第134話 4years later その2
稽古が終わり道場を出る。やるべきことはやった、後は出たとこ勝負だな。人事を尽くして天命を待つってやつか。空を見上げると太陽が真上にある、丁度お昼時だ。
「シュウ、お腹空いた。ウチ、マッツに行きたい」
『それはいい考えだニャ。ボクもマッツに行きたいニャ』
『にゃあ、右に同じだにゃあ』
「そうだな、お昼はマッツにするか」
オレ達は目的地へと歩き出した。この4年間で、EDOの町も随分と様変わりした。新しい住宅やお店が随分と増え、それに伴って街道もかなり整備が進んでいる。銀行での融資業務を開始した事により、建築ラッシュが始まり、新興の住宅街が出来た。人が集まるところに、商売ありで、まずは建築に携わる人目当ての飲食店が出来る。そうすると、更に人が集まり、仕事も増え、雇用も増え、と好循環が出来上がる。融資業務も好調で、回収率もかなり高く、念のために積み上げてた貸し倒れ引当金も、全然使う事がないために、自己資本比率も高まり、更に低金利での貸し出しも検討している。まあ、コレもアイの作ったシステムが優秀なために、健全な経営が出来ているおかげなのだが。
お蔭でEDOの経済もかなり活性化して、税収が倍増したとケンからお礼を言われた。もちろん、その税収については街道の整備などの公共事業に投じている。トキさんは、あまり急激に発展するのでハイパーインフレを懸念していたが、そこはアイのシステムががっちり管理している。ある程度のところで、金利を引き上げて引き締めを行うようなセーフティネットが組み込まれている。もちろん急激な金利上昇は金融恐慌を招くために、段階的に引き上げるのは言うまでもない。
「ようし、着いたぞ」
目的地である、「マツダナルド」へと到着した。もちろんハンバーガーショップだ。オレは商品開発や仕入れルートに多少関わっただけで店舗や店員の確保、商品を提供するオペレーションなど全てコウノスケさんに丸投げしたのだが出店からわずか一年で牛丼とラーメンに並ぶ店舗数にまで成長したのはさすがと言うべき手腕だな。
店内に入るとカウンターがあり、その奥にいる店員から話しかけられる。元の世界ではおなじみのスタイルだ。
「いらっしゃいませ、本日はお召し上がりですか?お持ち帰りですか?」
「あ、ここで食べます」
「それではご注文をどうぞ」
「あ、オレはハンバーガーとコーラ」
「ウチは、チーズバーガーとミネラルウォーター」
『にゃ、ボクはダブルバーガーとコーラだニャ』
『にゃあ、ご主人様、ダブルチーズバーガーとコーラをくださいにゃあ』
『ボクはビッツマッツがいいです』
『あ、オレもオレも』
『私もビッツマッツを所望いたします』
コタロウ達が念話でオレに、希望を言ってくる。こいつらもハンバーガーが大好きなのだ。
「あ、じゃあハンバーガーとチーズバーガーとダブルバーガーとダブルチーズバーガー
をひとつづつとビックマッツを3つにコーラを5つとミネラルウォーター1つ下さい」
「ありがとうございます。ご一緒にホタテはいかがですか?」
店員さんが0円スマイルで尋ねてくる。もちろん、追加オーダーだ。このフライドホタテであるが、最初はギャグのつもりでコウノスケさんに作らせてみたものの出来上がった品が想像以上に美味かったのでレギュラーメニューに入れてみたところ、今では一番人気のサイドメニューとなっている。EDO湾直送の新鮮なホタテをたっぷりの油でこんがりとするまで揚げたさっくさくのフライにしたものだ、そりゃあ、美味いに決まっている。ちなみに定番のフライドポテトとフライドクロヤナギもラインナップされている。
「じゃあ、それを人数分ください」
「ありがとうございました。お会計は現金ですか?カードですか?」
「カードで」
「では、シャリーンと音がするまでここにカードを近づけて下さい」
オレがギルドカードをかざすとほどなくして「シャリーン」と音がする。
「ありがとうございました。それではこの番号札をお持ちになってお席でお待ちください」
「あ、はい」
会計を済ませ、店内にあるテーブル席で注文の品が届くのを待つ。ちなみにこの接客マニュアルは、全てコウノスケさんが考えたものだ。オレは一切口を出していない。いつかコウノスケさんと話していた時、「シュウさん、ご注文の後、店員に『ご一緒にホタテはいかがですか?』と一言添えるように指導したんですよ。そしたら全店の売上がなんと5%もアップしましたよ」などど言っていた。もう、あの人には何も言うことがなくなってしまったようだ。
広い店内を見渡す、いつも通りお客で溢れかえっているがゆったり目に配置しているテーブルのおかげで狭苦しさは微塵も感じさせない。座り心地の良いソファーに腰を下ろして注文の品が届くのを待つ。
「お待たせしました」
すぐに料理が運ばれてくる。もちろん作り立てだ。この世界の住民は全てアイテムボックス持ちなのでもの凄く便利だ。時間経過がないために、いつでも出来立ての商品を提供できる。つまり廃棄ロスがないのだ。飲食業を営む人間からすれば夢のようなスキルだろう。
「ようし、みんな料理は来たな?じゃあ、頂きまーす」
「「「「「「いただきまーす!!」」」」」」
