第四節 僕なりの努力
夏が来て、世間ではボーナスの季節を迎えた。
けれど、僕にとっては雑音以外何者でもない。
ボーナスが出ない人にとって、公務員のボーナス平均額を教えられても困る。
それだけ自分が能力がないだけで、今さら妬んだり僻んだりしても仕方ない。
こういう社会状況は、誰でも同じ条件なのだから、その中で公務員になった人は優秀なのだと思う。
ただ僕にはその能力がなかっただけ。
力がない奴は、こうして底辺の生活を歩むのは、自由の代償だと思う。
職業を選ぶ自由があると引き換えに、厳しい生活に陥る可能性もあるということ。
ただそれだけのことを、僕は実体験してわかった。
公務員試験の予備校に通い、必死に面接の練習をする。
今頑張れば、将来は明るい。
それは不況になればなるほど、鮮明になる。
公務員になれば、将来が保障される。
大手企業に入れば、高給が保障される。
優秀な人は、ステップにして転職活動をするかもしれない。
けれど、普通の人には、一旦入れば辞めることはない。
だから入ることに、こんなに苦労する。
やっぱり差がついたと思う。
給料の面でも、人間関係の面でも、そして仕事のスキルの面でも。
今になって、浪人してでも、いい会社に入ればよかったと思う。
実際に入れるかどうかわからないけれども、頑張ればよかったと思う。
何年でも公務員試験を受け続けて、チャンスを待てばよかったも思う。
なのに僕には、その甲斐性がなかった。
我慢もできなければ、努力もできない。
ただ、現状ある選択肢の中から、貧乏くじを引いてしまう。
それが僕という生き方なのかもしれない。
僕には引っかかっていることがあった。
「今努力できない人間は、将来何に対しても努力できない人間になる。」
中学校三年生のときに、担任の先生が受験勉強に発破をかける言葉だった。
確かに僕は、そのとおりの生き様になってしまった。
毎日汗まみれの職場で、慣れない手書き伝票を書く毎日。
本当なら、高卒の人が来る職場らしいけれど、僕はそれでも就職を選んだ。
裏を返したら、高卒の人の仕事をひとつ、奪ったことになるのだけれども。
それだけ僕も必死だったのだと、今は自分を慰める。
何も選べない状況で、四の五の言っていられない。
明日食べていくために、仕事は必要。
その仕事が、どんなものであったとしてもかまわない。
そういう近視眼的な選択が今、自分の将来を苦しめている。
考えてみれば、初任給はともかく、一生この給料でやっていくことはできない。
結婚して子どもを育てるのに、年収200万円ではとても足りない。
僕の選んだ道は、世の中を勉強するには最適な場所。
歪みも闇も、目の前で繰り広げられる現実がそれ。
けれども、人生設計は成り立たない場所。
とりあえず食べていくことはできても、旅行や高い買い物はできない。
結局は僕が選んだわけだから、僕が責任を取る。
それが自由な世の中なのだから。
そういう都合の悪い現実を忘れるように僕は仕事に夢中になった。
文書の管理や役所への届出から電話応対まで。
必要なビジネスマナーやハウツーに関する本を、夜な夜な読みあさった。
少しでも、同期との差を埋めるために、僕はできる限りの努力をしたい。
そうでもしなければ、不安で仕方がない。
その不安を拭い去るために、また必死になって仕事をする。
そんな毎日の繰り返しを、僕は小さなプレハブで続けている。




