第142話 なかつ国代表の場合
メイリンはなかつ国でも有数の豪商の家に生まれた。遅くできたたった一人の子供という事もあって、両親はメイリンを溺愛し精一杯の愛情を惜しみなく注ぎ込んだ。容姿に優れていただけでなく、非常に頭の良い子であったメイリンに両親は、国中から名高い家庭教師を探し師事させた。特に魔法については、運も手伝って、国の筆頭魔術師並の実力をもつ魔術師に師事させた。
彼女は魔法の才能も並ではなく魔術師曰く、「風魔法については、私などの才能を軽く上回るほど」と言わしめるほどだった。そうして、メイリンは同年代では比類することなき実力を身に着けることとなったのだ。
何不自由なく育てられたメイリンが6歳になった時、国立の学園へと入学する。政府高官や有数の金持ちの子弟のみが集められた国内最高峰の学園だ。
だが国中の才能が集められたこの学園内においてもメイリンに敵う者は現れなかった。それは、学科だけに及ばず体術、魔法など全てにおいてだ。特に、一番適性が高い風魔法においては、教師も舌を巻くほどであった。そうして入学して1年も過ぎた頃には、もはや学園内にいる同級生どころか上級生の中でも、メイリンに匹敵するどころか相手になるものさえいなかったのである。
そんなメイリンであるが、学園では生徒からも教師からも大人気であった。最初は、あまりの才能の違いにクラスメートとの間に壁が出来ていたのであるが、愛らしい容姿とくったくのない性格にあっという間にみんなに溶け込んでしまった。もちろん、その才能にやっかみを覚える者もいたが、ごく少数であった。幼い頃から、常に周りの大人に可愛がられ、自然に人から愛される素養を身に着けていた彼女からすれば、それは至極当然の事であった。
「ねえ、お父様」
「なんだいメイリン、何か欲しいものがあるのかい?なんでも言ってごらん」
父親のワンは、頭の切れる男だった。先祖代々貿易商を営んでいた実家を継いだ彼はあっという間にその規模を何倍にも成長させた。また、政財界にも積極的にパイプを構築し様々な利権を獲得したのだった。
そんな彼も娘にはメロメロだった。欲しいものは何でも買い与えたし、望むことならばなんでも叶えてやった。その度に、メイリンは大げさな程にはしゃぎ、大喜びするのだった。
「私、武術を習いたいの」
ある日の事、10歳になった娘が放った言葉は、彼の予想を大きく裏切った。ワンは目のまえの娘をまじまじと見つめる。いつも見ているが、相変わらず可愛らしい。きれいなアーモンド型のブルーの瞳は、母親譲りのサラサラの銀の髪によく映える。実は、彼女の母親はなかつ国民ではない、ワンが仕事でステイツ国に訪問した際に、通訳として雇ったのであるが、その美貌に惚れ込んで、口説き落としたのである。
そのメイリンが胸の前で両手を合わせてこちらをじっと上目遣いに見つめてくる。その大きな瞳はうるうると今にも涙がこぼれ落ちそうだ。
ワンは思う。こんな可愛いお願いを断れる男がいるのだろうかと。だが、今回ばっかしは許す訳にはいかない、何しろ武術は危ないからな。もし、万が一にでも、メイリンのカワイイ顔に傷でもつこうものなら、一生後悔する自信がある。絶対に許すわけにはいかないのだ。
頑として聞き入れないワンの態度に、メイリンのその瞳からたちまち大粒の涙がぽろぽろと零れだす。そして、そのまま最強のカードを切った。即ち、「お父様なんて大っ嫌い。もう、一生口なんて聞いてあげないんだから」である。
唖然とするワン、なんという事だ。一生口を聞いてくれないだと?そんなの生きてる価値ないじゃないか。そんなのあんまりだ。
元々の役者が違うのだ、そうしてメイリンはまんまと武術を習うことをワンに約束させたのだった。
メイリンが入門したのは、なかつ国2大流派の一つ、「双剣流」であった。最大流派である「大剣流」と双璧を為す流派である。剛の「大剣流」に対して柔の「双剣流」と言われ、刃渡り50センチ程のショートソードを両手で構え戦う防御重視のスタイルだ。対照的に、「大剣流」は、その名の通り、刃渡り1メートル以上の両手剣で戦う、攻撃重視のスタイルだ。
