閑話
これは一年ほど前の話である。マツダナルドの第一号店をオープンし、大成功を収めた勢いでチェーン展開に踏み切る事をコウノスケさんから報告を受けたシュウは、それとは別に相談があるということで呼び出されたのだ。
「わざわざスミマセン。ご相談させていただくのに、お越しいただいて」
「イエイエ、コウノスケさんはいつも多忙な身ですから、暇な私の方から出向くのは当然ですよ。それに私は相談役ってことになっていますからね。いつでも相談してくださいよ」
恐縮するコウノスケさんに笑いかけて対面に腰を下ろす。ここはEDO銀行の特別応接室だ。
広い室内には、豪華な調度品が配置され、腰を下ろしたソファーもふっかふかだ。あまりにもふかふか過ぎて体が深く沈み込むため、逆に座りにくいくらいだ。また、この部屋の壁は極厚なので、ここでの会話は外に漏れる心配はない。従って内緒話にはもってこいなのだ。
「マツダナルドの方は順調だと伺っていますけど、何か問題でも?」
出された高級茶を一口飲み、高級そうなお菓子に手を伸ばしながら話を切り出す。
「そちらの方は心配ないのですが、実はちょっとシュウさんにご紹介したい人物がおりまして」
「はあ」
すると2人がいる部屋のドアを誰かがノックする。
「入り給え」
「失礼します」
室内に入ってきたのは若い男性だった。見たところ、20代後半くらいだろうか、長身に黒髪を短くきれいに切りそろえた清潔感のある人物だ。体つきも適度に締まっていて筋肉質だ、かと言ってニッコーさんみたいに必要以上にはついてはおらず細マッチョという感じでスーツを着ている。現世では珍しくないスーツもこの世界では高級品なのだが、なじんだ感じに着こなしている。顔は色白ではあるが、目つきがするどく精悍な顔つきをしている。
「EDO銀行営業一課のハンザワです」
「あ、どうも。シュウです」
彼は一礼すると、鋭い目つきでこちらを睨んでくる。うーん・・・割と苦手なタイプだなー。
「このハンザワ君ですが、去年入行したばかりでかなりの営業成績を挙げてくれるとても優秀な人材なんですよ。重宝しているのですが、何でも是非聞いて欲しいことがあると言われまして・・・」
「聞いて欲しいこと、ですか?」
するとハンザワ君は、向かいの席、コウノスケさんの隣に促されて座ると、シュウの方を見てコクリと頷く。
「あのー、聞いて欲しいことって何ですか?」
おそるおそる聞いてみると、ハンザワ君はふかふかなソファーの端に座り前のめりの姿勢を保ちながら勢いよく話し始めた。
「実はEDO銀行の融資システムについて、是非再考して頂きたいのですが」
「な、なるほど、それは一体なぜですか?」
ま、まじか?なんとこの男、アイさんが作成した完璧なシステムにイチャモン付けに来やがった。
「確かに現行のシステムは、銀行という企業にとってはよく考えられています。リスクは極力抑えられ、確実なリターンを見込める先へ、返済可能な金額だけ融資する。非常によく出来たシステムだと思います」
「はあ、だったらいいんじゃ・・・」
そりゃそうだろ、だってそういう風に作ってるからね。オレのアイさんが作ったんだから、当然だろ。
ハンザワ君は更に前のめりになって話を続ける。
「EDO銀行が出来たお蔭で、みんな新しい家を手に入れ、新しい店が立ち並び、新しい生活を手に入れることができました。EDOの街は、大いに発展し、それはこれからも変わらないでしょう」
更に前かがみになりながら、話は続く。あんなに前かがみになってソファーから落ちないか心配するくらい前かがみだ。ちなみにシュウは、ふかふかのソファーに逆らわず座っているため、ふんぞり返って非常に偉そうな見た目になっている。
「ところが、このEDO銀行の恩恵を受けているのはごく一部の人間だけです。我がEDO銀行を含む、マツダグループ傘下の牛丼チェーン「松田屋」、ラーメンチェーン「麺やMATSU」、そして今回大型融資が決まった「マツダナルド」。新築の家を手に入れているのも、マツダグループの従業員ばっかりだ」
ハンザワ君は、さらに勢いに乗り、熱い弁論を繰り広げる。
「私はバンカーとして、みんなの役に立ちたいのです。今の経済効率重視のこの銀行のあり方では、新しい社会に適合できない弱いものは消えていくしかないんです。今までEDOの街を支えてきた先人たちは新しい文化の波に飲まれるしかないんですか?」
するとハンザワ君はフトコロから書類の束を取り出すと、目の前のテーブルに置く。
「ここに、融資申込書があります。昔から続く和菓子屋が、このところのEDOの住民の食生活の洋食化に伴い、売り上げが減少していたところへ、近所にマツダナルドが出来たため、更に売り上げが減り、運転資金の申し込みをしたのですが、断られました」
ハンザワ君は、ますますヒートアップして目に涙を浮かべだした。