まずはハンバーガーにかぶりつく。炭火で香ばしく焼き上げたジャージ牛100%のパティは少し粗目に挽いてあり噛みしめる度に肉の旨味が口いっぱいに広がる、全粒粉の小麦粉で捏ね上げ天然酵母を使ったバンズとの相性も抜群だ。挟んでいるレタスとトマトも完全無農薬で味が濃い上に最高の新鮮さを保ってとても瑞々しい。そして丁度良い漬け具合のピクルスが良いアクセントになっている。調味料は、完熟トマトで作ったピューレとマスタードだけのシンプルな構成だがその方が素材の味がよく分かる。ちなみにヨシタケさんの奥さん特製のデミグラスソースをかけた「デミハンバーガー」という商品もあり、この「ハンバーガー」とでマッツの人気を二分している。
次はコーラだ。手作りのガラスのコップに黒い液体が氷とともになみなみと注がれている。ストローはプラスチック製はさすがに再現できないので文字通り形の良い麦わらをよく洗浄して使用している。ゴクリ、うん美味い。元の世界のコーラとはちょっと違うがなかなかうまい。とりあえずシナモンなどの各種香辛料とレモンに砂糖と炭酸水を混ぜただけだが、なかなかの再現度だ。生キャラメルと同じくキャラメリーゼした砂糖水を加えているので見た目は普通のコーラのように真っ黒な液体だ。炭酸水は、風魔法で簡単に作成することが出来た。まあ、圧縮した炭酸ガスを水に溶かしただけだからな。初級風魔法を使えれば誰でも作ることが出来る。
このコーラという飲み物は考えてみれば不思議な飲み物だ。最初は、その見た目から新しいモノ好きのEDO住民たちでさえ、ちょっと躊躇していた。タクヤなんかも「なんですかコレは?こんな毒々しいもの絶対ヤバいですよ」と言って恐る恐る飲んでいた。そして、「うわ、ヘンな味!全然美味しくないです。なんか薬みたいな味だし」とか言っていたな。オレも生まれて初めて飲んだ時はそんな事言ってた気がする。
だが、そんなEDOの住民たちも今ではすっかりコーラにハマっている。あまりにもどっぷりハマってしまったのでケンなどは、「アレなんかヤバいヤツ入ってないか?」なんて聞いてきたくらいだ。ちなみにこの世界には違法薬物というものは存在しない。ある程度の毒素は、初級水魔法を使えれば解毒できてしまうからな。そういうことなので病気もない。ほとんどの住民は老衰で寿命を全うする。遥か昔には呪術が存在したそうだが、それは遥か昔に存在したとされている古代語魔法と言われ今では使い手がいない。
ところでこの「マツダナルド」で使われている牛肉や乳製品、農産物に各種香辛料はほぼ全てヨシタケ牧場から調達している。4年前に、あの悪グリズリーの群れを退治した後、EDOから伸びている街道を整備してルートを確立したのだ。もちろん整備された街道でも山道には猛獣が出現する。そこで街道の警備が必要なのだが、その治安維持に実はヨシタケ牧場のグリズリー達が一役買っているのだ。
街道の警備はEDOギルドへ依頼される。通常、そういった業務は若手が駆り出される。冒険者はこういった地味な依頼をこなしつつ一人前になっていくのだ。通常3人一組で警備にあたるのだが、いかんせん半人前の冒険者だとたまに不幸な事故がある。そこで考案されたのが、ひとグループにグリズリーを一頭配置するというものだった。以後、街道警備は死亡事故どころかけが人もほぼ出さない最も安全なクエストとなった。
そしてこのグリズリーを配置することを提案したのはタクヤだったのだ。タクヤ達3人は、共闘したことによりすっかりタロウと仲良くなりその後もちょくちょくヨシタケ牧場へと通っていたためにこの案を思いついたそうだ。タクヤ達の影響で他のグリズリー達も人間によく懐いているため、冒険者とグリズリーによるユニットは連携プレイにそれほど苦労はなかった。そんなタクヤ達であるが、この4年間でとうとう冒険者ランクがゴールドにまで昇級した。今では、EDOギルドの稼ぎ頭として日々忙しく過ごしている。ちなみにオレのランクは、ゴールドのままであれから変わっていない。
「ごちそうさまでした」
食事を終え店を出る。ずいぶんゆっくりと食べたのだがまだ日は高い。さて、これからどうしようか?
「ねえ、トキさんのお店に行こうよ。ウチ、新しい洋服が欲しいなあ・・・」
アイがオレの右手を自分の両手で包み込み上目遣いで見つめてくる。必殺のおねだりポーズだ。世の男性でこの攻撃が効かないヤツがいるのだろうか?それにしても、アイもこの4年で随分と大人っぽくなった。ファッションにも気を遣うようになったし、仕草も色気を感じるようになったし何よりもスキンシップをするようになった。それもこれも、トキさんのおかげだ。
「ようし、越後屋に行こうか?」
「本当?シュウ大好き」
アイは大喜びで抱きついてくる。必然的にアイの柔らかな部分がオレの背中に押し当てられる。こんな感触はなんど味わってもいいものだ。「あのう、アイさん。背中に柔らかいものが当たってるんですけど」「あててんのよ」男なら誰もが一度は体験したいやり取りをしながら、オレ達は越後屋へと向かう。
30歳を超えたオレはこの4年で大人の階段を登った。だが、そこに至るまでには本当に色々とあったのだ。ある意味この世界にきて一番苦労したかもしれないなあ。