第五節 生きられる幸せ
仕事がひと段落した昼には、必ず外の景色を眺めることにしている。
パソコンの画面や書類を見続けていると、目が疲れて視力が低下する。
今はまだ、視力もあって、手足が動いて、なんとか人並みの仕事はできる。
なのに、これが一つでも欠けたら、僕は一瞬にして人生を失うかもしれないという恐怖。
怪我をしたり、病気になったりしたら、僕はこの会社に居られるだろうか。
余剰人員ゼロのこの会社で、手負いの兵隊を養う体力はないのだから。
そう思うと、急に自分の体を大事に思うようになる。
ちょっと手を切っただけで、ものすごく心配になる。
そういうのを、心配症候群とでも言うのだろう。
けれど今は、自分が普通に生きていられることが、とても偶然のように思えてならない。
こんな小さな会社でも、僕が普通に生活できることが前提にあるから雇用してくれる。
その普通がなくなったら、僕の生活はどうなるのか心配は尽きない。
僕の不安が増すにつれて、辺りも夏の装いになった。
真っ青な空に入道雲が一つ。
騒音はこの工場からだけで、操業が止まった昼には、田んぼを吹き抜ける風が心地いい。
僕は田舎道の果てに幽閉される人生になった。
こうしている間にも、商談で飛行機に乗る同期がいて、家の中で悶々とする人生と向き合う同期がいる。
どちらにしても人生に真剣で、僕はその夢中になるものがない。
人生というレースで、後続集団に取り残された僕に、巻き返すチャンスはあるのだろうか。
それでも、こうして地道に生きることを羨ましがる人もいる。
何階層も上からの命令に、ただ単に従うだけの毎日に嫌気がさしている同期がいる。
そうしてまた、仕事を投げ出すのだろうけれど、僕から言わせれば、随分もったいない話。
せっかく過当競争に勝って掴んだチャンスを、いとも簡単に手放すのは、僕には信じられない。
でも、そういう難しい人間関係の中にいると、少し自由が欲しくなるのかもしれない。
自由も責任も少しだけで十分。
多すぎると持て余して辛くなるだけ。
今こうして、ベンチに寝転がって空を見ている僕は、人生の負け組なのだと思う。
いつも空は大きい。
いつも空は真っ青で、いつも雲は真っ白。
変わらないという普遍性は、いつも人に美しさをもたらす。
今日もこんなに空は大きい。
学生のときも、こんなに風景を眺めたことはなかった。
狭いところにいると、空の大きさを忘れていた。
−完−




