第135話 30歳になっても未経験だと魔法使いになれるらしい
「いらっしゃいませ、シュウさん、アイさん。いつもご贔屓いただきありがとうございます」
越後屋へ着くと、いつものようにトキさんが出迎えてくれる。そしていつものように言葉をつなげる。
「丁度よいところへお越しいただきました。新しい商品を入荷したところです、きっとお気に召していただけると思いますので是非、ご覧ください」
ファッションに目覚めたアイの希望で、越後屋へはここ最近は週一ペースで訪れている。そんなハイペースで訪れているのにも関わらず、いつも新商品が入荷されている。一体どうなっているんだろうとトキさんに聞いてみたことがあるが、絶妙にはぐらかされるだけだった。
「あらあ、シュウちゃんにアイちゃんいらっしゃい。今日もいいモノが入ってるわよーん」
すると奥から厚化粧の筋肉ダルマが出てきた。こちらもすっかりお馴染みの「美のカリスマ」ニッコーさんだ。最初はそのいかつい見た目に完全に心を閉ざしてしまったオレとアイであったが、その見た目を補って余りある神懸ったコミュ力と男気溢れる性格に今ではすっかり打ち解けてしまった。それになにより、センスが素晴らしいからな。いつ来てもオレとアイが気に入るコーディネートを提案してくれる。さすが「美のカリスマ」だ。
「あ、トキさんこの前もありがとうございました。今回もとても良かったです」
「それはなによりでした。それでは、次はいかがいたしましょうか?」
いつもの様に軽い足取りで奥へと向かう2人の乙女、(筋肉ダルマと美少女)を横目に見ながら、これまたいつもの会話を交わす。ここ1年ほどはいつもこのパターンだ。
「明日のことがありますので・・・」
「聖獣バトルですね」
トキさんが心配そうな表情でこちらを覗き込む、その慈愛に満ちた様はまさに聖母様のようだ。男性なんだけど。だが、シュウの気負いのない様子をみて「ふっ」と笑みをこぼす。
「どうやら杞憂のようですね」
「完全に出たとこ勝負ですけどね」
そのまま見つめ合う2人、そうシュウはトキさんから男にしてもらったのだ。そうして自信がついて精神的にも成長したという訳である。
もちろん、男になる手助けをしたという意味だ。いくら慈愛に満ちた聖母様と言えど、いくら中性的な魅力のイケメンだろうと男にしてもらうのはやっぱりカワイイ女の子にお願いしたいものである。
―――――――2年ほど前、30歳を目前に控えたシュウは諦めの境地に至っていた。
「はあ、とうとうオレも魔法使いか。まあ、もともと魔法使えますけど―」
結婚したはいいが、アイとの夜の方は全く進展なかったのだ。何しろ常に周りに人およびネコがいるのだ。そんな中、いくら嫁とは言え女の子と二人っきりになれるだけのスキルと勇気を持ち合わせていなかったのだった。
「結婚したら自動的にムフフな展開に行くと思っていたオレが甘かったのか。まさか結婚した上で魔法使いになれるとか、どんだけオレってヘタレなんだよ」
がっくり項垂れるシュウへトキさんから念話が入る。
『こんにちは、シュウさん。私からのバースディプレゼントがあるのですが』
『あ、トキさんこんにちは。プレゼント?!』
呼び出された店へとアイと2人で行ってみると、そこはいわゆる高級料亭でそのまま個室へと通される。豪華な店内に緊張しながらも出された高級料理の数々に舌鼓を打ち、高級そうなフドウ酒を飲み進めていくうちに2人はいい感じに酒と雰囲気に酔ってしまう。すると、奥から責任者らしき恰幅の良い紳士が現れる。
「少しお休みになられてください。お部屋をご用意しておりますので」
案内されるまま奥へと進むと、襖一枚隔てた先にはふかふかの布団が一組敷いてあるだけの部屋があった。中はいい感じに薄暗い。あとで聞いた話では、要人やお金持ちがお忍びで使うお店とのことだった。なるほど、トキさんが気を利かせてお膳立てしてくれたのか。
―――よし、ここで据え膳食わなきゃな。
アイの方を見ると、良い感じにお酒が入っている。透き通るような白い頬はうっすらとぴんく色に染まり目もとろーんとしている。これはなんだか行けそうな気がする。意を決して顔を近づける。うお、改めて間近で見るとまつ毛が長いな、眉もきれいに整っているし、少しだけ垂れ目がちの大きな黒い瞳は見つめていると吸いこまれそうだ。
