第133話 4years later
「いきます」
「おう」
シュウとコタロウは、道場でムサシ師匠と対峙している。今は日課の乱取りの最中だ。道場の隅ではアイとコジロウ、そしてガル、ギル、ゴルがその様子を見守っている。
キンキンキンッ
まずはシュウが正面から切りかかる。そのまま数合打ち合いを続け距離を取る。正面からの打ち合いでは、まだまだ師匠には及ばない。
ヒュンッ
次は超低空から攻撃を仕掛ける。まるで地面を這うような動きから師匠の手前へと移動し直前で斜め上へと跳ね上がりそのまま切りつける。が、師匠は全く慌てることなく軽くバックステップして迎撃態勢に入る。
ヴンッ
次の瞬間、シュウの姿が消え一瞬の後に師匠の背後に姿を現した。そのまま大上段に構えた紅蓮丸で切りかかる。が、師匠の刀の方が一瞬早く、シュウの眉間を貫く。
ピキイイイイイイイイイン・・・
ところが、貫いたのはシュウを模した氷像だった。一瞬驚いたムサシだったが、すぐに気を取り直し氷像から刀を強引に引き抜く。
(チッ、それグリズリー並みの怪力でも砕けない氷なんだけどなあ・・・でも、まあいいか。時間は稼げた)
ズドオオオオオンン
コタロウの全力を籠めた掌打が、ムサシの真上から襲う。そのあまりの衝撃に、受けたムサシの足元がクレーター状に崩れ落ちる。体勢を崩したところへこの攻撃だ。まともに喰らっちゃいないだろうが、防御も完全には間に合ってないハズだ。ちなみにこの道場は、魔導具のせいか、師匠の魔力のせいか、あるいはその両方のせいか、自己修復機能があり、いつの間にか壊れたところは、修繕されてるのだ。
「ようし、いくぞ紅蓮丸。7色極竜獄炎波ああああああああ」
この4年間で分かった事がある。魔法に限らず魔力を介するスキルを発動する場合、無詠唱で行うよりも技名を発言した方が遥かに威力が増すのである。更に言うならば、その技名もこのように、厨二っぽい名前の方が断然強くなるのだ。アイ曰く、「だってその方が、スキルを構築する時にイメージしやすいやろ」とのことだった。そう、重要なのはイメージなのだ。例えば火の玉を出現させたいとする。その場合、「ファイアーボール」という名称は恐らく100人いたら99人かそれ以上の人が火の玉を想像するだろう。ところが、火の玉を出現させたいのに、「ギャラクティカマグナムッ!!」と唱えたらどうなるか?余程、強いイメージを持っていない限りは技が出現しない。話が逸れたが、シュウが放った「レインボードラゴンアタック」は7匹のドラゴンを模った炎の渦がそれぞれ目の眩むような7色の光を発しながら目標物であるムサシへと一直線に、襲い掛かっていった。
トンッ
攻撃を終えたコタロウがシュウの横へと着地する。一瞬、顔を見合わせ次の攻撃へと移る。
ドガガッ、ド、ド、ドドドドドドドドド
シュウの放った「ドラゴンアタック」は、まだしばらく消えない。それに加えてシュウとコタロウの連携攻撃が前後左右上下より、間断なく繰り広げられる。さすがの師匠も防戦一方だ。
ガキイイイイイイイイイイイイイイイイイイン
「ふん、強くなったな・・・」
「あ、どうも」
ムサシの手には、根本からポッキリと折れた木刀が握られていた。先ほどの攻撃でシュウが叩き折ったのである。
「だが、勘違いするなよ。今のは作戦が良かったからだ」
ムサシの言葉に、アイがドヤ顔で頷く。そう、オレとコタロウは全てアイの指示で戦っていたのだ。オレとコタロウの脳内には、戦闘中には常にディスプレイが表示されている。そのディスプレイには実に様々なデータが、表示されている。例えば敵との距離であるとか予想される攻撃パターン、こちらの戦力やスキル発動までの時間、オレとコタロウ互いの距離などである。それらのデータをアイが分析し最適な行動パターンを計算しオレとコタロウに指示を出すのであるが、最初は情報量が多すぎて、とてもじゃないが把握できなかった。アイの指示に従うどころか、情報を処理するのもやっとという状態だったのだ。
