第147話 なかつ国の聖獣
ゴゴゴゴゴゴ・・・
アースドラゴンを中心として半径10メートルほど瓦礫が浮遊する、更にアースドラゴンの鱗表面に時折、ピリっとか、ピカっという感じで稲光が走る。
『では、参るぞ』
言うなり、ドラゴンがメイリンに向かって無造作に右手を振り下ろす。咄嗟に横へと飛びのくと次の瞬間、今までいた地面に亀裂が走った。
メリメリメリ
亀裂はあっという間に広がり、まるで隕石でも落ちたかのような半径10メートルくらいのクレーターへと変貌する。もちろん、そんな穴に落っこちてしまう程メイリンはのろまではない。すぐさま回避し、ドラゴンとの距離を保ったまますぐさま次の行動へと移れるよう構える。
『ふむ、ちと攻撃が単純過ぎたようだな。では、ちょっと本気を出すが死ぬでないぞ。我をもっと楽しませるまではな』
「あらあら、あなたを楽しませるつもりはありませんけど、死ぬのはイヤだわ。どうしましょう?」
受け応えるメイリンにはまだまだ余裕がある。が、次の瞬間今まで見たこともない攻撃がメイリンを襲う。
ズドドドドド・・
いつの間にか出現した直径3メートルはあろうかという岩の塊が上空よりメイリン目掛け無数に落ちてきたのだ。その数は百に上ろうか?岩は地面に衝突すると凄まじい音を立てて崩れるが、地面も無事には済まない、亀裂が走り、抉られて、大きな穴が開いた。間断なく降り注ぐまるで隕石のような岩の大群により、あっという間に足元の地面が抉られ逃げ場を失ったメイリンは、ふわりと宙へと浮かぶ。風魔法による空中移動だ。
『ほほう、これも避けるか。なかなかやるではないか。では、これも避けられるかな?』
ドラゴンはニヤリと笑うと、新たな魔法を構築する。少しのためのあと、宙に出現したのは土で出来た槍だった。ドラゴンの周りに漂うそれらは、名の通った刀匠が作成したものと遜色ない出来栄えの精巧な作りであり、一度でもその身に受ければ確実に致命傷を負うであろう鋭さを持っている。
ヒュンッ
その土槍が、次々とメイリン目掛けて襲い掛かってくる。その速さは先ほどの隕石とは比べ物にならない。
「きゃあ、楽しくなってきたわよー」
ところがこの土槍でさえも、メイリンは軽く避け続ける。その身のこなしにはいつもの様に余裕さえ漂っている。
(うん、でもなかなか反撃する隙をくれないのよねー)
アースドラゴンの攻撃を華麗に避け続けながらも、メイリンは困っていた。まだ焦る時間ではないが、攻撃の糸口が掴めないのだ。今の自分の最強技である、「深紅の螺旋」を放つには、ある程度のためが必要な上、単発攻撃であるため、敵に隙を作ってもらうために、どうしても仲間の協力が不可欠となってくる。
「うーん、ちょっと危ないけどあの作戦しかないよね」
メイリンは自分の周り半径10メートル程に漂っている数百の土槍をまるで演舞でも踊っているかのように華麗に避けながら、今から自分がとる戦法を決定する。
ズドンッ
その時、メイリンの頭上から落ちてきた数本の土槍が目標を見失いそのまま地面へと突き刺さる。そしてその衝撃によって、辺り一面に土埃が舞い上がった。もうもうと舞い上がったその土埃はメイリンの姿をすっぽりと隠してしまう。
「いくわよ、深紅の螺旋」
次の瞬間、一瞬でアースドラゴンの背後へと回りこんだメイリンが最大必殺技を解き放つ。狙いはドラゴンの完全死角である後頭部だ。
ズビビビッ
深紅の螺旋が一直線にドラゴンの後頭部を襲う。
『笑止、それで我の隙をついたつもりか?』
ところが、アースドラゴンはその死角からの攻撃を身を捻って避ける。更に体を反転させた勢いそのままにしっぽを背後にいたメイリンへと叩き込む。
ヴンッ
『?!』
アースドラゴンのしっぽをその体にまともに受けたメイリンであったが、次の瞬間、あとかたもなく体が消え失せた。
「残念でした、本命はこっちなの」
声と同時に、再度深紅の光がドラゴン目掛け螺旋を描く。土埃の中から発射されたそれはドラゴンの柔らかいお腹へと進んでいく。そう、背後に回ったと思ったメイリンは風魔法によって作られた蜃気楼だったのだ。本体は、土槍が刺さった地面から一歩も動いていなかった。
ズドーンンンン・・・
深紅の螺旋が、着弾した音が洞窟内に響き渡る。
「あら?」
『ふっふっふ、だから言ったではないか?甘いとな』
アースドラゴンの腹部を狙った深紅の螺旋であったが、この攻撃さえも予測していたドラゴンによって作られた土壁によって全て阻まれたのだった。そして、メイリンの周囲10メートルにはロックオンされた土槍が漂っている・・・