この「双剣流」は、メイリンの特性によく合った。動体視力の良さは、防御の上達に繋がり、体の柔軟さは、どんな型も再現可能にした。そして、天賦の才がある風魔法とこの武術はとても相性が良かった。
◇
「御前試合ジュニアの部、大将はメイリンとする」
入門して2年、遺憾なく才能を発揮した結果、メイリンはなかつ国最大の武術イベントである御前試合の代表へと選ばれる程になった。この御前試合は4年に一度、時の皇帝の前で「大剣流」と「双剣流」の代表が戦う一種のエキシビジョンマッチだ。国民の関心も高く、お祭り感覚で楽しみにしている人も多いのだが、実際に戦う選手は別だ。それぞれの流派が威信を賭けて戦うことになる。
メイリンは、その15歳以下で行われるジュニアの部の代表に選ばれたのであった。
ちなみに過去の対戦成績であるが、圧倒的に「双剣流」の方が分が悪い、この「御前試合」で双方が戦うと、ほぼ「大剣流」側の選手が勝つこととなるのだ。
そもそも、「双剣流」は今から約100年ほど前に一人の女性天才武術家が編み出した。「柔よく剛を制す」というありがちな理念ではあるが、圧倒的な才を持つ、その女性武術家は、数千年の歴史を持つ「大剣流」の高弟へと戦いを挑み、その悉くを打ち負かしていったために評判を取り、瞬く間にその教えは国中へと広まっていった。
結局、その女性武術家は、「大剣流」の幹部クラスの門弟には勝てなかったが、「大剣流」一辺倒であったなかつ国の武術界に一石を投じた実績は、当時の皇帝に高く評価され、この「御前試合」が開催されるようになったのだ。
だがその後、「御前試合」で結果を残せる人間は、「双剣流」には現れなかった。また、創始者であるその女性武術家は5年ほどで表舞台から完全に姿を消し、後継者も育たなかった。
その後「双剣流」は弱体化の一途をたどったのであるが、途絶えることはなかった。それどころか、門下生はその後も増え続けたのだった。武術としてではなく、婦女子の護身術としてではあったが。
そうして、時が経つにつれて「御前試合」はいかに「双剣流」側の選手が「大剣流」の剣士相手に善戦するかが観戦ポイントとなっていったのだ。まあ、「大剣流」の剣士は基本、いかつい男ばかりなのに対し、「双剣流」側は、若い女性が中心であることも、大きな要因であったのだが。
つまり、「双剣流」側の女性が「大剣流」側の男剣士に果敢に戦いを挑み、惜しいところで負けてしまうのを観客は、手に汗握り観戦するのだ。もちろん、「双剣流」側が勝った方が、盛り上がるだろうが、「大剣流」にもメンツがあるため、さすがにわざと負ける剣士はいない。
◇
「それでは、大将戦はじめ!」
順当に先鋒から副将まで負けた後、大将であるメイリンの試合が始まった。エキシビジョンマッチとは言え、観客の前での試合、それも数千人もの人前での試合が初めてのメイリンであったが、気負いや緊張はない。そもそも、生まれた時より人から注目されるのは慣れている。コンディションも万全だ。
「お嬢ちゃん、ヨロシクね」
目のまえの相手から声を掛けられる。筋骨隆々の大男だ、ジュニアの試合だから15歳以下なのだろうが、12歳になったばかりのメイリンと比べたら大人と子供の体格差だ。
「早く構えて下さらないかしら。隙だらけの相手に勝っても自慢になりませんので」
「!」
「大剣流」の大将、ヤンは目のまえの美少女が予想外のセリフを発したことに少しだけ驚く。だが、その余裕を崩すほどではない。気の強いお嬢様が強がっているだけにしか見えないからだ。
「はいはい、構えましたよ。コレでいいかな?」
ヤンは、自分の愛刀を上段に構え笑顔でそう答える。
「!!!」
次の瞬間、竜巻がその愛刀を包み込み、ヤンの手から奪い取って、上空に放り上げてしまった。
トスン
ヤンの手から離れた刀は、放物線を描き10数メートル先の地面へと突き刺さった。
「あらあら、せっかくの武器を手放したら、試合にならないわよ」
