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第126話 牧場にて

チュンチュン・・・




「ん?朝か?ふわああ、昨日は飲んだなあ」




横ではアイが気持ちよさそうに大の字になって寝ている。オレのお腹に乗っている足をそーっと下ろすと外にでる。さあ、まずは朝ご飯の支度をしないとな。





チュンチュン・・・




「どこかでスズメが鳴いてるな。って、鳴いてるのチョコじゃねーかよ!」




いかにも「クエー」って鳴きそうなチョコがその辺に生えている草をついばんでチュンチュン鳴いていた。空には太陽が真上まで登っている。今日も快晴の冒険日和だ。







「え?太陽が真上にある??って、もうお昼近いじゃんか。完全に寝坊してるよー!!」




やっぱり昨日は少し飲み過ぎたようだな。辺りでは、三バカが寝転がってそれぞれ気持ちよさそうに寝息を立てていた。




「むにゃむにゃ、シュウの兄貴もう飲めませんよ」




お約束の寝言まで出てきて本当に幸せそうだ。こいつらの睡眠を邪魔するのは忍びないが、こっちも遊びで来ている訳ではない。仕方がないから起こすとするか。




「おい、キミタチ起きてくれよ」

「うーん、もう飲めませんってば」




タクヤを揺さぶってみるが、全然起きそうにない。それでも根気強く揺すっていたが、起きる気配が全然ない。なんか、前世で同僚と飲みに行った帰りの電車を思い出すなあ。べろんべろんに酔っぱらって全然起きないんだもの。ようし、こうなりゃ最後の手段だ。




「本当にごめんね、“ウォーターボール”」




オレの呪文と共にタクヤの顔の周りを球状の水の塊がすっぽりと覆う。




ブクブクブク・・・、ブク、ブクブク、ブクブクブクブク




「ぶ、ぶふぁああ」




すぐに魔法を解除する。下手するとタクヤが窒息してしまうからな。




「あ、アニキおはようございます」

「あ、ごめんね。あんまし起きなかったからちょっと手荒になってしまって」

「へ?なんのことですか?」




タクヤは、訳が分からないといった顔をする。直後に「あ、あいつらまだ寝てやがるな。よーし“ウォーターボール”」




ヒデとヤスにもオレがタクヤにしたのと全く同じ事をしている。





「ゲフォ、あ、タクヤさんおはよっす」

「起こして貰ってありがとうございます」




2人ともケロっとした顔をしている。お前ら朝から溺れかけてるんだけど、そんな目覚めでいいのか?




「いやー、飲んだ次の日の目覚めはコレに限るな」

「うんうん、スッキリしますよねえ」

「もうコレでなきゃ、起きられないっすよー」




なんて言ってる。なんと、飲んだ次の日はウォーターボールで目覚めるのが普通だったのか!まあ、3人とも爽やかな顔してるからヨシとするか。




「あのう、もうお昼近いんだけど。これじゃあ、今日中に目的地に着かないよ」




まあ、そんな事よりもこっちの方が大事だ。すると3人は顔を見合わせる。




「うーん、それじゃあ空から行きますか?ちょっと魔力使いますけど」

「え?空から?」

「ええヤスの風魔法で行きますよ」

「あ、そうなんだ」




なるほど、そう言えばオレも風魔法で空中での移動が出来るようになっていたんだった。じゃあ、同じ風魔法を使うヤスが出来ても不思議はないのか。考えてみれば当たり前の事か。




「ここからならあと2,3時間くらいで着きますよ」

「おお、じゃあ結構すぐなんだね。だったら最初っから空から行けば良かったのに」

「はい。それもそうなんですが、アイテム集めを兼ねたレベルアップが出来るので目的地までは普通徒歩で移動するんですよ」

「それに、“飛空術”はかなり魔力を使うのでいざと言うときのためにも魔力は取っておきたいので」




なるほど、確かにロープレでは目的地に着くまでは「呪文せつやく」が基本だよね。と言うか空中移動は飛空術って名前があったのか。






暫くして起きてきたアイと5人で昼ご飯を兼ねた朝ご飯を食べる。急いでいるから、いつものように味噌汁と牛丼だ。お手軽だが、いつ食べても飽きの来ない安定のおいしさだな。

そしてご飯を食べたら準備を整えてさっそく出発だ。










「飛空術」




ヤスが唱えると3人の周りに空気の層が出来、ふわりと浮く。そしてそのまま10メートルほど上昇したところで静止した。





なるほど、上手いもんだな。オレが昔、悪戦苦闘して空中移動を習得してた時に比べて随分洗練された動きだ。まあ話を聞いてみると、風魔法はこの空中移動である“飛空術”が一番使える技なので、使い手はまずコレを練習するとの事だった。ちなみに火魔法は攻撃特化、水魔法は回復特化だそうだ。オレの魔法の使い方は間違っていなかったことにほっとしつつも、ふんふんと話しを聞いてみる。ようし、じゃあオレもやってみるか。







「飛空術」





ヒュンヒュンヒュンヒュン





その途端、オレの周りを空気の層が取り囲む。が、ヤスの時に比べて随分と分厚い層が出来ている。ヤスの時は、薄い空気の膜って感じだったが今のオレの周りにはまるで積乱雲のような分厚い塊がオレを中心に渦巻いているのだ。