「どうなんですか?コレが銀行のあり方だと言えるのですかー!!」
なんて劇画チックなヤツなんだ。ここはアレだな、オレも乗っからないとな。そう言えば銀行員時代にロールプレイングってヤツをよくやったなあ。よし、じゃあオレもなりきって自分の役割を演じることにするか。
「ハンザワ君、と言ったかな」
「はい」
シュウは深く腰を下ろしたソファーの上で足を組みなおし、ハンザワ君へと視線を投げかける。ギロリと睨んでくるハンザワの視線に一瞬たじろぐが何とか持ちこたえて話を続ける。
「キミは先ほど、EDO銀行の恩恵を受けているのはEDOの住民のごく一部だと言ったね?」
「はい言いました。だって、マツダグループ関係者だけなら一部じゃないですか?」
「そうか。じゃあ、その一部ってのは一体、EDOの住民の何パーセントなんだ?」
「え?」
ここでハンザワ君が、想定外の質問に戸惑うが、間髪入れず質問を続ける。
「答えてくれよハンザワ君。キミがシステムの不備を指摘するなら、ちゃんとその根拠を示してくれないとな」
シュウは、更にふんぞり返って嫌味に足を組み替える。(っく、足って組慣れてないからなんかぎこちなくなっちゃうな)
「うっく、10パーセント、いやそんなにないかな?9パーセント、多分9パーセントくらいです」
途端にしどろもどろになったハンザワ君は、某クイズ番組の回答者のように答える。
「なるほど、9パーセントね」
ブウン・・・
その途端、シュウの目のまえにウインドウディスプレイが展開された。シュウはディスプレイに表示されるデータを読み上げる。
「EDOの住民が現在、328,792名。そのうち15歳から60歳までの生産年齢人口は182,181人か。そしてこのマツダグループの全店および、セントラルキッチン、関連会社の正規、非正規の従業員を全て合わせると21,872人だな。つまり生産年齢人口に対して約12パーセントか」
シュウの回答にハンザワは、自分の回答とそんなにずれてない事にホッとした表情を浮かべる。が、そのハンザワにシュウは更に畳みかける。
「ハ、ン、ザ、ワ、くうん。まだ話は続くからね。キミが言う銀行の恩恵を享受している人って言うのは、融資を受けて家を新築した人の家族も含まれる。つまり、マツダグループの従業員が含まれる世帯はEDO全体の世帯に占める割合は、35,9パーセントだ。そして提携企業であるヨシタケ牧場、EDO湾漁業組合、越後屋グループの全従業員、その他仕入れに協力してくれる生産農家さんまで含めると48,2パーセント。そしてマツダグループ関係者以外での純新規事業先への融資先を含めると51.4パーセントだ」
言い返せないハンザワの顔色がどんどん悪くなる。だが、ここで終わらせるわけにはいかない。
「さらにさらに、さきほど話した「マツダナルド」のチェーン化がこのまま進むと2年以内にその比率は59.7パーセントになると予想される。どうだねハンザワ君、これでも一部の人しか恩恵を受けてないと言えるかね?ちなみにコレは単純に融資を受けた人だけをカウントしてるぞ。実際には、建設関係者も民間だけでなく公共工事含め相当な恩恵を受けているからな」
「うぐ」
ハンザワ君は益々顔色が悪くなり、それを見たシュウは調子に拍車がかかっていく。
「ハンザワあ、銀行員たるもの数字は正確にな。と・こ・ろ・で、和菓子屋の融資申込書だったな。ふん、この和菓子屋「ねこや」の財務状況だが自己資本比率は何パーセントだ?」
「10.2パーセントです」
ハンザワがここぞとばかりに声を張り上げる。ほほう、まだ目が死んでいないな。だが、挽回はさせねえよ。
「10.2パーセントォ?それは本当かあ?」
またまた足を組みなおし、ふんぞり返りながら睨みつけるがハンザワも一歩も引かない。逆にこっちを睨みかえす。面白い、なかなか根性があるじゃないか。
「そちらの財務諸表をご覧ください。その通りの数字が記載されているじゃないですか」
「財務諸表、ねえ」
嫌味な顔でふふんと鼻を鳴らし、目の前の書類に目を通す。ハンザワは生来負けん気の強い性格なのだろう、挑戦的な表情でこちらを見返す。
「ところでここに記載されている数字だが、在庫商品が売上高の割にはかなり大きいが・・・」
「それが何か?」
ここでハンザワが首を捻る。何か関係あるのですか?という顔だ。
「それが何か・・・じゃあ、ねえよおおお!!」
「!!」
急に声を張り上げたシュウに一瞬ハンザワがビクっとなる。
「お前、小売店の商品回転期間は1か月で計算しろよお。これじゃあ、ここに記載されている商品のほとんどが不良在庫じゃねえかよお。帳簿通りに見てんじゃあねえぞお!!」
「え?回転期間?」
ハンザワは急に聞き覚えのないワードが出てきて、あたふたしだす。視線があっちこっちに流れて必死に何か言おうとしているが、何も思い浮かばないのだろう。そのまま黙ってしまう。