メイリンが、口に手を当てて優雅に笑う。まだあどけなさの残る少女が、一瞬妖艶な貴婦人かと見まがうほどの大人っぽい仕草だ。
試合は実戦形式で行われるため、魔法の使用は禁止されていない。ほとんどの剣士が魔法が不得手なため、剣術のみで戦うものが普通なのだが。
「なるほど、多少、風魔法が使えるようだな。見た目の愛らしさに惑わされてしまったぜ」
すぐに気を取り直し、一瞬のうちに剣の元まで移動するヤン。彼とて「大剣流」の代表、幼きころより研鑽を積んだ、将来を嘱望されるエリート剣士なのだ。
「ふふふ、言い訳はよろしくてよ。次は本気を出してもいいかしら?」
「ああ、そんな大口二度と叩けなくなるくらいに痛めつけてやるよ」
ヤンは刀を両手で斜めに構える、上段から中段の間くらいの位置だ。攻撃重視ではあるが、防御にも対応できる構えだ、最も得意な型である。
「では、行きますわよ。準備はよろしくて?」
「はいはい、どこからでもどうぞ」
今度は油断しない。魔法など詠唱の瞬間を見極めれば恐れるに足らないからな。
――キイン
「なっ?」
目のまえのメイリンが文字通り消える。一瞬後に、またまた自分の刀が上空へと弾き飛ばされるのをなんとか認識するヤン。
「お前、今なにをした?」
目のまえのメイリンは、両手にショートソードを優雅に構えている。美術品として国宝級の価値を誇る程の美しい刀剣だ。特に柄の部分には、美しい装飾が施されていて至る所に宝石がちりばめられている。ワンが金にモノを言わせて作らせた特注品だ。
「おーいヤン。いくら相手がカワイイ女の子だからって手を抜きすぎじゃないかー?」
「いーや、このまま負けてもいいんだぞー」
「メイリンちゃん頑張ってー」
対峙しているヤンは、メイリンの実力を肌で感じているが、観客はまだヤンが手を抜いていると思っている。二度も刀を飛ばされたことに対してヤジが飛ぶ。相手が可愛い女の子だから、華を持たせていると思っているのだ。
「負けるなんてとんでもない、本気で行かせてもらうぞ」
ヤンが本気になる。幼き頃よりエリート剣士としての道を歩んできた彼がこんな試合で負けたとあれば、自分の立場がどうなるか?考えるだに恐ろしい。
「―――参る」
一瞬で間合いを詰め、メイリンの正中線目掛け上段から一気に振り下ろす。が、手応えが無い。メイリンが両手に構えた剣で完璧にいなしているのだ。ヤンには、メイリンが何をしたかは見えなかった、その卓越した体さばきも、メイリンの刀に纏っている超圧縮されている空気の層も、自分の攻撃がどうやって躱されたのかがまるで分からなかった。
だが、分かってしまった。自分では決して彼女には勝てないであろうことは。かと言ってここで目のまえの敵に背を向けることはできない。自分は、「大剣流」の代表なのだから。
試合は、一般客だけが見ている訳ではない。この時点でメイリンの実力に気付く達人も含まれていた。それでも、試合を観ている人すべてがメイリンの真の実力に気付くのにそう時間はかからなかった。
「はあはあ、これでどうだ!」
もう何回目かも分からない攻撃をヤンが繰り出す。上段からの振り下ろしから、急に軌道を変えて突きへと変化する。何度も練習を重ねた技だ。
ヤンが血反吐を吐きながら何か月もかかって習得した技をメイリンは右手のショートソードだけで軽くいなす。その場を一歩も動かずにだ。
最初は飛んでいたヤジも飛ばなくなり、試合会場はシーンと静まり返っていた。観客は、試合の行方を固唾を飲んで見守っているだけだ。
とっておきの攻撃を躱され為すすべがなくなったヤンであるが、闘志は衰えない。剣先を相手の正中線へと向け、不屈の構えを見せる。
「ふふ」
ヤンのその様子に、メイリンがほほ笑む。ウットリとするような、可憐な笑顔だ。だが、次の瞬間、試合は終わってしまった。一瞬のうちに移動したメイリンのショートソードの刃がヤンの頸動脈へと打ち込まれる。意識を失ったヤンは、そのまま前のめりに倒れ込んでしまった。
「それまで、勝者メイリン」




