妹と昼食
セリーヌと別れて、一人になった俺は、目的地に…
「お兄!ご飯って、さっきから呼んでるじゃん」
行く前に、妹に身体を揺すられ、起こされる。
起こされるというのは不適切かも知れないが、このVR。コントローラでの操作が必要ない代わりに、脳波を検出して、半催眠?半睡眠?状態でプレイする機械なのだ。
ただ、脳が寝ていない状態なので、昼は普通に生活し、夜は起きるまでVRとはいかない。
そんな事をすれば、健康に害が及ぶので、特に未成年は深夜2時を回った段階で強制的に電源がOFFになるシステムが導入されている。
たとえ成人でも、10時間を超えての連続使用は、電源がOFFになるらしい。
実際にそこまでの長時間、装着していれば、装置が熱を持つだろうから、強制的に現実に引き戻されるだろうけど。
「ああ…分かった…ちょっとだけ待ってて」
断りを入れてから、一旦、VRのログオフ処理を行う。
恐らく、このまま外すだけでも大丈夫だと思うが、万が一の事も有るので、説明書の手順を踏んで電源を切る。
「ん!やっと起きたね!じゃ、キッチンに行ってて」
エプロン姿のまま、腰に手を当てて下の階を指す。
「分かった。お前はどうすんの?」
今日は二人しか居ないのだから、一緒に行けばいいと思うのだが?
「あたしは、芹姉起こしてから行く」
どうやら、お隣さんに向かうようです。
セリーヌこと、鴨沢芹は、家が隣同士で、家族ぐるみの付き合いをしている。
お互いの両親は元より、兄弟とも付き合いがあり、花見や海水浴などイベント事には一緒に行動することが多い。
その中で、贔屓目無しで、うちの妹が一番しっかりしている。
ダメな兄弟姉妹を反面教師に育ったためだろうか…?
いや、俺はそれ程ダメじゃ無いよ?多分…
そんな事を考えていると、
「ただいまー」
という、妹の声と
「ただいま〜」
芹の声が聞こえる。
「いや、芹よ。少なくとも、お前はただいまじゃ無いだろう?」
「えー?そう?」
「他人の家にお邪魔するときは、「お邪魔します」だ」
「じゃあ、やっぱり「ただいま」で合ってるじやん?」
「芹姉。親しき中にも礼儀ありって言葉があってね?」
「そういやそうか。後、数年もすれば、鴨沢芹から、平賀芹になる訳だし」
俺と妹の声が被る。
お互いに『え?』と、顔を見合わせ、
「はぁ…」
まるで、ダメだこの兄、早くなんとかしないと
とでも言いたげな溜息が妹から漏れる。
「まぁいいや。2人に言っても、糠に釘だし」
問い質したい気もするが、怖くて聞けないので、昼ご飯に話題を移す。
「梅桜。昼ご飯は何だ?」
「今日はうな丼と鰻巻きよ」
手際良く、妹…梅桜はテーブルに料理を並べて行く。
朝と夕ご飯は家族で食べるのだが、今は夏休み中と言うこともあり、昼間の家事は梅桜と交代で行う様にしている。
パートでお疲れの母君を労っても罰は当たるまい。
まぁ、その分、空いた時間でゲーム三昧な訳だが…
夏休みの宿題は、夏休み前にほぼ、終えてしまっている。残るのは自由課題と感想文くらいの物だ。
他の物は、芹と一緒に休み時間に消化した。
休み時間が潰れると、泣き言を言いながら手を付けていたが、放っておくと、夏休み終了まで全く進まないのは過去の経験から分かっていたので、心を鬼にしてやらせた。
俺だって、嫌だったよ?何が悲しくて、周りが遊んでる時に課題なんぞせにゃならん?
しかし、休み中の家事の交代制は、以前から決まっていたことだし、そうなると遊ぶ時間が減るので、嫌なことを先に終わらせたわけだ。
まさか、VRゲームにハマることになるとは、予想していなかったけれど
先にこのゲームを始めたのは、意外なことに梅桜であった。
彼女がハマり、芹が引っ張られ、最後に俺が巻き込まれた形だ。
俺の使っている機械も、妹が懸賞か何かで当てたらしく、それを譲り受けた。
脳波を検出して稼働するため、一度登録すると、その人専用のデバイスになるそうだ。
高性能の機械の欠点というべきだろうか?