「それで計算し直したら、営業利益率もマイナスじゃねえかよお。なあ、ハ・ン・ザ・ワくうん、これで融資して回収できるのかな?」
「・・・」
ハンザワは青い顔をして下を向いている。両こぶしを力いっぱい握りしめて膝に押し付けて何かに耐えるような仕草を見せている。
「答えろお!ハンザワあああ!」
「ひっ」
一喝すると、悲鳴を上げて思わず席を立つハンザワ。その顔を下から嘗め回すように見上げるシュウ、完全に悪役の顔だ。ハンザワは目をつむって何も言わない。そのまま5分ほどが経過した・・・
「ず、び、ば、ぜ、ん、で、じ、だ」
するとハンザワは、苦痛に顔を歪め、必死の形相をしながら体を少しづつ折り曲げ、床に手をつこうとする。
「・・・土下座をして謝罪しますので、どうか許してください」
うんうん、やっぱりこいつ、男気溢れるヤツだ。
「いや、土下座なんかしなくていいよ」
「え?」
はっとした顔でこちらを見返すハンザワ。元々プライドが高いのだろう、決死の覚悟で決断したハズに違いない。予期せぬ言葉に唖然としてこちらを見る。
「よし、キミを融資課長に任命しよう。融資システムへのアクセス権限を与えるから、しっかり働いてくれよ」
「え?え?」
「この権限は頭取のコウノスケさんでさえ持たせていないのだから、そのつもりで」
「はあ・・・」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているハンザワにそう言い渡す。展開の速さについてこれてないようだ。
「ねこやの再建案なんだけど、ちょっといいかな?」
「へ?」
「ねこやの羊羹は美味しいもんね。オレも好きだよ、まあ、ヒノモト人ならみんなあんこは好きだよね」
「あ、そうなんですか。オレも好きです。子供の時から何かお祝い事なんかあると親が買ってきてくれて」
「うんうん、良い両親に育てられたな。それで再建案なんだけど、まずは包装紙をもっと豪華にしてみようか、羊羹はお土産や贈り物にされる事が多いから、その方がもっと喜ばれるはずだ」
「あ、なるほど。それは言えますね。確かに貰った時にきれいな包みだと嬉しいでしょうね」
途端にハンザワの顔が輝きだす。さっきまで委縮しまくってたのが、いまはすっかりやる気に満ち溢れている顔だ。
「あとは、商品開発だな。羊羹ばっかしだと飽きるし毎日食べるものでもないから、もっと軽く食べられるモノがいいな。それと、季節ごとに商品ラインナップを変えるとかね。夏はさっぱりと食べられるものとか、冬は暖かいものとかでもいいと思うよ」
「あ、それいいですねえ」
「もちろん、銀行員として経営の健全化も図るんだぞ。不良在庫も解消させないといけないし、原価率についても、もっと下げないとだめだろうな」
「原価率?」
「まあ、その辺はおいおい教えていくさ。それよりも、融資システムをちょっと開いてごらん」
「はい」
ブウン・・・
EDO銀行への採用基準の一つとして、通信系スキル持ちというものがある。でないと、システムを開けないからだ。もちろん、ハンザワも念話スキルを持っており、しっかりシステムを使うことができた。シュウは、システムの使用方法を一通り教える。
「さてと、こんな感じかな?」
ここでシュウは初めてコウノスケさんの方を見る。コウノスケさんは、目の前で繰り広げられた一部始終の出来事についてこれず、口をぽかんと開けたままだった。
「コウノスケさん」
「あ・・・はい」
声をかけると途端に我に返って返事をするコウノスケさん。ちょっと悪い事をしたかなあ。
「とても良い人材を紹介して頂いてありがとうございました。銀行のあり方として、弱者救済という観点が今まで抜けておりました。もちろん、企業として成り立っていくためには利益の追求は必要なのですが、彼の言う通り、今までの伝統を守っていくことも立派な役割のひとつですから」
「あ、はあ。そう言っていただけるとご紹介した甲斐がありました」
コウノスケさんはほっとして、相好を崩す。よっぽどさっきのやりとりに驚いていたようだ。どんなに億万長者になっても偉くなっても、いい人なんだよなあ。
「では、ハンザワ君。キミの今後の活躍に期待しているよ」
「はい。ご期待に沿えるよう精一杯努めて見せます」
決意も新たにやる気に満ち溢れたハンザワと、コウノスケさんに見送られながらシュウは銀行を後にしたのだった。
その後、ねこやはハンザワの努力が実り、無事融資を受け、方針転換もうまくいき、見事にV字回復を果たしたのであった。EDOの住民はちょっといい事があるとねこやで羊羹を購入し、ねこの絵がついた豪華な紙袋を下げ、知り合いの家へ訪問するのが定番となった。
ちなみにこのハンザワであるが「倍返し」というスキルを持っていたのだが、結局一度も発動することなくEDO銀行の2代目頭取となるのであるが、それはまた先の話である。