距離を詰めてくる。速い、かなりのスピードだ。そのままの勢いで振り上げた拳を叩きつけてくる。
ドオオオン・・・
間一髪、瞬間移動で躱したウメがまた距離を取って身構える。地面に視線を移すとジョーの攻撃を受けた衝撃で巨大なクレーターが出来ている、穴の底は見えない・・・
「穴の底が見えない、なんという衝撃だ」
「ふん、うまく避けたじゃねーか。だがいつまでも避け切れるかな?」
拳を振り上げ再び超スピードで襲い掛かってくるジョー、それをまたまた間一髪瞬間移動で躱すウメ。最早取り繕う余裕など全くない状況だ。
「くそったれ、パワーがてめえならスピードはオレだ。一生かかっても追いつけんぞ」
捕まったら終わり、それなら逃げ切ってやる。そうして活路を見出すのが今の最善手だろう。呼吸を整えて瞬間移動を繰り返すウメの集中力が益々研ぎ澄まされる。ラマー法をマスターしているウメからすれば集中力の持続など造作もない、このまま半日でも続けることができる。そして集中力が続く限りは、瞬間移動を始めとした全ての技は使用できる。
ウメは瞬間移動を駆使しジョーとの距離を保ちながら、頭の中で反撃の策を練り続ける。
「よお、久しぶりだな」
「な!?」
ところが予想外の出来事が起こる。ウメが瞬間移動で距離を取った瞬間、背後にジョーが現れたのだ。あまりのことに驚愕するウメにジョーが告げる。
「あれ?さっき言ったよね。ドラゴは空間魔法が得意だって」
ドゴオオオオン・・・
竜麟鎧に包まれた拳がウメの顔面を捕らえた。