ところが、コタロウのヤツは割りとすぐに慣れてアイの指示通りに動けるようになった。元々戦闘センスは天才的なコタロウだ。オレは、そのことを散々目の当たりにしてきたから特段驚きもなかったし、元飼い主としての矜持もなかった。そこで単純な疑問からどうやって情報を処理しているのかを聞いてみた。
『よくぞ聞いてくれたニャ、ご主人様。見るんじゃないニャ、感じるんだニャ』
よく天才肌の人間は人に教えるのには向いてないと言われる。天才は発言が感覚的過ぎて一般人には理解できないという意味だろう。オレも最初はコタロウの言葉はそういった類のものだろうと思っていた。ところが、この言葉は実はとてもよく的を射ていたのである。ほどなくしてそれに気が付いた後、データを数字でなくイメージとして捉えることに終始した。その結果、なんとかコタロウと連携が取れるようにまで動けるようになった。まあ、そこに至るまでに約1年を費やした訳だが・・・
アイの指示通りに動けるようになってからのオレ達は加速度的に強くなった。そして強くなる度にアイの指示の凄さを再認識するのだった。その指示はまさに神懸っていて、単純な連携を指示するなんてものじゃなかった。常にノールックパスを出し続けているようなものだ。しかも、最適なタイミングで。アイは目まぐるしく動く戦況の中、常に最善手を刺し続けているのだ。しかも瞬時に。それはオレ達のスキル発動までの溜めの時間や相手との距離、相手やこちらの疲労度、果てはその日の天候や風向きまで計算され尽くされた(道場の中で天候は関係ないが、外での稽古の場合)戦略であった。
だがしかし、目のまえの相手は強すぎた。多少、強くなったくらいでは全く歯が立たなかったため暫くは自分の成長を全く実感出来なかった。何しろ師匠とは元のスペックが違いすぎる。いかに優秀なゲーマーでも最弱キャラで最強キャラを倒す事はできないのだ。まあ、ゲームの場合は、そうならないようにそれなりに補正がかかっているけど・・・
実はひょんな事から自分の成長を知ったのだが、それはEDO城での事であった。久しぶりの訪問ということもあり、ケン、トキさんとすっかり話し込んでいたのだが、ふと視線を感じると視線の先には、いつものごとく忍び装束に身を包んだハンゾウがほっかむりをして目だけギョロっと見ていたのだ。が、そこで気付いたのである。戦闘力探知スキルにてハンゾウの戦闘力が自分より、かなり下だということが。このスキルは相手の戦闘力を自分と比べて強い、同じくらい、弱いをそれぞれ赤、黄色、青で教えてくれるのだが、ハンゾウの色は目にも優しい真っ青だったのだ。心なしかギョロっとした目が寂しそうだったのが、印象的であった。
それからも日々精進を続け、ようやく最近師匠と互角に戦えるようになったのである。まあ、師匠は相変わらず木刀で戦っているのだが・・・
「師匠」
「うん、なんだ?さっきの事なら冗談だぞ。嬢ちゃんの作戦勝ちってのは本当だが、お前も随分と強くなったぞ」
「ありがとうございます。でも、私なんかまだまだですよ。それよりもいよいよ明日は聖獣代表戦ですけど勝てますかね?」
絶対に負けられない(と、全知全能の神であるゼウス様に言われている)戦いが、とうとう明日に迫っている。大体の物語だと、ここで師匠がなんらかのアドバイスをくれるのがお約束のハズだ。
「はあ、そんな事おれが知る訳ないだろうが?」
「え?だって師匠なら他の聖獣の事知ってたりするのかなーって」
「逆になぜオレが知ってると思い込んでいるのか、お前に聞きたいよ。他の聖獣なんて見たこともないんだけどな」
なんてこった。この4年間、明日の戦いに向けて鍛えてきたのだが、なんとか頑張れてきたのはムサシ師匠のとんでもない強さにあんしんしていた部分が大きかった。こんなに強い師匠についていけば、代表戦も戦えるに違いない、と。師匠のことだから、きっと他の聖獣のこともよく知っているに違いない。ところが、土壇場になってそれは単なる幻想だったことが分かった。明日の戦いは、勝利が約束されているどころか全くの未知数。ほとんど前情報のないまま戦うことになったのだ。
「望むところですよ、師匠に鍛えられた技を明日は存分に試してみます」
そう、この4年間でシュウが鍛えられたのは戦闘力だけではない。精神力も強くなったのだ。