その分、ロックは万全で、脳波の異なる人物では電源を入れることも難しい。
世界的大泥棒のお孫さん辺りなら、楽にパスしてしまうのかも知れないが。
「ん〜!美味しい〜!」
芹がうなぎに舌鼓を打っている。
「元さん!元さん!」
芹は、リアルでもゲームでも「げんさん」と呼ぶ。
ゲームでは「源三郎」だし、俺の名前は平賀元斎と言う。
うっかり者の芹のことだから、一緒に行動していると、「げんさん」呼びがいつ発動してもおかしく無く、そう呼ばれてもおかしく無いネーミングをチョイスした。
本名の方が、キャラクターみたいな名前なのはどうしたものかと思うが…
平賀源内という歴史上の人物が居たのは知っているが、ウチと繋がりがあるかどうかは定かでは無いらしい。
閑話休題。
「どうした?」
芹に応える。
「この鰻巻き、すごく美味しいね!肝吸いも絶品だし、梅桜ちゃんは、いつでもいいお嫁さんになるね!」
「そうだな。何処に出しても恥ずかしくないな」
俺たちの絶賛を聞いて、満更でもない無いらしく、小さな胸を張るように
「褒めても何も出ないからね?」
頬を染めて言う。
この後、デザートに、手作りのプリンが出たことを追記しておく。
「ご馳走様でした」
一同、揃って手を合わせる。せめて食器の片付け位は手伝おうとしたが
「今日はゆっくりしてて。明日やってもらうから」
とのことなので、リビングでのんびり過ごす。
「そういえば、梅桜に訊きたいことがあったんだけど、今、いいか?」
皿洗い中の妹に声をかける。
「ん?何?」
「明石屋の相場って、今はどの位かわかるか?」
梅桜の所属しているギルドは、「オクロックス」といい、所属人数の多い大手ギルドである。
俺の大口取引先でもあり、関係は良好なので、情報のやり取りも頻繁に行っている。
「明石屋?あの転売ギルド御用達の?」
梅桜は、嫌悪感が滲み出る態度で問い返してきた。
「あ〜。うん、まぁ、その明石屋だ」
「お兄!まさか⁉︎」
「違う違う。転売屋に鞍替えなんかせんて」
手を振って、誤解をいなす。
俺に輪をかけて、妹は転売屋を目の仇にしている。βの頃に痛い目に合わされた経験があるらしい。
「ちょっと、知り合いから頼まれてな。相場を調べてるんだ」
「じゃあ、その知り合いに言ってもあげたらいいよ。あんなもんに手を出すな!って」
「お前らしく無い剣幕だなぁ。何かあったのか?」
「何もクソもないよ!明石屋製だっていうから、購入したのに、狩に3回使っただけで壊れるとか!どうなってんの⁈」
「お前…また、被害にあったのか…」
「だって!他所だと3万ゴールド前後なのに、その店は1万5千だったんだもん!」
「確かにお得感あるよね〜。性能を考えなきゃだけど」
「仕方ないじゃん‼︎安かったから、つい嬉しくて…」
芹さん、意外と冷静ですね。それにしっかり者と思っていたけれど、ゲームだと意外とまだ年相応のうっかりしちゃうのね。ウチの妹。
「次から気を付けろよ」
兄として、一応注意しておく。
「うん…」
3万前後の相場が大体の相場なのかぁ。
「プラス12〜15位でも大体、相場はそれ位になるのか?」
プラスというのは、武器の強化回数(精錬スキル)の事だ。もちろん、多ければ多い程、強力な武器になる。
「ぅえ?プラス10越え⁈」
驚きのあまり、女の子がしちゃいけない表情を作る我が妹。
「うん」
何でこんなに驚いてるのか分からず、ただただこくんと頷く。
だって、武器とか俺も芹も必要ないですしおすし。
「プラス10超えなんて、滅多に…ううん。5回越えたらいい方なのに…」
ブツブツと小声で考える妹。
「ねぇ。お兄。お兄は今、何をしようとしてるの?」
「さっきも言ったろ?知り合いに頼まれて…」
「それだけじゃ無いよね⁈だって、それだと、プラス武器の相場とか必要ないじゃん?」
あ…うん。そうですね。プラス武器と明石屋の相場は関係無いもんね。明石屋製のものはプラス付いてない事が殆どらしいし。
「実はな…」
事情を全て打ち明ける事にする。今まで妹に隠し事を隠し通せた試しが無い&そのあとの展開が容易に想像できるからだ。
「最初から全部話せばいいのに」
横から芹が茶化してくるが、今は無視。
「ふーん。弁慶さんに勝ったんだ。どうやって?」
「決めては押し出しかな?」
芹よ。それは相撲だ。あながち間違っちや居ないけども。
「だろうね。純粋な戦闘力じゃ、お兄が勝てる人なんて一握りだろうし。ルールに助けられたって感じ?」
「返す言葉もねぇですわ。こんちくしょう」
「落ち込まないでよ。お兄も自分が戦闘キャラじゃ無いのは自覚してるでしょ?」
「そりゃな。そういう方向に育てて無いし」
「じゃ、いいじゃん?」
笑って梅桜は続ける。
「そっか〜。でも、やっぱり、噂は本当だったんだね」
「噂?」
「明石屋と…っていうか、弁慶さんと転売屋の関係ね」
「どんな噂になってるんだ?」
「えっとね。一部のプレイヤーが、前に弁慶さんが、『明石坊弁慶』って名乗ってたのを覚えててね」
俺も弁慶橋の常連で有る為、その時の事は覚えている。
だから、弁慶さん=明石屋という風に思っていたし、鍛治師と思っていたからこそ、彼が色々な武器を扱うのを不思議に思っていたものだ。
「そんで、最近、弁慶さんがよく転売ギルドに出入りしているのを目撃されてるのよ」
きっと、現況に対してクレームを付けに行ったんだろうな。
「そんなはず無いと思ってたんだけど、やっぱり、弁慶さんが明石屋で、転売ギルドとグルだったんだね…」
「それは違うぞ」
「違うって、何が?」
「弁慶さんが、明石坊さんっていうのは本当。だけど、明石坊さんが鍛治師というのと、転売ギルドとグルというのが間違い」
「何で言い切れるの?」
根拠があるには有るんだが…
「言葉にするより、見て貰った方が早いな」
疑問符を浮かべてこちらを見ているので、
「一緒にインしたら、直ぐに解決すると思う」
「分かった。じゃ、準備してくるから、先にインしてて」
と妹は自室に向かった。