ブオン





そしてあっと言う間に3人のところまで上昇する。見ると3人とも目を丸くしてこっちを見ている。





「す、すげえ。魔力の違いでここまで差が出るんだ」

「さっすがシュウの兄貴です」

「グレート・・・」

「こ、これくらい余裕だよ」





内心びくびくしながら、なんとか空中で姿勢を安定させる。それにしても飛空術って言うのか、これを最初っから知ってたらもっと楽に空中戦が出来てたなあ。





「じゃあ、いきましょうか?方向はこっちですよね」




ヤスはそう言うとすうーっと空中を進み始める。よし、オレも。




ギュオオオオオオオオン




オレは少し前を飛んでいた3人をあっという間に追い越しそのまま猛スピードで目的地へと向かう。おお、飛空術ってヤツはすごい使い勝手がいいな。今まで見よう見まねで飛んでいた時よりも随分楽にしかも早く移動できるじゃないか。はるか後ろで「おおー」っとどよめきが聞こえてきたがオレは自由に空を飛べる感動に我を忘れてしまっていた。目のまえの景色が近づいてはあっという間に背後に流れていく。まるで鳥になったような気分だ。







ちなみにこれ程の高速飛行を行った場合には、あるスキルが発動する。その名も“思考加速”だ。これまでもオレの処理能力を超える事態にはアイが思考をリンクさせていたが毎回こういった事が起こる度に対応するのは効率が悪いし、アイがリンクできない事態を想定してこのスキルを作ってくれたのだ。性能は、劣化版のアイさんって感じで戦闘やこういった高速移動など大体の事は対応できる。




「ねえ、あの人たち置いてきぼりでよかと?」

「あ?あれ?ついてきたんだ!!」




いつの間にか横にはチョコに乗ったアイが並んで飛んでいた。つうか、チョコ早っ。こいつ思った以上の能力なんだな。横で飛んでいるチョコだが、翼を水平に伸ばしまるでグライダーのように優雅に飛んでいる。こいつ、まだまだ余力がありそうだ。





「あ、あれじゃない?」




アイの指さした先を見てみると、山の中に急に開けた場所が見える。周りは山に囲まれているが、その一帯には、辺り一面に牧草が生えて牛たちが放牧されている様子が見える。ここで間違いないな。つうかもう着いたのか。飛空術すげえな。





牧場の奥には、建物がいくつか立ち並んでいてその中でもひと際大きな建物が母屋なのだろう。オレとアイは、その建物の前に降り立った。








「こんにちはー。冒険者ギルドから来たんですけどー」

「はーい」




ドアをノックすると、中からすぐに男の人の返事が聞こえる。どうやら待ち構えていたようで中から中年の男性が慌ててドアを開けてくれた。年の頃は40代半ばくらいであろうか?日に焼けた素朴そうな人だ。




「ようこそおいでくださいました。私は、この牧場主のヨシタケといいます」

「あ、冒険者のシュウとこちらは、私の妻のアイといいます」

「ヨロシクデス…」




元引きこもりのアイは、初対面の人とは相変わらず話が出来ない。ヨシタケさんはアイの美貌に一瞬、目を奪われたがすぐに我に返りオレ達を部屋の中へと招き入れる。玄関を入ってすぐが大きな客間になっていて部屋には座り心地の良さそうなソファーセットが置いてある。建物全体はカントリー調って言えばいいのだろうか?いわゆるログハウスだ。




「遠いところからようこそおいで頂きました」

「あ、イエ。飛空術で来たので意外とそうでもなかったかなと」




そんな話をしていると、奥から女性が入ってくる。年齢的にヨシタケさんの奥さんだろうか?




「失礼します。ヨシタケの妻でございます。今日はわざわざお越しいただいて」

「あ、シュウです。こちらは妻のアイです」




と同じく挨拶を済ませる。ヨシタケさんの奥さんは、紅茶とケーキを持ってきてくれた。ミルクティーとチーズケーキだ。




「どうぞ、お召し上がりください」




ヨシタケさんの言葉が終わらないウチにアイがケーキに手を伸ばす。ホント、この人は食べ物に弱いんだからな。ケーキをむしゃむしゃと食べながら紅茶をゴクリと飲み干す。清楚な美少女といった見た目が台無しなのだが、そこがアイの良いところだと思う。




「ははは、奥様には気に入っていただいたようですね。実は見て分かる通り、私たちはここで酪農をしていてこれらは全部、ウチで収穫したものから作ったんですよ」




オレ達の正面に座っているヨシタケさんが話を始め、その横に座った奥さんも頷く。なんですと?このヒノモト国で酪農やっている人がいるなんて初耳なんですけど。こりゃ、上手くいくと色々と食事情が豊かになるではありませんか。




「ヨシタケさん、是非あなたの牧場を見せて頂けませんか」

「いいですよ」




興奮したオレの剣幕に多少押されながらも、ヨシタケさんはニッコリと笑って外へと案内してくれた。




「うわあ・・・」

「ここに私が飼っているジャージ牛がおよそ千頭放牧されています」

「ジャージ牛?」




黒毛の牛としては、決して大きくはない牛が広大な牧場にポツリポツリとそれぞれ草を食んでいる。




「はい、メスからは良質な乳が取れるし、オスは食用として非常に味が良いと評価されている最高の牛たちです」




なんと、食べて良し牛乳取って良しのそんな都合の良い牛が・・・





「って、あれ?ヨシタケさん。危ない!!!」





いつの間にか現れた巨大なグリズリーがヨシタケさんの背後に迫っていた。



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