(ふう、この技を出した後は一瞬、硬直状態となるのよね。やはり危険な作戦を立てた私のミスだったわ。次の攻撃を避けるのはムリね。しょうがない、出来るだけダメージを受けないようにするけど足一本くらいはダメになりそうだわ。ああ、お父様が悲しむだろうなあ)
『貫け』
ヒュンヒュンヒュン
アースドラゴンの掛け声と共に無数の土槍が覚悟を決めたメイリンを情け容赦なく襲う。
ズドドドド・・・
次の瞬間、目の前に突然現れたキムに無数の槍が突き刺さった。
「え?おじさま。なんで・・・」
突然の出来事にメイリンは驚き、目を見開いた。次の瞬間、硬直が解けた彼女はすぐにキムの元へと駆け寄る。
「お、お嬢様、良かった。ご無事でしたか。念のために持っていたコレが役に立った。」
全身を無数の槍で貫かれ、瀕死となったキムは吐血しながらもメイリンの無事を確認すると力なく微笑んだ。メイリンは慌てて抱きかかえるが、その反動でだらりと伸びたキムの掌から丸いものが転げ落ちた。キムが長い冒険者生活で獲得したとっておきの魔導具だった。
「お、おじさま。しっかりなさって」
抱きかかえられたキムはメイリンの腕の中で急速に、その命の灯を燃やし尽くしていく。土槍に貫かれた全身からは血が流れだし、目からは光が失われていく。気持ちは焦るが、最早手の施しようがないことは誰の目にも明らかであった。
(私が迂闊な行動をしたばっかりにおじさまを死なせてしまう。どうすればいいの?)
「お、お嬢様。メイリンお嬢様」
「なあに?キムおじさま」
絶望感に苛まれながら、血の気が無くなり冷たくなったキムの手を取り、必死にその言葉を聞こうと耳を傾ける。
「楽しかった、なあ・・・」
「え?」
予想外の言葉に思わず顔を覗き込む。キムの顔色は土気色で、目の焦点もあやふやでこちらが見えているのか分からないが、力なく微笑んでいる。
「よもやこの年になって、こんなに心躍る冒険が体験できるなど思ってもおりませんでした」
キムは、そう言いながら遠い昔に想いを馳せる。そう、長い長い冒険者生活の中、志半ばで散っていったかつての仲間であり、友であり、恋人たちの事を。彼らがいない空虚な人生は、このパーティでの冒険により色彩溢れる輝いたものとなった。その恩人である彼女を守って死ぬのになんの躊躇いもない。
「願わくば、最後にこの老いぼれにお嬢様の笑顔を見せて貰えんでしょうかな?メイリンお嬢様を泣かせてしまったとあれば、お父様から叱られてしまう」
「そ、そんな・・・」
無理だ。あんなに優しかったキムが、目の前で死んでしまう。彼との付き合いは、それ程長くはなかったが冒険に不慣れな自分を何も言わず、さりげなくエスコートしてくれたおかげでどれだけ助けられただろうか?初めての冒険、初めての戦闘、初めての勝利、初めての野営、ああ、今までの思い出が走馬灯のように蘇る。
「メイリン様、最期にお顔を見せてください」
「キムのおじさま・・・」
「ああ、もう目が見えません。メイリン様は今笑っているのですか?」
「も、もちろんよ。そう、もちろんですとも」
その大きな瞳から大粒の涙を零しながら、やっとの事でそれだけ言う。と、キムの体から無数の粒子があふれ出し、空へと昇っていく。その粒子の数はどんどん増えていく。
「相変わらず、嘘がへた・・・」
次の瞬間、キムの体が粒子となってメイリンの腕の中で消え失せた。
それからの事は今でもあまり覚えていない。結果としてメイリンもそしてヤンもこの戦いで生き残った。気が付いたら、アースドラゴンと対峙していた。ドラゴンは満足げな顔をしていた。
『なかなか楽しませて貰ったぞ。長く生きているが、我とここまで戦えたものは、滅多にいなかった。また、我と戦ってくれるか?』
「いいわよ、でも次戦ったら私が勝つわよ。その時があなたの最後になるから覚悟しておくことね」
『クワッハッハッハ』
ドラゴンは愉快そうに笑うと、メイリンに丸いものを手渡した。
「なによこれ?」
『お前たち人間は、我に比べると寿命が極端に短いからな。それをやろう、大切にするが良い。では、また逢おうぞ』
ドラゴンが去った後、渡されたものを見る。それはきれいな虹色をした卵であった。その卵から孵った聖獣「朱雀」によってメイリンは永遠の時を過ごすこととなった。
その後永い時が過ぎ、今に至る。




