第128話 牧場にてその3
「タ、タロウか?」
「クウン」
間違いない。目の前の超巨大グリズリーは、小さい頃から一緒に育ったあのタロウだ。タロウと別れてから数年、一日足りとも忘れた事はない。
タロウは別れた時に比べて背丈は倍以上の4,5メートルに成長していたが長年暮らしていたヨシタケさんはすぐに分かった。そしてタロウも数年ぶりに会ったヨシタケさんの事を覚えていた。
「お前、大きくなったなあ。こんなに立派になって」
「くうん」
大きくなりすぎて抱きしめる事は出来なかったが、2人は再会に喜びしばし抱き合った。
そうして、ヨシタケさんは近頃害獣被害がなかったのはタロウのおかげだったことを知ることになる。なんとタロウはこの辺り一帯のグリズリーをまとめ上げ、その群れのリーダーとして君臨していたのだ。その群れに属するグリズリーの数はおよそ百頭にも上る。群れはタロウを筆頭に完全に統率が取れていて、絶対にヨシタケさんたちに害を為さないよう教育されていた。
2人の再会から更に数年が過ぎる。タロウの群れに属するグリズリーは人に慣れているとのうわさを聞きつけ、見物に訪れる人が増えてきた。ヨシタケさんは、柵を設け、観光客がグリズリーに餌をやれるようにした。グリズリーに餌付けが出来るとあって、ここはちょっとした観光スポットになった。
出会いがあれば別れもある。ヨシタケさんは、観光に来た一人の娘と恋に落ち結婚したのだった。そして時を同じくして彼の父親がその生涯を閉じる。夢だったジャージ牛に囲まれて最後を迎えた彼の死に顔はとても満足げだったそうだ。
更に時は過ぎる、もはや一大観光スポットとなった牧場に押し寄せる客は、奥さんが作ったケーキや紅茶に舌鼓を打ち、そこで作られたチーズやヨーグルトなどの乳製品を買って帰る。ジャージ牛の飼育数も1000頭を超え、近頃は豚も飼い始めた。また、森に自生していた紅茶を始め、各種ハーブもヨシタケさんの「鑑定」により植え替えが行われちょっとした農場も出来た。
だが、平和な日々は突然に終わりを告げる。
どこからともなく流れ着いたグリズリーの一団が、ヨシタケさんの農場に居ついたのである。その数およそ10数頭。彼らは、農作物を荒らし、家畜を襲い、果てには人にまで手を出すようになっていた。死者が出なかったのが、せめてもの幸いであったがこれ以上犠牲者を出さないためにも農園は閉園せざるを得なかった。
もちろん、タロウはその侵略者たちへ応戦した。タロウたちの軍勢は総勢100余頭、対する相手側は10数頭、数の上では圧倒的にこちらが有利だ。だが、タロウたちの仲間はその多くが戦闘力を有していなかった。みな、母親から「見捨てられた」子熊か年老いて自分の縄張りを追い出され自分ひとりでは生きていけないものばかりであったからだ。
比べて相手は、百戦錬磨をかいくぐってきた猛者ばかりなのだ。それが10数頭いるばかりでなく、そのリーダーはタロウに劣らぬ巨躯と戦闘力を持ち合わせていた。リーダーとの一対一の勝負では引けを取らないが、一度に全員を相手にするには無謀過ぎた。
そうしてタロウは苦渋の決断をする。自分の群れを捨て山を下りたのだ。幼いころ命を助けて貰ったお礼に、ヨシタケさんの牧場を守るために。
「おいタロウ、シュウさんと奥さんのアイさんだ。挨拶するんだぞ」
「くうん」
巨大なグリズリーはオレたちに向かってぺこりとお辞儀をする。体こそ大きいが、つぶらな瞳がぱっちりでよく見たらかわいいかも。
「シュウ、タロウくん傷だらけやん。治してやらんね」
アイの言葉にはっとする。確かにタロウは至る所に痛々しい傷を作っているばかりか、後ろ足は少し引き摺っている。どうやら、相当痛めつけられているみたいだ。
ぱあああ・・・
オレがヒールウォーターをかけてやるとみるみるうちに傷が回復していく。タロウもそれが分かっているらしく、大人しくされるがままだ。
「よし、それではそのグリズリーたちがいるところまで案内してください。すぐに退治しますよ」
あんな話を聞かされた後だ、一刻も早く平和を取り戻してあげなければ。
「シュウの兄貴、ただいま到着しました」
「お待たせしました」
「はあ、はあ」
そこへタクヤ達が現れる。そうだった、すっかりこいつらの事忘れてたな。まあいい、こんな話を聞いた後だから居ても立っても居られない。すぐに出発せねば。
「よし、キミタチ。早速グリズリー退治に出発するよ」
「ちょ、ちょっと待ってください。はあ、はあ」
一刻も早く出発したいのにヤスが泣き言を言う。見ると息も絶え絶えで肩で息をしている。
「飛空術で魔力がすっからかんです。魔力が回復するまでちょっと休憩させてもらえませんか?」
確かにその通りだ。オレは焦りすぎてて、ヤスの事を全然考えてなかったな。
「ごめんね。じゃあコレあげるから」
アイテムボックスから回復薬を取り出しヤスに手渡す。魔力が大きく回復する上級回復薬だ。
「ちょ、これエリクサーじゃないですか?こんな高価なもの頂けないです」
「うわ、初めてみた。これ普通の冒険者には高価すぎて手が届かない代物ですよ。越後屋で買えば一体いくらするんだろ」
「こんなものをポンとくれるなんてさすがの兄貴、太っ腹です」
回復薬は普通、下町の道具屋に置いてあるのだが基本的に初級だけでたまに中級が入荷されるがそれでも一般の冒険者には手が出ない。ましてや上級ともなると越後屋でしか購入できないとの事だ。3人は驚くが、以前ダンジョンで手に入れたキラービーのハチミツから大量に作成したから元手は無料だし全然問題ない。
「いいからいいから」
「は、はあ・・・」
ごくごくごく・・・
恐縮するヤスに半ば強引にエリクサーを手渡し飲むように指示する。恐る恐る飲むヤスであったが効果はてきめんでみるみるうちに顔色が良くなっていった。
「シャキーン」
(え?今、口で「シャキーン」って言った?)
「よしシュウさん、行きましょう。すぐ行きましょう。なにやってるんすか?」
余りの変貌ぶりにアイと顔を見合わせるオレを尻目に、どんどん先へ進んでいくヤス。なんか性格まで変わってないか?と思ったら引き返してきたぞ。
「あ、ちなみにどこへ行くんですか?」
行先も分からずに勝手に行くんじゃなーい。