「アイ・・・」
「うん?したいの?」
おずおずと上目遣いでこちらを見つめるアイから、予想外の言葉が発せられた。え?したいって何を?もちろんアレのことだよね?ありがちなボケはここではいりませんので。
「ウチら夫婦やけんね、シュウがしたいんなら、よかよ」
アイはそう言って目をつぶった。よし、コレは確定だ。オレは緊張に震えるのを必死に隠しながらアイの形の良い唇にそっと自分の唇を合わせる。
「あ」
よく初キスはレモンの味だとか、カルピスの味だとか表現される。アイの唇からは、そのどちらの味もしなかったが、それ以上に何か甘酸っぱい香りが体中が包まれる。想像したよりもずっと柔らかな感触に頭の中が真っ白になりながらも、次の行動をシミュレーションする。(確か次は服を脱がすんだったな)
「ねえシュウ」
「はい?」
震える手で必死にワンピースの背中のファスナーを探しながら(くそ、正面で向き合っているのに、背中に手をまわしてファスナー下ろすって想像以上に難しいな)と焦っていると、アイから声がかかる。
「その・・・キスから先もしたいん?」
「あ、うん。出来れば」
まずかったか?今日はここまでにしとくべきだったようだ。元々ヘタレなオレは、祈るような気持ちでアイの次の言葉を待つ。
「ちょっと待って欲しいんやけど」
なるほど、このパターンだな。アイのお許しが出るまでおあずけってんだな。いいでしょう、待ちますとも、今まで30年待ったんだ、今更少しくらい待ったって。
「あれ?シュウ泣いてる?」
「ぐすん、いや泣いてないよ。泣いてる訳ないよ、ただ目から汗かいてるだけだよ。ただ、一つだけ教えて欲しいんだけど、どれくらい待てばいいのかなーって」
っく、頭では待つことに納得しながらも体がこの絶望的な状況に拒絶反応を示しているようだ。アイは目と鼻から盛大に涙と鼻水を流しているオレをきょとんとした顔で見ている。
その顔立ちは天使の如く純真無垢だ、いいよ分かっている。悪いのはオレだ、あと何年だろうが待ちますから。
「えっと5分くらいかな?」
「え?」
今度はオレがきょとんとなる。今5分て言ったよね?聞き間違い?でも確かに5分って
「いま作るから、ちょっと待っててね」
「え?作る?なにを?」
するとアイはやおら立ち上がり部屋の中をうろうろとしだした。「あー」とか「うー」とか言いながら部屋の中をぐるぐると歩き回る。あんましぐるぐると回るものだからバターになりやしないかと少し心配になってしまう。が、バターになる前にストンとふとんに腰を下ろしたので、ちょっと安心する。アイはふとんの上で女の子座りをすると、もじもじした様子で目を伏せ床にのの字を書きだした。何か言いたい事があるのだが、恥ずかしくて言えない、そんな感じだ。こんなアイは珍しい、というか初めての反応だ。オレの出した質問に即断即決で回答をくれていたのが、アイという女の子だったのだがいままでの印象と大きく違うのにオレはとまどうばかりである。
「えっとね、ウチはその、初めてなんよ」
「うん」
(やはりそうだったか、こんな可愛い子の初めてを頂くとかサイコーだ。オレの初めてなんてなんの価値もないけどな)
シュウが黙っていると、アイは少しの沈黙の後にふうっと深呼吸を一つして、ぽつりぽつりと話し出す。シュウはアイのしおらしい態度に自分も神妙な面持ちで耳を傾ける。アイは恥ずかし気に目を伏せながら少しずつ言葉を紡いでいった。
「だからね、シュウの満足できるようには出来んけん、スキルをね」
「ん?スキル??」
「そう、スキルを作るんよ」
「???」
シュウの顔にはてながついたのを確認すると、アイは少し得意気になって全く予想してなかった言葉を発した。
「そう、ウチもシュウも初めてやけん上手くできんやろ?でも、スキルがあればいっつもシュウが見ているように出来るやん」
「え?見てるってなにを?」
またまたアイが意味が分からない事を言い出し、オレは素直に疑問をぶつける。質問を受けたアイの方は、えー?なんで分かんないの?と不思議な顔をする。
「えー!!、いっつも見てたやん。えっと『おねだりメイ・・・』」
「ストーップ!!!」
え?それってオレが現世にいた時に見ていたアダルトなサイトのアダルトな動画のタイトルじゃねえか。いわゆるメイド物ってジャンルの。
「あ、あのう。アイさん、なぜそれを知っているのかな・・・」
あまりの事に一瞬頭が真っ白になるが、どうにかこうにか落ち着き、おずおずと聞いてみると、アイはますます得意になって話し始めた。
「ああ、この前シュウのスキルをメンテナンスした時にね、他のデータも整理して使いやすくしたんよ。フォルダを作成して項目ごとに並べ替えてね。それで、その時に見つけてね。『あー、シュウがエッチなの見てるー』と思ったけど、ウチも嫁やけんシュウの好みとか知っとかんといけんねえって思って見てみたんよ」
得意気に話すアイには、全く悪気は伝わってこない。それどころか「褒めて褒めて」というオーラがこれでもかと漂ってくる。
つまりこういうことか、アイがオレのスキルをアップデートしてくれた時に、ついでに他のデータ(というかオレの記憶)もメンテナンスしてくれたって事なんだな。どうりで最近、なぜか急に物覚えが良くなったり、昔の記憶が鮮明に甦ってくると思ってた。
なんて事はどうでもいい、オレは目のまえの女の子に今までの自分の黒歴史から黒歴史までを全て閲覧されてしまったって事かよ。
「・・・」
(恥ずかしい、穴があったら入りたい。ないのなら、むしろ掘るか・・・)シュウは恥ずかしさのあまりに目のまえが真っ赤になる。これがが女性経験豊富な百戦錬磨の猛者であったのなら、こうまで恥ずかしくはなかっただろう。だが、今までの人生でほとんど女性と縁のなかったシュウにとっては、人生で一番恥ずかしい経験だ。しかもダントツで恥ずかしい。
「ねえ、どうしたと?」
布団の上で正座をしながら、真っ赤になって俯いているシュウをアイが覗き込む。だが、恥ずかしさのあまりアイの顔をまともに見れない、俯くのみだ。
「ねえってば!」
突然、アイがシュウの両肩をそれぞれの手で掴み、自分に引き寄せる。強引に体を引き起こされたシュウは至近距離でアイと見つめ合うことになる。
「どうしたと?」
「・・・軽蔑するよね?あんなの見てるって知ったらさ」
あまりの恥ずかしさに言わなくてもいいことを言ってしまう。そんなの、聞くまでもないじゃないか。絶対キモイって思われてるし、絶対引いてるよ。
「そんなことなかよ。だってみんな見とるもんやし・・・」
予想外のリアクションが返ってきてシュウは、思わず顔を上げアイを見つめる。
「そうなの?じゃあ、アイも?」
するとアイは、またまた顔を真っ赤にする。
「もー、そんな事、女の子に聞かんといてよー」
「あ、ごめん」
「・・・ウチも興味あるよ」
「え?」
またまた予想外の言葉だ。
「でもそんなのしたことないけん、シュウが見てたような女の子みたいには出来ないんよ」
「うん」
「戦略を考えたりスキル作ったりは慣れてるんやけど」
それは、アイと出会ってから初めて見せる顔だった。いつも自信満々にシュウに指示を出す快活な少女ではなく、自信なさげな儚げな表情を浮かべる少女だった。(オレは、テンパって自分の事しか考えてなかったけど、アイはオレよりも年下の女の子なんだよな。見た目は完璧美少女だけど、考えてみたらアイって引きこもりのオタクなんだよな)
「ホントはね、もっと早くこういう事したかったんやけど怖くて逃げてた」
「あ、道理でなかなかチャンスが・・・」
「本当にごめんね」
悲しい事に女心が全くわかっていなかったシュウの勘違いが生んだすれ違いだったが、兎にも角にも初めて心が通じ合った瞬間であった・・・(夜の方では)
「いや、オレが悪かったんだ。こちらが年上なんだから気付くべきだったよね」
「いやウチが」
「いやオレが」
「いえワタクシが」
最後はコントみたいになった後に沈黙が訪れる。
(よし、アイも勇気を出して告白してくれたんだ。オレだって)
「アイ」
「うん?」
「スキルはいらないよ」
「え?なんで?だって上手に出来た方が」
「知ってると思うけど、オレも初めてだから上手くできないと思うけど、スキルに頼って上手くできるよりもヘタでも一生懸命に頑張ってくれた方が何倍も嬉しいから」
またまた沈黙の後、アイは小さな声で「分かった」とだけ答えた。
そしてその夜、初めて同士のオレ達はぎこちないながらもようやく一つになれたのだった。